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第2章:予想外のスキル

 学園の式典会場は、緊張と期待で満ちていた。


 古代文明を思わせる円形の大ホールは、壁に沿って立ち並ぶ柱に古代文字が刻まれ、天井からは現代技術の粋を集めた特殊な照明が、床に描かれた巨大な魔法陣を照らしていた。床の魔法陣は、継承式の核心を象徴するもので、千年以上前から形を変えずに続いてきた儀式の証だった。


 陽斗は息を飲んだ。これが伝説の継承式の会場—古代と現代が融合した神聖な場所だった。会場内は百人以上の生徒で埋まっており、皆が同じ制服に身を包み、同じ運命を待っていた。だが、表情は様々だった。昂揚感に頬を紅潮させる者、緊張で硬直している者、何も起こらないと諦めたように見える者もいた。


「次の生徒」と呼び出される度に、ホールの中央にある魔法陣に一人の生徒が立ち、儀式が始まる。魔法陣が白く輝き、しばらくすると生徒の周りに様々な形や色のエネルギーが現れた。炎の渦、風の刃、光の幕—それぞれ固有のスキルを象徴する現象が起こるのだ。


「レベル1:潜在」と測定器の表示が静かに告げるたび、会場からは拍手が湧いた。全ての生徒が同じレベル1から始まるのだ。これから成長と共にスキルも進化していく。


 陽斗の心臓が早鐘を打った。自分の番が近づいていた。


 ---------


「皆さん」


 会場に学園長の声が響き、陽斗は我に返った。白石賢治学園長は壇上に立ち、鋭い青灰色の目で生徒たちを見渡していた。その存在感は圧倒的で、言葉を発する前から会場は静寂に包まれた。


「今日、君たちは単なる能力ではなく、古より続く命の輝きを受け取る。スキルとは可能性の具現化であり、君たち自身の本質の表れだ」


 彼の声は深く、時間の重みを感じさせた。


「かつて人類とスキルが共に歩んだ道は、やがて分かれた。今、再び共に歩む時が来たのかもしれない」


 陽斗にはその言葉の真意が完全には理解できなかったが、何か非常に重要なことを聞いている気がした。心に深く刻まれる言葉だった。


「継承式は単なる儀式ではない。古より続く知恵の継承と、未来への責任の始まりだ」


 学園長は一人一人の目を見るようにゆっくりと視線を動かした。


「大切なのは、スキルの強さではない。それをどう使うか、どんな道を選ぶか—その選択こそが君たちの人生を形作る」


 陽斗は息を呑んだ。まるで自分の不安を見透かされたように感じた。学園長は続けた。


「自分自身の本質に忠実に。自らの道を選びなさい」


 その言葉が、陽斗の心に深く沈んでいった。


 ---------


 継承式は粛々と進んでいった。陽斗の周りの生徒たちが次々と呼ばれ、それぞれのスキルを継承していく。


「神崎零」


 陽斗の注意が引きつけられた。入学式前に一瞬だけ見かけた冷たい表情の少年だ。神崎は背筋をまっすぐに伸ばし、颯爽と魔法陣の中央へと歩いていった。その姿には既に揺るぎない自信が漂っていた。


 儀式が始まるや否や、神崎の周りには濃い紫青色のオーラが渦巻き始めた。通常の継承式よりも激しく、会場内の空気が重くなったように感じられた。神崎の目が鋭く輝き、彼の周囲の小さな物体が浮き上がった。


「サイキックコントロール」という声が会場に響き、測定器には「レベル1:上位潜在型」という特別な表示が現れた。周囲から歓声が上がり、神崎の唇には小さな勝ち誇った笑みが浮かんだ。


 陽斗は異様な緊張感を覚えた。あまりにも圧倒的な力を感じたからだ。一方で、会場の隅に立つ月城響は表情一つ変えず、神崎を静かに見つめていた。


「九条深月」


 次に呼ばれたのは、上品な佇まいの少女だった。優雅に歩く姿は多くの生徒の視線を集めていた。九条が魔法陣に立つと、淡い紫色の霧のようなものが彼女を包み込んだ。その霧は周囲にゆっくりと広がり、不思議と見る者の心を惹きつけるようだった。


「マインドウィスパー」


 測定器は彼女のスキルを表示した。九条は満足げに微笑み、会場の生徒たちに優雅に会釈した。だが陽斗には、その表情の下に計算高い何かが潜んでいるように感じられた。神崎を見つめる九条の目には、「神崎の力を利用したい」という野心が垣間見えた。


「佐藤翔太」


 明るい笑顔の少年が元気よく手を振りながら中央へ進んだ。彼の周りには鮮やかな青白い光が現れ、それが剣の形に凝縮されていった。


「ブレイブソード」


 佐藤の顔には純粋な喜びが浮かび、彼は光の剣を大きく振りかざした。会場からは歓声と拍手が湧き、佐藤は照れくさそうに頭を掻いた。陽斗は彼のオープンな性格が好ましく感じられた。


「水城美咲」


 眼鏡をかけた知的な印象の少女が、落ち着いた歩調で中央へ向かった。彼女の周りには淡い緑色のホログラム画面のようなものが現れ、数値やデータが浮かび上がった。


「データライブラリ」


 水城はスキルの性質を冷静に観察しているようだった。その分析的な視線に、陽斗は知性の鋭さを感じた。


 次第に陽斗の番が近づいていく。手のひらには汗が滲み、心臓は今にも飛び出しそうだった。


「葉山陽斗」


 ついに自分の名前が呼ばれた。足が鉛のように重く感じられたが、陽斗は深呼吸して前に進んだ。中央の魔法陣に立つと、古代の象徴が描かれた床から不思議なエネルギーを感じた。


 魔法陣が光り始めたが、これまでの白い光ではなく、青紫色の光だった。会場に小さなざわめきが起こる。


「何が起きているんだ?」「色が違う」「これは失敗?」


 陽斗自身も混乱していた。何かがおかしい—でも、危険ではないと直感的に感じた。青紫色の光は渦を巻き始め、次第に一点に集中していった。そして突然、光の粒子が集まり、半透明の球体が形成された。


 球体の中では複雑なデータの流れのような動きが見え、全体が青紫色に輝いていた。陽斗の前に、その球体が静かに浮かんでいた。


 会場は静まり返った。こんな現象は誰も見たことがなかった。


 そして、声が聞こえた。


「初めまして、葉山陽斗さん。私があなたのスキルとして選ばれました。私の名前はアルティス。一緒に成長していけたらと思います」


 陽斗は言葉を失った。スキルが...話した?測定器には「レベル1:特殊型」という前例のない分類が表示されていた。


「AI...スキル?」陽斗は思わず声に出していた。


 ---------


 会場は騒然となった。教師たちも驚いた様子で互いに小声で話し合っている。生徒たちの間からは様々な反応が聞こえてきた。


「すごい!スキルが話した!」

「AIスキルって何?聞いたことない」

「羨ましい...」

「いや、普通のスキルの方がいいよ」

「使い方、分かるのかな?」


 陽斗はまだ信じられない思いでアルティスを見つめていた。青紫色の球体は彼の左肩の上に移動し、そこに留まった。


 魔法陣から離れると、三村教諭が近づいてきた。


「葉山くん、素晴らしいスキルだね。AIタイプは非常に珍しい。これからが楽しみだよ」


 彼の温かいフォローに、陽斗は少し安心した。だが、周囲の視線は依然として感じられた。特に神崎の冷たい視線が刺さるようだった。


「AIか。真の力ではないな」


 神崎の声は小さかったが、陽斗の耳にははっきりと届いた。そして九条の計算高そうな微笑みも気になった。


「葉山くん、そのスキル、とても興味深いわ」


 彼女の言葉には親しみがあったが、その目は何か別の意図を秘めているように感じられた。


 水城美咲は好奇心に満ちた目でアルティスを観察していた。


「AIタイプのスキル...データ解析の観点から非常に興味深いわ」


 一方、佐藤翔太は純粋な興奮を隠さなかった。


「すげー!喋るスキルかよ!これからもっと見せてくれよな!」


 彼の素直な反応に、陽斗は少し救われた気がした。


 教師陣の中では、月城響が意味深な微笑みを浮かべていた。まるで「予想通り」とでも言いたげな表情だった。一方、学園長の白石賢治の表情は読み取れなかったが、わずかに頷いたように見えた。


 ---------


 継承式が終わり、陽斗は複雑な思いを抱えて帰路についた。学園の門を出ると、アルティスが話しかけてきた。


「陽斗さん、緊張されていますね」


「うん...正直、どう反応していいのか分からなくて」


「私も同様です。このような形で存在することは...予想外でした」


 アルティスの声には、不思議と感情があるように感じられた。


「AIタイプのスキルって、珍しいの?」


「非常に稀少です。私の記録によれば、AIスキル保持者は世界で5人未満とされています」


「えっ、そんなに少ないの?」


 陽斗は驚きと同時に不安も感じた。希少なスキルは注目されるが、同時に孤立することも意味する。


 家に着くと、両親が玄関で待っていた。継承式の結果を心配していたのだろう。


「ただいま」


「おかえり、陽斗」母の彩子が迎えた。「どうだった?」


 陽斗は一瞬言葉に詰まったが、深呼吸して話し始めた。


「僕のスキルは...ちょっと特殊で...」


「私がアルティスです。葉山さんのスキルとして継承されました」


 突然の声に、両親は驚いた表情を見せた。陽斗の左肩上に浮かぶ青紫色の球体を見て、二人とも言葉を失ったように見えた。


 しかし、彼らの反応は陽斗の予想と違った。


「素晴らしいわ!」彩子が目を輝かせた。「AIタイプのスキル...本当に珍しいわね」


「これは興味深いな」智久も穏やかに微笑んだ。「どんなスキルであれ、それは陽斗の一部。だから私たちの家族の一部だよ」


「お母さん、お父さん...」陽斗の目に涙が浮かんだ。


「アルティスくん、これからよろしくね」彩子がアルティスに直接話しかけた。「私たちの家族の一員よ」


「ありがとうございます」アルティスの声には、明らかな安堵が感じられた。


 夕食のテーブルには、四人分の席が用意されていた。アルティスにも一つの席が。それを見て、陽斗の心に温かいものが広がった。


「アルティスの進化の可能性は計り知れない」食事をしながら、父が言った。「君との信頼関係が鍵になるだろう」


「どういうこと?」


「スキルはレベル1から始まって、持ち主との関係性で成長し、レベルが上がっていく。特にAIスキルは、その傾向が強いと言われているんだ」


「レベルが上がると、できることも増えるの?」


「そうだね。でも、大切なのは強さだけじゃない。どう成長させるかは君次第だ」


 母も優しく微笑んだ。「どんなスキルであれ、それは陽斗の一部。だから私たちの家族の一部よ」


 その言葉に、陽斗は深く安心した。学園での周囲の反応は様々だったが、ここには無条件の受け入れがあった。家族という安全基地。


「これから、どうなるんだろう」陽斗はアルティスに向かって静かに言った。


「それは分かりません」アルティスは正直に答えた。「しかし、共に学び、成長していくことはできます」


 夜空を見上げながら、陽斗は思った。AIスキル「アルティス」との出会いは、予想外のものだった。けれど、この出会いが自分の人生をどのように変えていくのか—その旅路はまだ始まったばかりだった。

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