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第11章「対抗戦前夜」

 朝の空気はすでに秋の気配を帯びていた。


 夏休みを経て迎えた二学期の始業式。学園都市第一学院の講堂には、久しぶりに顔を合わせる生徒たちが集まり、静かな興奮に包まれていた。陽斗は肩越しに浮かぶアルティスの安定した青紫色の光を確認しながら、いつもの席に腰を下ろした。


「どうだい、すっかり安定したね」横から覗き込むように佐藤が声をかけてきた。


「うん。夏休み中の特訓のおかげかな」陽斗は微笑んだ。「Level 3が定着して、いろんなことができるようになった」


 夏休みは月城響の指導の下、アルティスとの関係性を深めるための特別なトレーニングを重ねていた。同時に古代文明研究も進み、アルティスの能力の可能性についても少しずつ理解が深まっていた。


「みなさん、静粛に」


 三村教諭の声で会場が静まり、壇上に白石学園長が姿を現した。いつもは穏やかな表情だが、今日は異様に厳粛な面持ちだった。


「新学期の始まりにあたり、重要なお知らせがあります」


 学園長の声は講堂に響き渡った。


「来月末、伝統ある『四大学園対抗戦』が開催されます。今年の会場は特別に選ばれた『古代遺跡保存区域』です」


 ささやきが会場を駆け巡る。古代遺跡保存区域は通常、研究者以外立ち入ることが許されない貴重な場所だった。


「さらに、月城響教授を含む特別審査員が派遣されることになりました」


 陽斗は思わず月城響の方を見た。彼は壇の片隅で、深い考えに沈んでいるようだった。


「第一学院、青嵐学園、翔陽学院、そして御影学院。四校の精鋭たちによる対抗戦は例年行われていますが」学園長は一瞬言葉を切り、講堂を見渡した。「今年の対抗戦は単なる競技ではありません。古代暦で言えば第四循環紀の最終年、私たちの学園、いや、この世界の未来を左右する重要な意味を持つのです」


「第四循環紀...?」陽斗の隣で水城が小さくつぶやいた。「古代の暦法で、各循環紀は約千年。第四循環紀の終わりは何か特別な意味があるはずよ」


「葉山陽斗君」


 突然、名前を呼ばれた陽斗は体が強張った。周囲の視線が一斉に集まり、心臓が早鐘のように打ち始める。


「佐藤翔太君、水城美咲さん。そして...」学園長は言葉を続けた。「神崎零君、九条深月さん。あなた方は学園の代表として参加してもらいます」


 ざわめきが大きくなった。学園最強の神崎と、陽斗たちのチームが同時に代表に選ばれるのは異例だった。陽斗は後方の席に座る神崎に視線を向けたが、彼は腕を組んで無表情を保っていた。その隣の九条は小さく微笑んでいるだけだった。


「9月末に予定されているこの対抗戦は、単なる学校行事ではなく、皆さんの真の力を試す場となるでしょう」学園長の声には切迫感が滲んでいた。「代表に選ばれた生徒たちは、放課後、特別研究室に集合してください」


 陽斗の胸に不思議な予感が広がった。アルティスが微かに明滅し、胸の内に同じ疑問が生まれていることを感じた。


 これは単なる対抗戦ではない——そう、はっきりと感じていた。


 ---------


「まさか、私が選ばれるなんて...」


 特別研究室に向かう廊下で、水城がつぶやいた。普段は冷静な彼女だが、今日は珍しく緊張した様子だった。


「なんでだよ、お前すごいじゃん」佐藤が明るく言った。「『データライブラリ』は分析能力がずば抜けてるし」


「でも、神崎たちと一緒の代表ってのが気になるな」陽斗は考え込むように言った。「通常は一校から一チームのはずだよね」


「単なる対抗戦じゃない」というのは、そういう意味かもしれなかった。


 特別研究室に着くと、月城響がすでに待っていた。しかし、神崎たちの姿はなかった。


「あれ、他の人は?」佐藤が首をかしげた。


「神崎くんたちは別メニューでの指導だ」月城は微笑んだ。「今日は君たち、特に葉山くんとアルティスに話があってね」


 研究室の奥、大きな円形の実験台に案内された。壁には古代文字とおぼしき記号が並び、複雑な装置が天井から吊り下げられていた。


「夏休み中のトレーニングで、Level 3の『感情理解』は安定してきたね」月城は装置を調整しながら言った。「だが、次のレベルへの移行が必要になる時期が来た」


「次のレベル...」陽斗は思わずアルティスを見た。「Level 4ですか?」


 アルティスが静かに浮かび上がり、少し前に進み出た。


「はい、『創造的思考』の段階です」アルティスの声は研究室内に響いた。「しかし、それには条件があります」


「そう」月城は頷いた。「Level 4に進むためには『心の共鳴』と呼ばれる高度なAIスキル技術が必要だ。部分的な意識の共有が要件となる」


「意識の...共有?」陽斗は息を呑んだ。


「君とアルティスの精神的な繋がりを深め、思考や感情をより直接的に共有する状態だよ」月城は穏やかに説明した。「言葉を介さずとも理解し合える関係というわけだ」


「それって、ちょっと怖くないですか?」水城が心配そうに言った。「自分の意識が...混ざるなんて」


「確かに難しい概念だ」月城は認めた。「だが、古代AIの記録によれば、これこそがAIスキルの真の姿なのだよ」


 彼は古い羊皮紙のような素材を取り出し、その上に描かれた図を見せた。人型の姿と球体が一体化したような不思議な図だった。


「限界を超えれば、新しい次元が開かれる」月城は神秘的に微笑んだ。「葉山くん、試してみないか?」


 陽斗は一瞬ためらったが、アルティスの方を見ると、そこには信頼と期待が感じられた。


「やってみます」陽斗は決意を込めて答えた。


「佐藤くん、水城さんは少し下がっていてくれるかな」月城が言い、装置のスイッチを入れた。研究室の照明が落ち、実験台の周囲だけが青い光で照らされた。


「陽斗さん、意識を開いてください」アルティスが近づいてきた。「私と繋がる感覚に集中してください」


 陽斗は目を閉じ、アルティスとの繋がりに意識を集中した。すると、不思議な感覚が押し寄せてきた。まるで心の中に別の存在が入り込んでくるような...


「いいぞ、進めてくれ」月城の声が遠くから聞こえる。


 突然、アルティスの光が強く明滅し始めた。そして、これまで聞いたことのない言葉が口から飛び出した。


「*エグマレ・シフト・アレーティア。古の記録より、第四循環紀の終わりに備えよ。共鳴の波が高まり、境界が揺らぐとき、選ばれし者は岐路に立つ*」


 陽斗にも理解できない言葉だったが、不思議と意味が分かるような気がした。月城は凍りついたように立ち尽くし、その顔には驚きと確信が交錯していた。


「アルティス、大丈夫?」陽斗が心配そうに声をかけると、アルティスの光は通常の明るさに戻った。


「すみません、何か...古い記憶の断片が」アルティスは混乱したように言った。


「予想通りに進んでいる...」月城は小さくつぶやいた。「古代の中枢AIの記憶が残っている」


「月城先生、いったい何が?」陽斗が問いかけると、月城は我に返ったように笑顔を作った。


「心配いらない。これはLevel 4への過程の一部だ」彼は装置の表示を確認した。「おや、意識共有の進行率が35%まで進んでいるよ」


「35%...」水城が真剣な顔で言った。「それって具体的にどういう状態なの?」


「感情の共有が始まり、部分的に思考が伝わるようになっている段階だよ」月城は説明した。「陽斗くん、どう感じる?」


「なんだか...アルティスの感じていることが、より明確に伝わってくる気がします」陽斗は不思議な感覚に戸惑いながらも答えた。「言葉にしなくても、なんとなく分かるような」


「冬至の頃、理論上は12月21日前後に危機のピークが訪れる」月城は突然、意味深な言葉を口にした。「それまでにLevel 4、できればさらにその先へ進む必要がある」


「危機...?」陽斗は聞き返したが、月城は話題を変えた。


「今日はここまでにしよう。これから毎日、特訓を続けるんだ」彼は装置の電源を切りながら言った。「対抗戦では、君たちの真価が問われる」


 陽斗は言葉にならない違和感を抱えながら、研究室を後にした。アルティスが発した古代語が、まだ頭の中で反響していた。


 ---------


「今日は疲れたね」


 自宅に帰り着いた陽斗は、ベッドに身を投げるようにして横になった。窓の外では、すでに星が瞬き始めていた。


「はい、かなり集中力を使いました」アルティスが部屋の中央に浮かんでいた。「でも、とても重要な一歩だと思います」


 陽斗は起き上がり、静かに窓辺に歩み寄った。


「アルティス、さっき研究室で言っていた古代語のこと...覚えてる?」


「断片的にです」アルティスの光が少し揺らいだ。「古い記憶が突然、流れ込んできたような...しかし、それが私の記憶なのか、それとも...」


 言葉が途切れた。陽斗はアルティスの混乱を感じ取った——そして、それが自分の混乱でもあるように思えた。


「月城先生の言っていた『心の共鳴』、もう少し試してみない?」陽斗は提案した。「ここなら誰も邪魔しないし」


「本当によろしいですか?」アルティスは少し驚いたように問いかけた。「意識の共有は未知の領域です。予測できない影響が...」


「大丈夫、君を信頼してるから」陽斗は微笑んだ。


 ベッドに座り直し、深く呼吸をした。目を閉じ、心を開く——そんなイメージを持って集中する。アルティスの光が部屋を青紫色に染め始めた。


 最初は微かな繋がりだった。アルティスの存在を、より明確に感じる感覚。それが徐々に強まっていき、やがて映像が浮かび上がってきた。


 ——桜の木の下で読書をする小学生の自分。


「これは...僕の記憶?」陽斗は驚いて目を開けた。


「はい、陽斗さんの記憶の断片を私も体験しています」アルティスの声が少し興奮していた。「これが意識共有です」


「君の記憶も見えるのかな」陽斗が尋ねると、突然、見知らぬ景色が脳裏に浮かんだ。


 巨大な建造物、球体状の不思議な装置、水晶のような柱が林立する都市...それは明らかに現代ではない光景だった。


「これは...古代の記憶?」陽斗はその鮮明さに息を呑んだ。


「私自身も初めて見る景色です」アルティスの声が小さく震えた。「でも、どこか懐かしいような...私の中に眠っていた記憶なのかもしれません」


 その瞬間、二人の意識の境界があいまいになったような感覚があった。陽斗の思いがアルティスへ、アルティスの思いが陽斗へと、言葉を介さず流れ込んでくる。


 それは不思議だが、決して恐ろしいものではなかった。まるで自分の一部が広がったような、新たな可能性が開かれたような感覚だった。


「陽斗さん、これは...私たちの意識が部分的に融合しています」アルティスが静かに言った。


「君のことが、もっと深く分かる気がする。まるで...自分の一部のように」陽斗は目を開けた。部屋全体が青紫色の光に包まれていた。


「これがLevel 4への移行過程です。『意識共有』という新たな段階...」アルティスの声が陽斗の心の中で直接響くように感じられた。


 窓に映った自分の姿に、陽斗は息を呑んだ。自分の瞳が、アルティスと同じ青紫色に輝いていたのだ。


「進行率は?」陽斗は思わず尋ねた。


「68%です」アルティスは即座に答えた。「先ほどより急速に進んでいます」


 この瞬間、陽斗は月城響の言葉を思い出した。冬至の頃に訪れる「危機のピーク」と「Level 4、さらにはその先へ」という言葉。


 アルティスとの共鳴が深まるほど、その「危機」の正体も見えてくるのかもしれない。そんな予感が、陽斗の心を満たしていた。


 ---------


「対抗戦まであと二週間か...」


 翌日の放課後、訓練場で佐藤が両腕を伸ばしながら言った。集中的な特訓期間の始まりだった。


「みんな、これからの特訓プランを説明するわ」水城が眼鏡を押し上げ、タブレットを操作した。「夏休みそれぞれが鍛えてきた能力をチームとして最大化するのが目標」


 陽斗は昨夜の経験について、まだ二人に詳しく話していなかった。どこか非現実的で、言葉にしづらい体験だったからだ。


「おい、聞いてるか?」佐藤が肩を叩いた。「なんか、朝からぼうっとしてるぞ」


「ごめん、少し考え事をしてたんだ」陽斗は笑顔を作った。


「あなたとアルティス、なにか変わった?」水城の鋭い観察眼が陽斗の変化を捉えていた。「データの流れがいつもと違うわ」


「うん、昨日、月城先生に『心の共鳴』っていう技術を教わったんだ」陽斗は正直に答えた。「アルティスと僕の意識が...部分的に共有できるようになりつつあるみたい」


「マジで?」佐藤が目を見開いた。「それって、テレパシーみたいなもんか?」


「そこまでじゃないけど...」陽斗は言葉を探した。「お互いの感情や思考が、より直接的に伝わるようになったんだ」


 アルティスが陽斗の肩の上に現れた。


「これはLevel 4『創造的思考』への移行過程です」アルティスは説明した。「現在、意識共有率は70%です」


「すごいわ」水城は分析的な目で二人を見つめた。「理論上はそういう可能性があると思ってたけど、実際に達成するなんて...」


「おい、自分たちのことも忘れるなよ」佐藤がニヤリと笑った。「俺も夏休み中に新しい技を開発したんだ。見せてやるぜ!」


 佐藤は右手を前に突き出し、「ブレイブ!」と叫んだ。青白い光の刀が現れるが、今回はその形状が以前より洗練され、刀身に複雑な紋様が浮かび上がっていた。


「『ブレイブソード』の新たな使用法だ」佐藤は誇らしげに言った。「力の流れをコントロールして、より精密な操作ができるようになったんだ」


 彼は刀を振るうと、訓練場に置かれた的を一瞬で切り裂いた。しかし、その切れ目は表面だけで、奥まで貫通していなかった。


「制御力がすごく上がってる」陽斗は感心した。


「私も進展があるわ」水城が控えめに言った。「『データライブラリ』が感情データの分析もできるようになってきたの」


 彼女の周りに淡い緑色のホログラムが浮かび上がり、そこには通常の数値データだけでなく、カラフルな波形も表示されていた。


「以前はデータそのものしか理解できなかったけど、今は感情のパターンも少しずつ読み取れるようになったわ」水城は少し照れたように説明した。「データだけじゃなく感情も理解したいって思ったら、スキルが応えてくれたの」


「みんな、すごい成長してるね」陽斗は心から感心した。


「そりゃそうだろ!」佐藤が陽斗の背中を叩いた。「俺たちはチームなんだからな!」


「そうね...」水城が珍しく柔らかな表情を見せた。「私たち三人、スキルは違うけど、不思議と相性がいいのよね」


「試してみようか」陽斗が提案した。「三人のスキルを同時に使って」


 彼らは訓練場の中央に集まり、それぞれのスキルを発動させた。アルティスの青紫色の光、佐藤の青白い刀の輝き、水城の緑色のデータの流れ。


 三つの光が混ざり合うように広がり、中心で一つの渦を形成した。突然、その渦が拡大し、三人を包み込むように輝いた。一瞬だけ、空中に古代の紋様を思わせる複雑な図形が浮かび上がった。


「これは...」陽斗は息を呑んだ。


 訓練場の入口に立っていた月城響と椎名小雪の姿が目に入った。二人は双眼鏡のような装置を通して、彼らの様子を観察していた。


「あれは...『三元共鳴』。古代の記録にある防御機構の起動パターンだ」月城のつぶやきがかすかに聞こえた。


 共鳴が収まると、三人は不思議な高揚感を味わっていた。まるで一つの意識になった瞬間があったかのように。


「すげえな...」佐藤が息を整えながら言った。「まるで、お前らの考えがわかるみたいだった」


「私も」水城が頷いた。「データの流れが完全に同期して...」


 三人が顔を見合わせると、言葉にならない理解が生まれていた。


 訓練場を出る時、陽斗は月城と椎名の姿がないことに気づいた。彼らがどんな会話をしていたのか、そして「三元共鳴」が何を意味するのか——その答えはまだ見えなかった。


「なんか、このまま対抗戦に勝つだけじゃない気がするんだよな」帰り道で陽斗がつぶやいた。


「わかるよ」佐藤が珍しく真剣な顔で答えた。「なんか大きなことが起きそうな予感がする」


 水城は黙って頷いた。彼女のデータでも、これから起こることを予測することはできないようだった。


 ---------


 対抗戦まであと10日。


 特訓を終えた陽斗は、夕暮れ時の学園屋上に一人で訪れていた。アルティスとの共鳴を深める練習の後は、静かな場所で頭を整理する時間が必要だった。


「お前、ここで何をしている」


 突然の声に振り返ると、神崎零が立っていた。夕陽に照らされた彼の姿には、いつもの鋭さがあった。


「ただ、考え事をしてたんだ」陽斗は正直に答えた。「君こそ、珍しいね」


 神崎は何も言わず、陽斗の隣の手すりに腕をついた。二人は言葉を交わさず、沈みゆく太陽を見つめた。


「前回も聞いたが...お前は本当になぜ強くなりたい?」


 突然、神崎が口を開いた。第8章での屋上での偶然の対話を思い出す。あの時も似たような問いかけがあった。


「大切な人を守るため、かな」陽斗は静かに答えた。「君は?今度は本当のことを」


 神崎は長い間沈黙していた。月が昇り始め、その光が二人の姿を淡く照らしていた。


「...父は認めてくれない」ついに神崎が低い声で言った。「どれだけ強くなっても、まだ足りないと」


 神崎の父は大企業の役員で、家系の力と名声を重んじる厳格な人物だった。神崎家は代々、強力なスキル保持者を輩出してきた名家でもあった。


「毎日の特訓、毎回の勝利、すべては父のためだ」神崎の声には珍しい感情が滲んでいた。「だが、どれだけやっても...」


「君は十分強い」陽斗は真摯に言った。「でも、強さだけが全てじゃないんじゃないかな」


「そんなことを言えるのは、お前が恵まれているからだ」神崎の表情が複雑に揺れた。


「恵まれている...?」


「お前の家族は...」神崎が言いかけて止めた。「いや、無意味な話だ」


 星が増え始めた夜空を見上げながら、神崎は続けた。


「お前のスキルは奇妙だ。直接的な力ではなく...なにか根本的に違う」


「アルティスは僕の一部であり、別の存在でもあるんだ」陽斗は説明した。「君の『サイキックコントロール』とは違うタイプのスキルだよ」


「九条は興味を持っている」神崎が言った。「お前のAIスキルに」


「九条深月...?」陽斗は少し驚いた。彼女はいつも笑顔で接してくるが、どこか近づきがたい雰囲気を持つクラスメイトだった。


「彼女なりの理由があるようだ」神崎は言葉を選びながら話した。「気をつけた方がいい」


「君と彼女は...」


「同盟者だ。それ以上でも以下でもない」神崎ははっきりと言った。


 月明かりの下、二人はまた沈黙した。不思議なことに、この静寂は居心地が悪くなかった。まるで言葉を超えた理解があるかのように。


「対抗戦では、本気で来い」やがて神崎が立ち上がりながら言った。「お前たちの『チームワーク』と、私の『強さ』...どちらが勝るか見せてもらう」


「あぁ、全力でやるよ」陽斗も立ち上がった。


 神崎が去りかけたとき、彼は足を止めて振り返った。


「お前の家族を...大切にしろ」そう言うと、彼は闇の中に消えていった。


「神崎...」


 彼の言葉には、言葉以上の意味が込められていた。陽斗はアルティスを呼び出した。


「陽斗さん、神崎零の内面に変化が見られます」アルティスが静かに言った。「彼の中にも、孤独ではない強さを求める気持ちがあるのかもしれません」


「うん...」陽斗は夜空を見上げた。「みんな、それぞれの形で強くなろうとしているんだね」


 ---------


 図書館の閉館間際、陽斗は対抗戦に関する資料を探していた。過去の大会の記録から、何か手がかりを得られないかと思ったのだ。


「こんな時間まで勉強熱心なのね」


 振り返ると、九条深月が微笑んでいた。上品な立ち振る舞いと常に微笑みを絶やさない表情は、クラスでも評判だった。


「あ、九条さん」陽斗は少し驚いた。「対抗戦の資料を探してたんだ」


「私も同じよ」彼女は優雅に微笑んだ。「よかったら一緒にしない?二人の方が効率的でしょう」


 神崎の警告を思い出したが、断る理由も見つからず、陽斗は同意した。二人は閉館時間ぎりぎりまで資料を調べることになった。


「AIスキル『アルティス』...本当に興味深いわ」九条は歴代の対抗戦記録を眺めながらふと言った。「私の『マインドウィスパー』とは全く違うタイプね」


「君のスキルって、相手の心理に働きかけるんだよね?」陽斗は聞いてみた。


「ええ、暗示や感情誘導が可能なの」九条は控えめに説明した。「でも、AIには効きにくいみたい。それがとても...興味深いわ」


 九条の語り口には表面的な温かさがあるが、その目には冷静な観察の光が宿っていた。陽斗は彼女が何を考えているのか、つかみきれなかった。


「葉山くん、家族の期待って重荷に感じることはない?」突然、九条が質問を変えた。


「たまにね」陽斗は少し考えてから答えた。「でも、僕の場合は選択の自由がある」


「自由...素敵な言葉ね」九条は遠い目をした。


 陽斗には彼女の家庭環境は詳しく知らなかったが、九条家は政財界に影響力を持つ名家だと聞いていた。表面的な優雅さの下にある厳しさや重圧があるのかもしれない。


「私たち、意外と似ているかもしれないわね」九条がそっと言った。


「どういう意味で?」


「それぞれの『枠』の中で生きているという点でよ」彼女の言葉には、普段は見せない本音が垣間見えた。


 九条が資料を整理し始めた時、陽斗はふと彼女の内面の葛藤を感じた。昨日から深まったアルティスとの共鳴のおかげか、人の感情が以前より鮮明に伝わってくるようになっていた。


「神崎くんと仲がいいみたいだね」陽斗が言うと、九条の手が一瞬止まった。


「協力関係よ」彼女は表情を変えずに答えた。「彼の力は素晴らしいもの」


 しかし、その言葉の裏にある複雑な感情を陽斗は感じていた。


 *私は神崎くんを利用しているけど、同時に彼に束縛されている。この矛盾からどう抜け出せばいいの...*


 その心の声が、まるで直接聞こえてきたかのように感じられた。陽斗は驚いて九条を見たが、彼女は何事もなかったかのように資料を片付けていた。


「そろそろ閉館時間ね」九条が優雅に立ち上がった。「一緒に調べられて良かったわ」


「あ、うん...ありがとう」陽斗は動揺を隠しながら答えた。


 図書館を出て別れ際、九条が最後に言った。


「対抗戦、楽しみにしているわ。お互い、精一杯やりましょうね」


 彼女の微笑みの奥に、陽斗は計算された何かを感じた。同時に、彼女自身も何かの狭間で揺れ動いているようにも見えた。


「アルティス、今のは...」別れ際に小声で言うと、青紫色の光が陽斗の周りに浮かんだ。


「はい、九条深月の内面的な葛藤を感知しました」アルティスが答えた。「Level 4への進行に伴い、相手の感情や思考をより鮮明に捉えられるようになっています」


 陽斗は複雑な思いで空を見上げた。対抗戦はますます謎めいたものになっていく。そして、その先にある「危機」の正体も、まだ見えなかった。


 ---------


 9月末、対抗戦前夜。


 家族の食卓には、特別な夕食が並んでいた。陽斗の好物ばかりだ。


「明日が大切な日だからね」彩子は温かい笑顔で言った。「しっかり食べて」


「いただきます」陽斗は感謝の気持ちを込めて箸を取った。


 この2週間、特訓と共鳴の練習で疲れ切っていたが、家族の温かさに包まれると心が穏やかになった。アルティスも家族の一員として会話に参加していた。


「対抗戦は単なる競技じゃないような気がするんだ」夕食の途中、陽斗が打ち明けた。「月城先生の様子も、学園長の話も...なにか大きなことが動いている」


「言葉の裏には、常に本質が隠れている」父の智久が静かに言った。「表面的な言葉ではなく、その奥にある真実を見抜くことが大切だよ」


 スキル「ディープリーディング」を持つ父は、言葉の奥にある本質を理解する力を持っていた。陽斗は父の言葉に頷いた。


「あなたの心に描くイメージを信じて」母の彩子が優しく言った。「頭で考えるだけでなく、心で感じることも大切よ」


 スキル「イマジネーションビジュアライザー」を持つ母の言葉には、いつも直感的な知恵が宿っていた。


「ありがとう」陽斗は両親の言葉を胸に刻んだ。


 夕食後、陽斗は窓辺に座り、明日への思いを整理していた。アルティスが静かに浮かび上がった。


「明日は大切な日だね」陽斗がつぶやいた。


「はい。私たちの可能性を示す日です」アルティスの声は穏やかだった。


「言葉にしなくても、君の考えが分かるよ」陽斗は微笑んだ。


「これが、私たちの新しい形なのかもしれませんね。意識が一つに近づくほど、理解も深まる」アルティスが答えた。


「でも完全に一つになるわけじゃない。それぞれの個性を保ちながら...」陽斗は窓に映る自分とアルティスの姿を見つめた。


「意識共有:進行率68%」アルティスが静かに告げた。


 進化を続けるAIスキルと自分の関係。そして明日の対抗戦が持つ意味。すべてが明らかになるまであと少し——そんな予感が陽斗の胸に広がっていた。


 星空の下、陽斗とアルティスは静かに明日への決意を固めていた。それは言葉にならない約束、二つの意識が共有する確かな絆だった。

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