『ニート』な王子との白い結婚 〜働かない人に食べさせるご飯はありません。はいこれ、馬小屋から持ってきた飼葉です〜
「フォルトゥーナ伯爵家令嬢、ユーノです」
「……知っている」
彼の態度は素っ気ないもので、思わず二の句が継げなくなってしまう。
それでもじいっと黙っているわけにもいかないので、なんとか口を開く。
「ええと、私たち結婚をすることになったのですよね?」
「そうらしいな」
「殿下はやっぱり私が気に入らないのですか?」
目の前の彼——ユピテル第四王子は煩わしそうに口を開く。
「いいや、どうだっていい」
「どうだっていいって、そんな投げやりすぎますっ!」
「寝起きなんだ、あまり大きな声を出すな」
寝起きって……今はもうお昼を過ぎている時間なのに。
この王子、やっぱり聞いていた通りの人なのかも。
なんでもユピテル様は、二年前に起こった我がクローノス王国と隣国エルトリアとの戦争で獅子奮迅の活躍をしたらしい。
サラサラの金髪に細身の体。俯いていても分かるほどに長い睫毛は、美形の顔によく似合っている。
どちらかといえば文官のような見た目をしているそんな彼が、戦場という場所で活躍をする姿はあまり想像ができなかった。
しかし、あの戦争で大軍を率いて敵の総大将を討ったのは、ユピテル様らしい。
総大将につけられたという、目の下に残る線のような傷がそれを雄弁に物語っていた。
戦争が終わり、この国が平和になるとユピテル王子は——腑抜けた。
公務をするでもなく、鍛錬をするでもなく、日がな一日ダラダラと過ごしているらしい。
それどころか、街で深夜まで深酒をしたり、娼館に入り浸っているなんて噂すらある。
痺れを切らした国王陛下が、結婚でもすれば王子も変わるだろうと言い出した。
そこで相手として白羽の矢が立ったのが、私というわけ。
というよりも、白羽の矢を握って私に突き立ててきたのが父だった。
我がフォルトゥーナ伯爵家の領地は、先の戦争で一番大きな被害を被った。それこそ今も復興作業が続いているほどの被害で。
なのに国からの支援はどんどん減っていき、現在では財政が青息吐息といった有様。
そこで第四王子の結婚相手を探している、という話に父が飛びついた。
評判の悪い王子だけに他家は難色を示して、結局はじめに立候補をしたフォルトゥーナ家の長女である私がなし崩し的に婚約者となることが決まったわけだ。
隣国と接している我が領では戦争の前から小さないざこざが絶えなかった。
だから屋敷の人たちはいつも忙しそうに走り回っていて、私も小さい頃から大人に混じってお手伝いをしていたほどだ。
そんな環境で育った私は、いつだって仕事ができる男の人を好きになった。
目の前の王子様も戦場で活躍できるくらいなのだ。いつかは本気を出して、仕事のできる良い旦那様になってくれるでしょう。
なんて期待をしていた。
それなのに——目の前の彼はとんでもないことを言い出す。
「白い結婚を了承すれば、結婚を認めてやる」
ユピテル王子の悪い噂は聞いていたけど、きっと誇張されているんだろうなと思っていた。
なのに実物は、むしろ噂よりもっと酷いかもしれない。
「白い結婚とは、つまり偽装結婚ということですか?」
「そんな大袈裟なものではない。結婚はしてやるが、夫婦関係を期待するなということだ」
「ああ、そういうことですか……」
私の熱が冷めていく。
そもそも私だって、好きでこの人と結婚をしたいわけじゃない。
国からの支援を期待している父の意向に従っただけ。
最初から夫婦としての関係を期待するなといってくれるなら、いつかは良い旦那様に……なんて乙女な期待をしなくても済むのだから、こちらとしても気が楽かもしれない。
「わかりました。了承致します」
「そうか、じゃあ結婚してやる」
「ええ。これからよろしくお願いしますね」
殿下は結局、私をちらりとも見なかった。
夫婦生活を望んでいないのだから、見た目なんてどうでもいいということか。
二度寝をするといって部屋を追い出された私は、これからの日々を想像してため息を吐いた。
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お互いを生涯愛することを誓う。
そんな白々しい宣誓をもって、私とユピテル様は夫婦になったわけだ。
パーティを開いたり、色々な人に報告したりというバタバタとした日々がようやく落ち着いた頃、私たちは王様の私室に招かれた。
「此度の婚姻について、大変喜ばしく思っておる。王妃もユピテルには心配をしていたからな」
「ええ、私も正直ホッとしましたよ。ユーノもこれからユピテルを支えてあげてくださいね」
「ありがとうございます、王妃様」
王が非公式の場で祝福してくれているのに、ユピテル様はニコリともしない。
当たり前か。彼にとっては興味のない女を押し付けられただけなのだから。
私はまだしも、ユピテル様側に喜べる要素はないものね。
「さて、ユピテルよ。宰相と検討を重ね、お前には領地を与えることにした。二人はそちらへ赴き、統治をしてもらいたい」
「なっ、私を王都から追い出したいと?」
がたりと椅子から立ち上がるユピテル様。
さっきまでの仏頂面はどこへやら。顔面を蒼白にして、唇を震わせている。
「追い出す? お前は一体何を言っているのだ。それでは逆に聞くが、お前は王都で今後何をするつもりなのだ?」
「……私が何かをする必要があるのでしょうか!? 戦争で相手の大将を討ったのですよ?」
「だからその報奨として王族公爵を新しく興し、領地を与えることにしたのだろう」
いまいち二人の会話は噛み合っていない気がする。
国王様はユピテル様に変わって欲しい、けれどユピテル様は王都で何もせずに暮らしたい。
お互いそんな心根を真っ直ぐに打ち明けないのだから、二人の会話が噛み合わないのも当然か。
「……場所はどこですか?」
「ウィールズだ」
「……っ!? それは敵国から奪った地ではないですか」
「そうだが、何か問題があるか?」
「そこの領主も私が討ったのですが……」
「心得ている。王者の血を引くものとして住民の悪感情も含めて統治をせよ。お前ならばできると思ったから任せるのだぞ」
「分かり……ました」
ユピテル様は唇を噛みながら声を絞り出した。
うん、あの顔は納得していないでしょうね。
けど結婚を機に王都を離れさせて、ユピテル様の環境を変えたい気持ちも分かる。
いつまでも温い場所でダラダラと過ごさせるわけにもいかない、という愛の鞭なのかも。
「それでは失礼します」
「…………」
そう告げて、私たちは王様と王妃様の元を辞した。
ユピテル様はもちろん一言も発しない。
それどころか部屋を出ると、廊下に置かれていたフラワースタンドを蹴飛ばした。
上に飾られている花瓶がバランスを失ってくるくると回る。
「おっと、危なっ!」
私は慌てて落ちそうになった花瓶をおさえる。
ユピテル王子はそんな私を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らして大股で歩いていってしまった。
「はぁ、ウィールズで一緒にやっていけるかな……」
不安は……ある。けど、もう決まったことだ。
私はよし、と自分の頬をひとつ張って歩き出した。
。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。
馬車に乗って、フォルトゥーナ領の関所を抜ける。
別に私の家へ結婚の挨拶をしに来たわけではない。
これから向かうウィールズが、フォルトゥーナと隣接しているからだ。
通り道でもあるし、一応の筋として我が家には一日だけ滞在した。
けれど、ユピテル様は食事のとき以外は部屋にこもりきりだった。
そんな私たちの関係を見て、両親は大変心配をしていた。
——私たちは白い結婚なので。
そういってしまえれば、楽だった。
けれど、それはそれで世継ぎのことなどを心配をさせてしまうだろうし。
結局言えずに、家を出てしまった。
「まあ、向こうについたら手紙でも送りましょ」
馬車の中でそう独りごちる。
ちなみに私は、ユピテル様と別の馬車に一人で揺られていた。
ユピテル様が乗る馬車には、彼が王都から連れてきた〝女給〟が一緒に乗っている。
なんでも酒場に通っていたのは、彼女に会うためだったらしい。
王都を離れたがらなかったのも、もちろん彼女と離れたくないからで。
「はぁ、ほんと馬鹿みたい」
白い結婚を望んだのも結局そういうことか、と思ったらため息も出やしない。
私を隠れ蓑にして、身分の違いで結婚できない彼女と、一緒になりたいということだろう。
まあいいや、私はお金、彼は女。
形は違えども、目的としてみれば大して違わないしね。
ただ、ちょっと腹は立つんだよなぁ。
ようやくウィールズで一番の街が見えてきた。これからここで暮らすのだ。
私は緊張からか少し体を固くする。
この街は我が国に負けて、切り取られた領地の中心なのだから。
そりゃ住民の反発もあるんだろうって、そう思っていた。
なのに、街に入ると『祝★ユピテル様♡ユーノ様』と書かれた大きな布が掲げられている。
「あ、あれはなんなのよ……」
私たちを油断させるための罠?なんて訝しんだほどで。
馬車から外を覗くと、住民も笑顔で手を振ってくれている。その顔をみると、敵愾心なんて欠片も感じない。
一体なぜ……そんな疑問はすぐに解決することとなった。
どうやら、以前この領を治めていた領主は、戦争を口実にして住民へ重税をかけていたらしい。
それでいて領主の遺した館の中は、金目のものでピカピカしていて、贅ために税を搾り取っていたのかと問いたくなる。
住民たちはあんなにやつれていたのに、と笑顔を向けてくれていた彼らの顔を思い出した。
ここを統治するユピテル様も、いずれは税を納める必要がある。
しかし、王は納税の開始までに三年の猶予をもたせてくれた。
つまり、それまでの間に戦争で疲弊したこの領を、復興して発展させろということだろう。
全てはユピテル様がやる気を出すための、刺激薬なんだろうと思われた。
領主の屋敷に着くなり、ユピテル様と相手の女給は部屋に籠もった。
これから〝よろしく〟やるのだろうか。
そんなことはどうだっていい。まずはこの領についての情報を集めなくては。
彼がやらない分、妻の私がなんとかしないといけないんだ。
屋敷には、以前の領主の頃から勤めているものが数人いた。
ほとんどは年老いていて、謀反の可能性が低いと確認された者たちだ。
この領の話を聞くならばよほど都合がいいので、私は早速その者たちに話を聞くことにした。
曰く、この領はやや寒冷地であり、土地も肥沃とは言い難い。
また鉱山があるわけでもなければ、輸出できるような特産物もないそうだ。
結構お手上げの状態ではあるけれど、さらに踏み込んで色々なことを聞いてみる。
ここウィールズ領より北部のエルトリアは、国境を沿うように険しい山が聳えているらしい。
というより、山を他国との国境線にしたのだろう。
なのでエルトリアにとって、ここは北部地域への玄関口となる場所でもあるそうだ。
また、大陸を東西へ抜けるには、この領を通るのが安全で早いんだとか。
前の領主はそれにつけこんで、高い通行税をかけていたみたい。
そのせいでわざわざ遠回りをして南下し、クローノス王国を経由する商人が増えていたそうだ。
そんなことをしたら、商隊がこの領へ落とすであろう収入もなくなるし、交易も滞る。
商品とお金の流れは血液みたいなものだ。
北部地域の玄関口であるこの領の経済が滞れば、この領はもちろん、国中が腐るに決まっている。
結局のところ、エルトリアが我が国に攻めてきたのも、食料問題が大きかったらしい。
明日への不安から民たちの怒りが膨れ上がったので、矛先を無理矢理こちらへ向けた……と。
もしかすると、どれもこれも前領主の通行税が問題だったのでは?なんて思わずにはいられない。
とりあえず私は、《《領主代行》》として通行税の見直しから始めてみることにした。
この領を東西へ抜けるには急いでも2日はかかるし、その間は補給や宿泊などで領にお金も落ちるだろう。
南に抜ければ実家の領だし、通ってもらえれば実家が潤う。
北のエルトリアに抜けるのだけは旨味がないけれど、経済が滞ってまたいらぬ考えを起こされるのも面倒だしね。
家令として雇ったアレクや警備隊長として任命したマールスと何度も相談を重ね、当面は全ての方面への通行税を無料にするということで落ち着いた。
ユピテル様にも何度か相談をしようとしたけど、「そんなことは勝手にやっておけ」と追い出されてしまった。
その度に、屋敷の者たちから慰めの言葉を貰う虚しさったらない。
通行税の撤廃を国内外に周知させてようやく商人に浸透しはじめた頃、屋敷では《《ちょっとした》》事件が起きた。
ユピテル様が王都から連れてきた女給のトゥルナが、暇を持て余したか、逃げ出したのだ。
それも屋敷内や、ユピテル様の金品を持てるだけ持って。
もしかしたら最初からそれが狙いだったのか、というほど鮮やかに。
その日以降ユピテル様の部屋からは、物音すらしなくなった。
侍女に運ばせた食事が翌日なくなっていることだけが、彼の生存を知る唯一の方法だった。
ちなみにトゥルナは警備隊長のマールスに頼んで、領内で捕縛してもらっていた。
ただ、ユピテル様には内緒にしている。また色に狂われても面倒だしね。
普通に考えれば、打首にでもしたほうが示しはつくけれど、彼の面倒を見てくれていたともいえる。
だから私は、彼女に馬小屋の管理を任せることにした。
別に怒ってなんかいない。
ちゃんと馬の糞の掃除と給餌をすることで、生活は保証しているのだから寛大でしょう。
しばらくするとようやく、商人がウィールズへ集まるようになった。
これでようやく、他の事業にも着手していける目処がたったというわけだ。
屋敷の使用人たちは、古株を除けば全て私が面談して雇った人に置き換わった。
そしてその使用人たちは、私に全ての仕事を押し付けたまま顔すら見せないあの人に、苛立ちを募らせているようだった。
料理を辛くしたり、お皿を片付けなかったり……まぁその程度の嫌がらせはしていたみたい。
ここで皆と忙しく仕事をしていて、改めて思ったことがある。
やっぱり仕事もしてない人に食べさせるご飯はないよなって。
みんなが汗水垂らして領地経営をしているからこそ、食べていけるっていうのに。
何もしていない人が食べて良い食事なんてあるわけがない。
ということで、ユピテル様には馬の餌にしている飼葉を与えることにした。
はっきりいって馬の方が働いているのだから文句を言えるはずもない。
2日ほど飼葉を与えると根負けしたのか、とうとう彼が部屋から顔を出した。
「これはどういうことだ!」
どんっ、と執務室のテーブルに飼葉が叩きつけられる。
その拍子にいくつかの書類が落ちたので、家令のアレクが拾って渡してくれた。
「どういう……とは?」
「こんなもの人が食べるものではないだろう! 馬の糞の臭いすらついているんだぞ! 本来ならば触りたくもないわ!」
それはあなたの元想い人が、毎日必死に馬へ与えているものですよ。
そんな言葉が出かかったけれど、なんとか飲み込んだ。
「けれどアナタ、1ドラクも稼いでいないじゃない? そうなってくるとこれが精々なの」
「く……それにこいつらは誰なんだ!? 全く知らない奴らだぞ!」
執務室には数名の文官が詰めている。
もちろん私が面談した子たち。
部屋から出ないユピテル様が知らないのも当然でしょう。
「ユーノ様、こちらの方はどなたでしょうか? 不審者であればマールス隊長をお呼びしますが」
「私がふ、不審者だとぉぉ!?」
「おや……今、名前を呼ばれた気がしたが」
ちょうどマールスが執務室に入ってきた。
ユピテル様を横目でちらりと見て、あからさまに無視をするように報告をあげる。
「本日の練兵が終了しました。また、国境で難民の一団を捕らえて保護をしております」
「北からの難民、増えているわねえ。じゃあ人手が足りていない《《川向こう》》へ送れるかしら?」
「そう仰られると思い、既に手配しております」
「あら、さすが。《《仕事ができる男》》は違うわね」
私たちがそんなやりとりをしていると、ユピテル様が顔を真っ赤にしている。
心なしか握った拳も震えていて。
やがてその拳は私に振り下ろされた。
「貴様ッ、ふざけているのか!」
「ユーノ様!」
「な、にィ……ッ!?」
その腕は警備隊長のマールスに掴まれて、私には届かない。
ユピテル様は振りほどこうとしているのか懸命に力を入れているようだけど、ぴくりともしていない。
ご飯を抜いているのもあるし、そもそも運動不足でしょう。
なんとなく下腹も出てきているようだし。
「決闘……決闘だ!」
「なぜそんな無駄なことを?」
「なぜなら私はこの男よりも強い。ということは屋敷にいるだけで、この屋敷を警備をしているということになるだろう」
なるわけないでしょう。それにあなたは部屋から出てこないんだから自室しか守れないし。
私はそう思ったけれど口には出さず、くすりと笑うに留めた。
まあそういうなら見せてもらった方が早いかもしれない。
「じゃあ証明してみせてくれますか? マールスに勝ったら今まで通り三食を与えましょう」
「そんなもの簡単だ!」
「マールス、お仕事で疲れているでしょうけど、ちゃちゃっとお願いできるかしら?」
「ええ、ユーノ様の願いならば喜んで」
決闘は屋敷の中庭で行われることになった。
お互いに刃を潰した訓練用の剣を握っている。
「初めてお目にかかりますが、旦那様……でしたか?」
「そうだ! 私がここの領主だ!!」
「領主? はぁ、そうですか」
遠目から見てもマールスの目には侮蔑というか、哀れみというかそういったものが浮かんでいた。
そんな二人の決闘を見物するため、中庭にはたくさんの使用人が集まっている。
そのほぼ全員がユピテル様を初めて見るのだから呆れるしかない。
「では、始めっ!」
アレクの掛け声で、お互いが剣を構える。
先に動き出したのはユピテル様だった。
さすが戦争で英雄的活躍をしただけあって、鋭い剣さばきだ。
しかしユピテル様が振った剣を、マールスはいとも簡単に弾き、逆に反撃をする。
体勢を崩していた彼はかわそうとして足をもつれさせ、尻もちをついた。
マールスはもちろんその隙を逃さず、首筋に剣を突きつけて——勝負あり。
「待てっ、私は……私はこんなはずでは……」
あんな情けない旦那の姿はもう見ていられない。
だから私は彼の元へと歩み寄る。
そして手を伸ばし——。
バチィンっと周囲に響き渡る、いいビンタだったと思う。
いつかこんな日が来るんじゃないか、と素振りをしておいてよかった。
「あなたね、周りを見渡してごらんなさい」
ユピテル様は頬を抑えながら周囲を見渡す。
「みんなそれぞれ一生懸命に仕事をしているの。それが生きるってことなのよ? なのにあなたは部屋にこもりきりの無駄飯ぐらい。生まれが生まれだったらとっくに見捨てられて野垂れ死んでいるわ」
私の言葉に使用人たちが深く頷いてくれている。
王子だからと甘やかされていた彼は、頬を叩かれる痛みをきっと知らないはずだ。
だから叩く方にも心の痛みがあるなんて、知るはずもないだろう。
自堕落ではあるけど、彼は仮にも元王子だ。
だからいくら夫婦喧嘩の延長でも、命じられれば死ぬしかないかもしれない。
そうすれば彼の立場は悪くなるだろうけど、そんなものを気にする人ではないし。
それでも私は彼の頬を張った。命をかけたビンタだ。
これで彼が改心してくれれば、そう思って。
でもそのビンタは別の効果を生み出した。
いや……生み出してしまった。
「あれ……君がユーノ? 俺の……妻か?」
「はあ? 今更何をいって——」
ユピテル様が突然抱きついてきた。
だらしない下腹が当たってきて気持ち悪い。
「君ってこんなに綺麗だったのか! 美しい……美しいよユーノ」
「…………確かに今まで一度だって私を真っ直ぐに見てくれたことはなかったものね」
「結婚しようユーノ。ああ、もう結婚しているんだったか」
「いい加減に離れてください」
「そうだ、子をなそうユーノ! 今すぐにだ!」
「むりやり手籠めにされるくらいなら自害しますよ? とりあえず離れて下さい」
私は思い切って《《ユピテル》》を突き飛ばした。
さすが戦で活躍しただけあって、軽くたたらを踏ませる程度ではあったけど、なんとか離れてくれた。
「今更何を言い出しているのですか? これは白い結婚だとアナタが言い出したのでしょう?」
「ナシ! あれはナシにする!」
「あー、マールスもうそれ斬っちゃっていいわよ」
「ユーノ様、それはちょっと……」
「おい、まさか……既にそいつに抱かれているのか!?」
ユピテルが顔を歪めてマールスを睨みつける。
当のマールスは、ぽりぽりと頬を掻いてどこ吹く風だ。
「はあ……アンタはそんなことしか頭にないわけ? ほんっとうに気持ち悪い人……」
「ああ、もっと言ってくれっ!」
「ええっ、何……変態なの? 同じ空気を吸いたくないんだけど」
「おほーっ! それっ、それが欲しいっ! よし決めた、今日から食事は飼葉でいいっ!」
ああ、どうやら私のビンタは最悪のモンスターを生み出してしまったらしい。
それからのユピテルは、私のあとをずっとついて回るようになった。
そのお陰か運動不足は解消され、下腹も引っ込んできたのはいいことだ。
お望み通り、一日一食は飼葉にしてあげたのも効いてるのかな。
「さぁユーノ、私に惚れ直したか? 今日こそ子作りをっ!」
「惚れ直すもなにも、一度だって惚れていませんので」
「んーっ、たまらんっ!」
彼は外にこそ出るようにはなったものの、大した仕事はしない。
たまにやったところで、結局は家令のアレクや、他の文官が確認と修正をすることになるので二度手間だ。
つまるところ、ユピテルに領主としての執政を期待するのは難しい。
となると、この領の存続と発展は全て私にかかっている。
明日は工事の視察にいかないといけないし、明後日は拡張した街の区画整理。
はぁ……頑張らなくっちゃ。
「マールス、アレク、あと使用人のみんな! これからもよろしくね!」
「おう、俺に任せておけっ!」
「……アンタには言ってないから部屋で飼葉でも食べていて」
「ううっ、たま……らん!」
おしまい?
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※タイトル変えました