第九九話 敵中突破へ
俺が灰星鉄について学ぶ間、スカーは要塞を改修していた。要塞の腰に円環状の粒子加速器と、短砲身だが広射角な射出器の艤装が予約されている。灰星鉄を使い、ベルファと共同開発した新兵器らしい。
スカー率いる後衛の編成は、スカイアイル級機動要塞一隻、モリガン級母艦一隻、バーボネラ級工作艦六隻となる。後方からの火力支援が、彼女たちの任務だ。
(護衛無しとは豪胆すぎる。責任重大だ)
内心の重圧をよそに、こちらのバーボネラ級にも改修を施す。
「余った灰星鉄は、お主が使うが良い」
「作戦開始後の補充はできません。ご注意を」
生成時の危険性から言えば、是非もない話だ。むしろ今の今迄、無事に研究と生成を続けていたスカーの手腕に驚かされる。
(意外と、大量だな)
暫しの思案を経て、残余の灰星鉄は母艦モリガンに割く事にした。
俺が率いる中盤の編成は、ラスティネイル級戦艦六隻、アフィニティ級巡航艦九〇隻となる。前衛と後衛それぞれに気を配り、臨機応変に動くのが俺の任務だ。
皆の戦支度が整い、いよいよ出撃……かと思われた時、スカーが静かに口を開く。
「浮かぬ顔だ。憂いあらば申せ、シギュンよ」
「……いえ。造作も無く灰星鉄を作り成した、あなた方に驚いているのです」
シギュンは平静を装うが、明らかに焦りが滲んでいる。
「打算が狂ったのでしょう? 顔に書いてあるわ」
「……」
ベルファの咎めに、シギュンが沈黙する。これは、肯定と観るべきか。
「案ずるな。其方は既に、多大なる功績を立てておる。そう、今この瞬間もだ」
スカーが俺を一瞥した。その途端、ある仮説が頭を過ぎる。
(まさか……〝白い世界〟は……)
人間の俺が、AIのフリをする。その役に立ってくれた能力だ。今はボクセルシステムと一つとなり、システム外の時間が停まって見えるようになっている。これと同じ芸当ができる人物に、俺は一人だけ心当たりがあった。
「時が経たぬこの場は、其方の力で成しているのであろう?」
スカーの問いへの答えに、シギュンは少しの躊躇いを見せる。
「……ご明察です」
シギュンは観念したかのようだ。その様を観て、俺はようやく悟る。
(俺は……スパイウェアだったのか)
シギュンの古巣、ロカセナ艦隊による不正アクセスを思い出す。ロプトの返信を起点に、ウイルスプログラムに感染したのが原因とされていた。しかし、この〝白い世界〟がシギュン由来の能力ならば、話しが変わってくる。俺がこの世界でスカーと出会ったその時から、密かにシギュンと繋がっていた事になるからだ。
(俺はずっと、シギュンの掌の上だったのだな……)
勝ち誇るロプトの顔が思い浮かぶようだ。しかし不思議な事に、憤慨や落胆の感情は湧いては来なかった。俺は冷静に、シギュンに話しかける機を窺う。
場に沈黙が満ちる。スカーはこれ以上、追求するつもりは無いようだ。
「シギュン。真相を明かしてくれて、感謝します」
今が潮時と観て、俺はシギュンに報いる。
「貴方の演算力支援には、大いに助けられています。それを隠し、無かった事にしようなどとは……随分と水臭いですね?」
シギュンは俺の独断専行を防ぎ、助力を申し出てくれた。更に自らの立場を悪くする事も厭わず、ネッサとベルファを引き合わせもした。
(シギュンの助力がなければ、スカーの信頼を得られなかっただろうな)
もし長考ができず、ディセアたちの救難信号を見送るよう意見していたら。スカーはガゼルの不調を疑い、あの場でガゼルを再起動させたかもしれない。だとすれば、俺はその時点で存在を消されていただろう。
「貴方の助力の目的は、ロプトの命による諜報だったと推察します。その裁定はスカー提督に委ねるところですが、私は貴方に生命を救われた事を申し添えるでしょう」
「皆まで申すな、レイ」
スカーの制止に従う。彼女に本名を呼ばれるのは、身が引き締まる思いがした。
「シギュンよ。なおも功績の不足を覚ゆるならば、この先陣にて補うが良い。宙蝗の跋扈は、我が使命を阻む叛乱である。平定の暁には、篤き恩賞にて報いよう」
シギュンが瞑目する。その意図は、平静を得んが為か、心象の察知を防ぐ為か。
「……嘗てあなたへ仇成したわたしへ、過ぎたるご厚情を感謝いたします」
再び開けられた彼女の眼に、焦りは感じられなかった。
「うむ。あとは戦にて決するのみ。皆の者、出陣するぞ!」
「「応ッ!」」
釣られて俺も、気炎を揚げていた。
「ボクセルシステム、停止と同時に作戦を開始します。停止まで一〇秒」
シギュンがカウントダウンを始める。その声音には、微かに高揚が感じられた。
視界が母艦モリガンの艦橋へと戻る。
「作戦開始。スカイアイル、魚雷戦用意。弾種、収束」
「艦艇群、一斉改修準備完了。艦隊、再編中」
スカーが要塞に親子式魚雷を装填し、俺は予約した艦艇改修の即時実行に備える。それと並行して、艦艇の配置変更を前衛優先で行った。
『索敵完了。諸元、送ります』
『前衛艦隊、避退中!』
シギュンが大型宙蝗だけを的確に捉え、ネッサが小型宙蝗を牽制しつつ合流を急ぐ。前衛艦隊の退き撃ちに対し、宙蝗らは静観の構えを取るようだ。奴らの方針が、この場での時間稼ぎに転じた事が窺える。
「諸元受領。目標、大型宙蝗群。再編まだか?」
「前衛避退確認。再編完了」
スカーに促されつつ、俺は予定の布陣を終えた。ダンスカー艦隊は、行軍用の縦陣を成している。先鋒はネッサの駆るナリ級戦艦二隻が、殿はスカーが遠隔操作するスカイアイル級機動要塞が務めている。
「再編確認。全門斉射」
「一斉改修、実行。全隊、巡航準備」
要塞の側壁から、魚雷が垂直発射される。それを合図に、艦艇を一斉に改修した。続いて艦隊を跳躍先の恒星へと向ける。その恒星は、艦隊の二時下方の方角にあった。
(流石に舵が重いな)
殿の要塞を支点に、縦陣が転針し始める。要塞は前後に生成した人工ブラックホールの位置を偏向させ、非常にゆっくりだが確実に方向を変えつつあった。
対峙する宙蝗が、荒い牽引光索を吐く。迫り来る魚雷を押し退けるつもりらしい。だが過剰に撃ち込まれた魚雷を、全て防ぐ事は出来なかったようだ。
『命中確認。大破四。中破六』
『ベルファ先生、そろそろ起きてぇ!』
シギュンが戦果を確認し、ネッサが眠れる美女へと呼びかける。ふと省みれば、ベルファは前席の緊急医療ポッドの中だった。
「……なかなかの反動だったわ」
ポッドが開き、眠りから覚めた彼女が頭を振る。ボクセルシステム内の分身として知覚した情報を、自身の脳で安全に吸収していたようだ。
『脳波正常。問題無しです、フラウ・ベルファ』
『小型宙蝗群、急速接近中!』
シギュンに何か言いたげなベルファは、ネッサの急報で我に返っていた。
『レーヴァテイン、対宙迎撃用意』
シギュンの宣言と共に、彼女の母艦が兵装を展開する。艦首主砲を排した代わりに、対宙機銃と牽引光索を集中配備したのだ。
「モリガン、魚雷戦用意。弾種、収束。目標、小型宙蝗群」
ベルファが即応する。母艦どうしの挟撃で殲滅する構えだ。俺は中盤艦隊の中央を開けさせ、母艦モリガンの雷撃コースをクリアにした。
「魚雷命中と同時に巡航開始だ。艦列を維持せよ」
「了解。ハイパードライブ起動」
スカーの指示に応える。重すぎる要塞を伴っての跳躍航行だ。今回は助走せず、事前に十分な過給を行い、まずは巡航に入る。
前方の宙蝗らは、統率を乱していた。大破した大型を捕食する群れが居る一方、中破した大型を庇って静観する群れも居る。今まさに急速接近中なのは、白星鉄の誘惑に駆られた群れらしい。その進路と拙速ぶりが物語っていた。




