第九八話 強襲作戦準備
場の空気が、全艦での突撃に染まっている。俺は良心の呵責を感じていた。
「現有戦力では、規約の遵守が困難です。命令の変更を求めます」
「蛮勇を振るう為にか?」
苦し紛れの異議申し立てが、いとも容易く一蹴される。勝算の無い突撃など、たしかに蛮勇だ。それ以前に提督が、艦隊を無為に失う作戦を了承する訳が無い。見落としの挽回と称して、更に見落としを重ねた己を恥じた。
既にボクセルシステム内に居る。AIのフリをした即答は叶わず、俺は素のままの長考に陥っていた。皆を説得し、責任を一身に背負う。その手立ては、まだ思いつかない。
「どうした? また臆病者に逆戻りか?」
業を煮やしたスカーの追求が続く。思わず反発しかけ、ふと気付いた。
(……また? 逆戻り?)
ずっと臆病者に映ったままならば、そんな言い回しにはならない筈だ。
(俺はスカーへ、多少は勇気を示せていたのか?)
字面通り受け取れば、だが。……いや、今更疑うのは止そう。過失の連続に恥じ入るあまり、疑心暗鬼になっている証拠だ。
知らずのうちに、自暴自棄になっていた。小出しの戦力で突撃したところで、何の解決にもなりはしない。それすら気づけぬほどに。
「スカー、貴女の激励に感謝します。更に失態を重ねるところでした」
「うむ。今一度、証明せよ。この私に」
深呼吸をした。俺は改めて、皆の顔と向き合う。
「もとよりです。私には皆様一人ひとりへ、果たすべき責任が残っています」
ネッサには償いとして、呪われた運命からの解放を。シギュンにはスカー救出の返礼として、未だ語られぬ望みへ助力を。ベルファには依頼の遂行として、復讐の後援を。そして、スカーには……。
(士は己を知る者の為に死す。もう一度、夢見て足掻いてみるか!)
忠義の誓いとして、規約の遵守を。どうやって成し遂げるか、その一点だけを考える。
「責任を果たす為……どうか、皆様のバックアップを要請します」
否を唱える者は居ない。彼女たちは、疾うに肚を括っていたのだ。今となっては遅いが、乱世に生きる彼女らの、覚悟の重さを思い知らされる。
(俺も異世界人ではなく、この世界の住人として……覚悟を決めよう)
彼女たちは俺が守るべき乗員から、俺が頼るべき仲間となったのだ。
俺たちは早速、作戦の立案に取り掛かる。
「奴輩の増殖ぶりは、地の利が原因か」
「でしょうね。銀河核近傍は、特に資源が集まりますから」
思案するスカーに、シギュンが応じる。
(この漸減作戦は、妥当だと思ったんだがなぁ)
討った宙蝗を資源化し、ボクセルシステムで僚艦を造る。敵の数を減らし、味方の数を増やせる一石二鳥の策に見えた。しかし宙蝗の増殖ぶりは、俺たちの再生産効率を超えている。その結果、溢れた宙蝗が迂回を始めているのだ。
「宙蝗の巣は、私が叩く。ベルファも付き合え」
「異存は無いわ」
唐突なスカーの宣言は、障り無くベルファに受け容れられる。
「露払いは、わたしとネッサにお任せを」
「任された!」
シギュンたちが先陣を切る。流れるような役割分担に、俺は取り残されてしまう。
「狼狽えるな、ガゼル。お主には特別任務を与える」
俺が反応するよりも先に、スカーが作戦概要を寄越して来た。即興にしては充実し過ぎる内容に、思わず面食らう。
「お主こそが、この作戦の要だ」
「拝命します。浅学非才なれど、微力を尽くします」
今更迷いはしない。皆が俺を助けてくれているのだ。艦隊運用AIとして培ってきた今迄の全てを、この作戦遂行で結実させてみせる。
共有された作戦概要に従い、各々が戦支度を始める。時を停めるボクセルシステムに、今は感謝の念を捧げよう。
スカー立案の強襲作戦は、現状の艦隊を三つに分ける。俺は作戦概要に従い、各艦隊の編成と改修に着手した。
シギュン率いる前衛の編成は、レーヴァテイン級母艦一隻、ナリ級戦艦二隻、アフィニティ級巡航艦一八隻、バーボネラ級工作艦六隻となる。白星鉄製の艦艇は、宙蝗の注意を強く惹きつける。それを逆手に取った陽動が、彼女たちの任務だ。危険度の高さと裏腹に、僚艦が少ない事が気にかかる。
「あまり多すぎても、動きにくいから。これぐらいが丁度いいよ」
とは、相棒の談だ。せめてもの援護として、随伴のアフィニティ級とバーボネラ級には、特別な改修を施す。
「ネッサを助けられるように、わたしの艦にも改修をお願いいたします」
シギュンに乞われるがまま、レーヴァテイン級にも手を加えた。この艦は彼女の心の支えであり、伴侶を守る不可侵の領域だと俺は考える。にもかかわらずの申し出は、以前見せた名残惜しさとは真逆に映った。この英断には、全力で応えねば無粋というものだ。
改修データをもとに、彼女たちは模擬操艦による慣熟訓練に取り掛かる。ボクセルシステム内に居ながら、もう一つのボクセルシステムを起動した。内なるシステムに模擬戦環境を構築し、そこで処理を走らせている。
一方のスカーはベルファと共に、要塞向け追加兵装の開発を急ピッチで進めていた。
「礼を言うぞ、ベルファよ。其方の助力で、この灰星鉄を使い熟す目処がついた」
「こちらこそ。……これで、白星鉄の謎が解けそうですね」
才媛たちの言葉に、俺は思わず釘付けになる。
「灰星鉄とは? 今作戦遂行の為、ご教示願えますか?」
思わず問い質していた。気づけば、シギュンたちもこちらを窺っている。
「青、赤、緑……これらの星鉄の特性を、全て兼ね備えた星鉄だ」
「灰星鉄を極限まで精錬すると、白星鉄が出来ると観ています」
共有されたファイルを閲覧する。端的な説明を聴きながらだ。彼女らの説明によれば、灰星鉄生成の仕組みは次のようになる。
まず、高重力下で青星鉄と赤星鉄を融合させ、緑星鉄を生成する。その際に、融合で失われる青星鉄と赤星鉄それぞれの質量と、融合で生じる緑星鉄の質量とを完璧に拮抗させる。すると、これら三色の星鉄は互いに反発し、融合反応が止まるそうだ。その状態で重力による収縮と、収縮で生じる反発の釣り合いを取ると、灰星鉄が出来るらしい。
「灰星鉄生成には、様々な誤認や危険が付き纏う。世が世なら、究明は禁忌として扱われたであろうな」
「ええ。最悪の場合は黒星鉄が生じ、大爆発を起こしてしまいますから」
さらりと恐ろしい事を知らされた。だが俺は、怯まず問いかける。
「黒星鉄は、安定を欠く危険物質なのでしょうか?」
扱いを間違えれば自滅する。灰星鉄についてのリスクは、この際全て知っておきたい。
「黒星鉄とは、只の鉄の事だ。安定し過ぎるが故に、重力崩壊と共に大爆発を起こす」
スカーの教示に関し、同居AIに示唆を求めた。
(……超新星爆発にそっくりだな)
灰星鉄生成には、とんでもない危険が潜んでいた。この様子では白星鉄の精錬にも、更なる危険が付き纏うのだろう。この世界に白星鉄を創り出した神が居るとすれば、随分と意地悪で過激な創造思想の持ち主のようだ。
「六合は鉄を生むたたら場だ。これしきの事実で動じるでないぞ?」
主の言を理解しようにも、さすがに思考が追いつかない。俺は小休止を乞い、情報の整理に努める事にした。




