第九六話 協議と善戦の影で
軍議終了後の仮想会議室にて、三首脳が密かに協議する。
「作戦は無理無く実施できそうか?」
スカーがディセアに尋ねる。ヴィルも真剣な眼差しを向けていた。
「無理を通すよ。アタシたちの為だもの」
ディセアが即答する。彼女は既に、実施の為の方策を練っていたようだ。
「まだ割り切れてない子も居る。割り切れなきゃ死ぬって事を、演習で判らせるよ」
「頼もしい限りだ、ディセア」
ディセアの覚悟をヴィルが讃える。
「アタシらは軍律の不徹底で、一度全滅しかけたからね。割り切れない子は、戦列から外す。あの副官さんの作戦は、ハマればデカいよ。だったら、全力で応えないとね」
「模擬戦闘諸元を活用するが良い。討伐速度の比較で証明せよ」
スカーの指摘にディセアが頷く。乱戦と挟撃のどちらが早いか、結果は明らかだった。
「それはそうと……ぶっちゃけ、ヴィルは割りに合うの?」
「余の名誉と信用にかけて、完遂すべき防衛出撃だ。心配せずとも良い」
宙蝗の脅威を知らぬ帝国の民には、不可解な遠征と映るだろう。皇帝の立場を危うくしかねぬ行いと捉えられる事を、女王は案じているようだ。
「名誉はともかく、信用とは何故か?」
提督が皇帝に問う。属領や同盟領の守護者として使命を果たし、名誉や求心力を得るところまでは想像ができる。
「経済再建の為だ。余はスカー提督へ、返済すべき債務がある。今後、不正蓄財を企む者を生まぬ為にも、余自ら模範を示す必要がある」
首都港の火災という経済的打撃に対し、かの皇帝は驚異的な復興を推し進めていた。貨幣供給量を増やすも、それ以上に仕事や雇用を増やして通貨膨張を防いでいる。復興の為の融資や、復興の祝祭などで施しを行ってもいる。こうした景気刺激策に民が応えるのは、彼の治世に対する信用の成果だと言えるだろう。
「……なるほど。殊勝なことだ」
スカーは得心する。ヴィルには帝国への軍功返上と引き換えに、王国との同盟強化を働きかけた。彼の言う債務とは、この事を指していると思われる。
それだけではない。ヴィルは収奪ありきの帝国経済を改革したがっていた。その願いを果たす為、これまで以上に信用を積み上げる気なのだろう。
「元老院の暗躍は、余とザエト提督が抑えている。若きユーリスをティリー提督に預けたのも、その一環だ。この人事は、決して懲罰ではない。彼らが防衛を果たした暁には、名誉の凱旋で報いる事を約束しよう」
自身に纏わる悪い噂を意に介さず、ヴィルは何やら自信有りげな笑みを浮かべる。
「ヴィルがそれで良いなら、アタシは戦に専念するよ。まずはティリー提督と、良く話し合っておかないとだね」
「うむ。ティリー提督は忠義者だ。兵の支持も篤い。遠慮なく頼ってくれ、ディセア」
女王の決意に皇帝が同調する。ユーリスの作戦を完遂するには、兵らを再び掌握する必要があるだろう。まずは将自ら確執を捨て、連携する様を見せるようだ。
三首脳は必要な根回しを確認し、協議の場は解散となった。
***
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
スカーは軍議から戻ったようだ。俺は指示を仰ぐべく、母艦へと意識を向ける。
「ふむ。善戦しているようだな」
「おかげさまで、慣れてきましたわ」
スカーの賛辞に、ベルファが応えていた。軍議中の戦果を確認しているらしい。
「よし。これだけ備蓄があれば、ガゼルらの演算力を強化できる」
スカーが俺たちに、資源運用計画を共有してきた。
「引き続きガゼルは遊撃に専念し、ベルファは援護と分解を並行せよ」
「「了解」」
スカーは満足げな笑みを浮かべ、徐ろに席を立った。
「私は研究に専念する。もう少しで、白星鉄の謎が解けそうだ。信じて待て」
スカーは自室に籠もり、研究に没頭するようだ。宙蝗との決着を急ぐにしても、決定打は必要となる。艦を増やして余力を稼ぎつつ、戦線の維持に努めるとしよう。
さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
『演算力を強化した。艦の数を増やすが良い』
スカーから連絡を受けた。要塞スカイアイル内に、緑星鉄製の演算加速装置が増設されている。緑星鉄の時空干渉能力を活用したのだろう。
宙蝗は大型が率いる小隊編成で、間断無く襲撃を続けている。俺は乗員たちに休みを取らせつつ、相棒らと連戦に耐えていた。戦況が凪いだ隙に、少しずつ建艦を挟みながらだ。
(撹乱魚雷が利きにくくなったか?)
擬似的な白星鉄ノイズをバラ撒き、宙蝗を釣り出す魚雷だ。あの大型が群れを率いるようになって以来、奴らの隊列が若干乱れる程度の効果しか得られていない。
(……大型が小型へ、指示や干渉を行っているのか?)
そう仮説を立てた俺は、相棒と大型を急襲する。相棒が陽動で小型の多くを釣り、俺は大型に集中砲火を浴びせた。守備が疎かな大型は、ひとたまりもなく沈黙する。
『やっぱり、大型は統率する個体みたいだね』
指摘する相棒の後ろには、算を乱す宙蝗の群れが映っていた。俺は乱れる小型の群れへ、撹乱魚雷を撃ち込んでみる。
「そう観て間違い無さそうだ」
撹乱魚雷に釣られ、押しくら饅頭を始めた小型を悉く討ち果たした。こうした多少の検証も交えつつ、宙蝗との実戦訓練を着実にこなしてゆく。
(死角から襲ってしまえば、旋回の遅い標的でしかないな)
後ろの取り合いにも慣れてきた。古式ゆかしい空戦のように錯覚する。宙蝗は俺たちの戦闘機動を真似しようとし、無様に自滅を続けている。姿形や重心の違いが響き、完全には真似しようも無いのだ。……だが俺は慣れ過ぎ、慢心してしまっていたらしい。
『緊急! 当宙域を迂回する宙蝗群を確認――』
休み明けのベルファが危急を告げる。促されるまま、星系図を確認した。
『行く先は、ブルート星系と推定』
この宙域には、誘引剤や警報フェロモンが立ち込める。にもかかわらず、宙蝗は本能に逆らう進軍を始めていた。目先の小競り合いに囚われ、重要な戦局を見落としてしまった。
(足止めされたのは、俺たちの方だったか)
失態を悔いる暇は無い。すぐさま、対応を考えるべきだ。




