第九二話 進む迎撃準備
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「某は第九艦隊提督、クイント・ティリーと申します。女王陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
ティリー提督は着任挨拶の為、ロンド管理局を訪れていた。通された一室には、娘のルストとアイセナ女王母娘の姿がある。
「この者は副官のグナー・ユーリス。現刻を以て、防衛の任に当たります」
提督が盾の敬礼を捧げ、女王が挙手の答礼を返す。
「アイセナ王国女王、ディセア・アイセナ。共同し、宙蝗に臨みましょう」
顔合わせが済むと席を勧められ、軍議の時間となった。
「さて。ここからはざっくばらんに行こうね、提督さんがた」
「いきなり砕け過ぎです、お母様」
女王母娘の掛け合いに、ティリー提督は思わず和む。
「こうでもしないと、そちらの副官さんが気疲れしそうだからねぇ?」
女王の指摘を受け、提督は事態を察知した。一瞥した副官の顔には、敵愾心が色濃く浮かんでいる。
「……ユーリス!」
「失礼仕りました」
提督が語気強く咎めると、副官はふてぶてしい謝罪で応えた。
「あっはっは! 判り易い子だねぇ」
許しとも煽りとも取れる女王の哄笑が響く。
「私情は厳に慎め。そう申した筈だぞ?」
「ハッ。如何様な処分も甘受いたします」
言葉は殊勝だが、顔色は不遜そのものだ。血気盛んなこの若者に、割り切りを求めるのは未だ酷だったか。
「ま、副官さんの気持ちも判るよ。アタシもそうだったからね」
女王がひらひらと手を振り、提督に笑いかける。彼女は手にした端末を机上に据えると、映像の投影準備を始めていた。
「まずはこれを観ようか。話はそれからだね」
女王の顔から笑みが消え、映像の再生が始まった。
映像では巨大なる宇宙港が、瞬く間に喰らい尽くされていた。委細は明かされなかったが、ダンスカー艦隊に属するものだと思われる。
「これが、宙蝗。アタシら人類を滅ぼしかねない害虫だよ」
女王が淡々と告げる。先ほどまでの砕けぶりが嘘のようだ。
「人間どうしでいがみ合ってる場合じゃないんだ。わかってもらえたかな?」
「存分に。皇帝陛下が急がれていた理由に、ようやく理解が及びましたぞ」
ティリー提督は肝を冷やすも、アイセナ女王に気丈に応えていた。
「ユーリス殿。顔色が優れぬようだが、医務室にご案内しようか?」
娘のルストは、落ち着き払って呼びかけていた。
「……必要ない。小官の職務を、全うする」
対する副官ユーリスは、息も絶え絶えだ。明らかに痩せ意地を張っている。
「刺激が強すぎたね。深呼吸してから、話そうか」
砕けた調子に戻る女王に促され、提督たちは呼吸を整えた。
「これは、他言できませんな」
「そうだねぇ。パニック間違い無しだわ」
提督は努めて明るく振る舞うも、女王は更に明るく混ぜ返した。
(陛下らは、早々に腹を括られたのだな)
既に覚悟を済ませた主君を畏敬し、ティリー提督は気を引き締めて軍議に臨む。
アイセナ女王との軍議を終え、ティリー提督らはロンド管理局を後にした。麾下の第九艦隊は、スカイボート係留施設近くで陣営を張っている。
提督は座乗艦を陣営に引き上げると、自室で今後の行動についてを考え始めた。
(事前連絡どおり、魚雷戦仕様で馳せ参じたが……肝心の魚雷は生産中とはな)
宙蝗には特殊な魚雷で対処するとの事だ。シミュレーターによる魚雷戦訓練もそうだが、導入したての新型艦の慣熟も十分とは言い難い。並行して進めるとしよう。
(それよりも問題はユーリスだ)
かの者はザエト閣下に宇宙港リラ管理の任を解かれ、此度の防衛出撃に同行するよう命じられている。内心は穏やかではあるまい。
ユーリスはブルート星系からの撤退以来、明らかに功を焦っていた。焦りは失敗を生み、更なる焦りへと繋がる。そうした悪循環が、失敗の連鎖を生んでいた。ついには疑心に囚われ、皇帝陛下への批判すら口にする有り様だ。
(このままでは、元老院との確執も深まるだろう)
ユーリスは元老院議員たちとも近しい。宙蝗の脅威を知らぬ元老院は、皇帝陛下の施政を咎める世論形成に熱心なはずだ。議員らからは遠ざけておきたい。
(……それでも、やるしかあるまい)
帝国のみならず、人類の存続が危うい。帝国の行く末を案じるのは、宙蝗の脅威を退けてからであるべきだ。ティリー提督はそう再確認し、行動計画を練り上げた。
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話はほんの少しだけ遡る。俺は宙蝗との連戦に、要塞の火力で区切りをつけた。
「航宙優勢確保。警戒しつつ、資源備蓄と艦艇の改修を行います」
作業ドローンたちが、宙蝗の亡骸を分解し始めた。緑星鉄備蓄が進んでゆく。
『大儀である。星鉄転換炉の制御権を委譲した。存分に活用するが良い』
スカーの通信と共に、大量の情報が導入される。緑星鉄関連技術が、全て解禁された。俺は早速、艦隊の整備や補給に取り掛かる。
(……ッ!)
想像以上に資源消費が重い。魚雷を多用したうえ、艦にも無茶な機動をさせた。もっと効率よく迎撃を行わねば、今後も勝ち続けるのは難しい。
(優先順位の高い順に始めよう)
まず眼の強化だ。既存艦艇すべてに、対宙蝗走査機を導入する。次に艦艇の運動性能向上を図りたい。最低でも、ネッサ操るナリ級戦艦らと連携可能なレベルにすべきだ。
(最後は迎撃の効率化か。これは二段構えで考えなければ)
先鋒のダンスカー艦隊と、後詰めの王国・帝国連合艦隊には、扱える技術に開きがある。効率化の手段を新兵器に求めるならば、そこを考慮する必要がある。
(……長考の時間だ)
ボクセルシステムを起動し、時を停めた。先の戦いの記録を振り返り、まずは改善すべき点の洗い出しを始める。
さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
(スカーが到着するまで、出来る限りデータを集めよう)
まずは走査機を一新し、宙蝗が観えるようになった。幾つかの新兵器も試作し、実戦で検証する必要がある。その為には、宙蝗を誘引する方法も欲しいところだ。
『宙蝗の誘引手段を作っておきました』
シギュンから受け取ったデータを紐解く。例の警報フェロモンから誘引成分を割り出し、合成したものらしい。誘引剤とでも呼ぼうか。
『新型のテストは、あたしに任せて!』
そう言うネッサに、新型巡航艦を託す。発電機や推進機の一部に緑星鉄を使い、性能向上を図っている。更に新開発した復原機も搭載した。これは艦の重さを増減させる設備であり、運動性を劇的に変化させる可能性を秘めている。
緑星鉄を艦の部品に使う場合、他の星鉄に変異し易い性質に要注意だ。その対策は、スカーが開示した情報の中にあった。
(まさか、ただの鉄で遮断できるとはなぁ)
緑星鉄製の部品は、鉄でコーティング済みだ。あとは実戦で信頼性を検証する。
「宙蝗の迎撃を再開する。戦闘準備」
『『了解』』
俺は要塞へと意識を戻し、宙蝗との戦いを再開する。警報フェロモンに惹かれ、銀河核のそばを離れた宙蝗らは、進軍速度を落としていた。宙蝗は跳躍の目印を見失って以来、先頭はその場に留まっている。後続は先頭への合流を図っていたようだ。
誘引剤と中和剤を活用し、迎撃と分解に勤しむ。宙蝗は要塞を迂回して王国領へ進むつもりは無いようだ。あくまで、今のところはだが。
「テストは順調だ。二人の協力に感謝する」
緑星鉄の備蓄も捗っている。ネッサのテスト結果を踏まえて、そろそろラスティネイル級戦艦の改装に着手したい。そんなタイミングで、スカーとベルファの乗る母艦モリガンが、最前線への合流を果たした。




