第九一話 最前線へ
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(戦況はひとまず安定したか……)
スカーは安堵もそこそこに、次なる行動へと移る。母艦モリガンは既にブルート星系入りを果たしており、宇宙港ロンドのそばに停泊中だ。乗員一同は、二隻の戦艦ラスティネイルに分乗して入港する。ドック隣接のロンド管理局への一室へと通されると、そこには懐かしい顔が皆を待ち構えていた。
「皆、元気そうでよかったぁ」
女王ディセアだ。彼女はここを、宙蝗迎撃の作戦本部としているらしい。
「壮健でなによりだ、ディセア」
スカーも応じる。一同は女王に勧められるまま、席についた。ディセアとベルファ、エシルとルストが隣り合い、横手の上座にはスカーが座る。
「まず仕事の話をしよう」
女王が口火を切り、話し合いが始まる。議題はもちろん、宙蝗への対応についてだ。
投影した星系図を囲み、皆で情報を共有する。
「現在の警戒態勢について、おさらいしておこう。其方らの要所は、この三つだ」
スカーがブルート星系図を指した。ここで言う要所とは主星、宇宙港ロンド、スカイボート係留施設の三つが該当している。
「主星の哨戒は、我らダンスカー艦隊が担当する」
宙蝗を捉えるには緑星鉄が必要だ。残した巡航艦六隻が、守備艦隊の眼となる。
「あたしらアイセナ王国艦隊は、宇宙港ロンドを守るよ」
女王が意気込む。王国艦隊はロンド付近に陣営を張り、演習を行っている。
「残るは、スカイボート係留施設だが――」
スカーが端末を操作し、電文を投影させた。
「ここは帝国が防衛する。帝国は既に艦隊を派遣中だ」
帝国は電文で到着予定を先触れしていた。無用な誤解を避ける為なのだろう。
「ギリギリまで演習しながら待機するんだね」
エシルは要点を掴んだようだ。
「ええ。人や物の流れを止めるのが早すぎると、かえって混乱や危険を招くでしょう」
ベルファが答える。今や宇宙港ロンドは、ブルート星系の一大拠点として機能していた。
(宙蝗の脅威は、無闇に広められぬからな)
目先の暮らしか、少し先の敵襲か。どちらにも備えるべき難局だ。
「我らの先遣隊が、この星系で宙蝗を迎撃しておる」
そこは臣下らが、宙蝗の第一波を退けたばかりの宙域だ。しかし宙蝗は、未だ銀河核からの進軍を続けている。
「討ち漏らしが出た時点で、厳戒態勢へ移行せよ」
「了解だ。帝国には私から伝える」
スカーの指示にルストが応じた。彼女の身形は、初対面の際の礼装に戻っている。だが言動は寝食を共にした頃のままだ。その事実を前に、スカーは満足げに頷いていた。
さて、ここから数日の動きを纏めておく。
「我らは帝国軍の到着を待って出立する」
『了解。ディセアに宜しくお伝え下さい』
臣下らは宙蝗共の迎撃に勤しむ。現有戦力でも、当面は大丈夫だろう。
「機兵らを巡査として残してゆく。我らとの技術提携を強みとして、宇宙港ロンドの中立維持に努めよ」
中立は皆の敵と見做される。誼を通じた王国や帝国はともかく、第三勢力が手出しできぬ仕組みづくりが必要だ。その為の腹案をエシルとルストに授け、彼女らに実務を担わせている。この実務を通しての指導を、彼女らへの手向けとしたい。
『余の親書を、スカイボートに託した。船出の前に披見を願いたい』
皇帝からの量子通信に承諾を返す。
(あえての親書とは……な)
密談が目的では無さそうだ。だとすれば、あの艦に届けさせる事自体に意味があるのやもしれぬ。その真意は今は詮索せず、愉しみに取っておくとしよう。
「エシル殿下には、たっぷりと宿題を出さなければいけませんね」
ベルファが微笑む。彼女は主君に暇乞いをし、受け容れられたばかりだ。
「受けて立ちます。その代わり……約束を果たしてね、ベルファ先生」
「ええ。殿下が即位される時には、私から相応しい装飾品を贈らせて頂きます」
主従であり、師弟でもある二人が、互いに激励を交歓する。その様を、女王は満面の笑みで見届けた。
「ベルファの事、よろしくね」
「皆まで申さずともよい」
差し出された友の拳に、こちらも拳を合わせた。
「またご指導賜る事を願い、稽古に励みます」
敬礼のルストが、控えめに望みを口にする。
「うむ。其方も息災であれ。稽古には、機兵を活用せよ」
あえて約束はせず、答礼を返した。
(抜き打ちで、私が手合わせをしてやろう)
機兵を己が動かし、ルストを驚かせる。悪戯と指導の混ざる思いつきに、スカーは密かに苦笑していた。
帝国軍に僅差で先駆け、輸送母艦スカイボートがブルート星系へと辿り着く。スカーとベルファは、既に母艦モリガンへと移乗していた。
『皇帝陛下の親書を届けたい。連絡艇の着艦許可を乞う』
パドゥキャレ同盟代表、ジムからの通信だ。許可を出すと、彼は自らの操艦で母艦モリガンのドックへと現れる。スカーは情報端末を受け取ると、その場で内容を検めた。
「……返答や如何に?」
「許可しよう。ただし、等身大にせよ」
かの皇帝の親書は、スカーの軍功を称える彫像建立を打診するものだった。
「有り難い。貴女らの船出を見送り次第、陛下へ奏上するとしよう」
「物好きなことだな。其方の皇帝も、其方自身も」
親書に隠された目的を悟る。義理堅きこの商人の望みを、かの皇帝は叶えたのだ。
☆
母艦モリガンの走査機が、艦隊の跳躍解除を捉える。その艦隊が発する公共通信に、スカーは耳を傾けていた。
『こちらアモル帝国軍第九艦隊。要請に応じ、これより防衛に着任する』
『こちらロンド管理局。貴艦隊の来援を歓迎する』
ティリー父娘が公共通信で言葉を交わす。数分の通信ラグを経て、第九艦隊は進路を変更した。そのまま短時間の巡航へと移り、スカイボート係留施設近くへと移動する。
「第九艦隊の巡航解除を確認。出航だ、ベルファ」
「了解」
前席のベルファが微速前進を掛ける。第九艦隊とすれ違う頃合いを図り、後席のスカーはかの艦隊との回線を開いた。
『ご武運を、スカー提督』
「後詰めを頼む、クイント提督」
映像通信にて、挨拶を交わす。艦隊がすれ違う際、敬意を示す為の艦隊礼式だ。そんな遣り取りの影で、幾つかの電文が届く。母艦モリガンを見送る者たちからだった。
『銃後の守りは請け負った。パドゥキャレ同盟』
『ベルファの姐御、達者でな。アイセナ王国兵一同』
『スカー執政官、ご指導有難うございました。ロンド管理局員一同』
電文の受信が続く。戦の門出に、思わぬ土産を貰ったようだ。
「先遣隊と合流する。ハイパードライブ起動」
スカーが号令する。関わりし者を護る為、己が使命を果たす為に。
「ハイパードライブ起動……三、二、一、今!」
ベルファが応え、母艦モリガンは戦場へと跳躍した。




