第九話 開戦
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作戦決行当日となった。俺たちは三時間以上かけて、やけにゆったりとした行軍速度で集結地点へと向かう。宇宙港コルツにほど近い宙域に、艦隊が集結しつつあった。
三つに分かたれた流線型の艦影と、歪なキメラの如き艦影が犇めく。前者がアイセナ氏族由来、後者がトルバ氏族由来だろう。集まった艦艇はそれぞれ、全長五〇米から一〇〇米ほどの範囲に収まるようだ。
刻限を迎え、ディセアが全軍へ向けて映像通信の回線を開いた。彼女はベルファと共に八〇米級戦艦を駆り、この艦隊の中央に陣取っていた。
『畏れ多き戦女神モリガンよ。貴女へお仕えする、ディセア・アイセナが申し上げます』
今日の彼女が纏うストールは、剛健さを感じさせる青い生地のものに変わっていた。
『外つ国より来る収奪の軍勢。これに抗うべく同胞相寄り諮り、非才ながら我が身を王と為し、今ここに決起いたします』
ディセアは帝国の権威に依らない女王として、彼女らが奉じる神に誓って即位した。
『我ら一同、胸の内に念じ申す心願が成就しますよう、恐れながら申し上げます』
穏やかな表情をたたえ、祝詞のような言葉を紡ぎ終えたディセアが暫し瞑目する。再び眼を開けた彼女の顔つきは、覚悟を決めた覇気あるものへと変化していた。
『帝国の収奪を拒む我らが戦、篤とご照覧あれ! 全軍、出陣!』
『『応ッ!』』
将兵たちが力強く応じ、艦艇が次々と光の尾を曳いて征く。俺たちは最後尾に続いた。此処から先は、独自行動の時間だ。
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話はほんの少しだけ遡る。帝国軍行政長官デキア・カッツは、宇宙港コルツの執務室に居た。
『不審な艦艇が近傍に多数集結しつつあり』
コルツのレーダーサイトからの報せだ。そう聴いたカッツは悪い予感がしている。規格化を徹底する帝国の艦艇は、レーダー手には判別し易い。にもかかわらず、〝不審な艦艇〟が多数集結しつつある……というのだ。
「当該宙域へ偵察を出せ。最優先だ」
カッツは端末越しに命を下すと、その足でドック区画へと向かった。
『目標宙域にて、アイセナ氏族艦艇を多数確認』
(やはり氏族どもが、報復に来おったか!)
偵察へ出た艦艇からの速報を、カッツは単身で出港させた巡航艦の中で受けた。すぐさまコルツ管理局への直通回線を開き、命令を出す。
「緊急警報を発令させよ! 全艦、迎撃に出せ!」
カッツは最早、平静を保てなくなっている。氏族どもに捕らえられでもすれば、なぶり殺しにされても不思議ではない。奴らに対し、それだけの圧政を敷いた自覚はあった。
コルツの守備戦力は予備役のみだ。総動員したところで、まともな抗戦は望めぬだろう。
(……貴様らには、儂が落ち延びる時間を稼いでもらうぞ)
警報発令後のコルツ周辺は、艦艇の航行に混乱を生じつつあった。カッツはその混乱に乗じ、密かに行方を眩ませた。
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俺たちは、戦場を俯瞰できる位置へ来た。戦艦ラスティネイルは二門の分解機の代わりに、狙撃レールガンと観測鏡を積んでいる。ノーフォのドック内で〝ボクセルシステム〟を使い、積み替えたのだ。艦橋の前席にはスカーが、後席にはエシルが座っている。ふたりともボディスーツの上に耐Gサポーターを装着し、髪を束ねていた。俺の手荒い操艦への備えは十分のようだ。
「ガゼルよ。練り上げし作戦を申せ。殿下が御心を安んじ候え」
スカーは戦には厳しい。……はずなのだが、やけにおどけた口調で命じてきた。エシルの不安を取り除いてやれ、と。エシルは大事な客人だ。ここはひとつ、俺も頑張って発言するとしよう。
「御意。我々は擬装のまま戦局に目を配り、これに即応します」
ベルファの口癖が了解の同義語だとAIガゼルに教えつつ、俺はスカーの空気にできるだけ合わせようとする。
「現状でもっとも警戒すべきは、第九艦隊が現れることです。彼の艦隊に動きがあれば足止めを行い、女王陛下の勝利をより確実なものとします」
眼前では既に戦闘が行われていた。概算で敵軍艦艇が一〇〇、友軍艦艇が五〇〇。相対して撃ち合っている。友軍の後方には、更に一〇〇程の後方支援らしき艦艇も見かける。
コルツ守備隊は、既視感のある武骨な艦艇で統一されていた。ディセアたちを救助した時、随伴艦としてみかけたあの艦だ。……だが、その砲撃には勢いが感じられない。砲撃の間隔が長く、不調や不手際を窺わせた。このぶんでは、ディセア率いるアイセナ・トルバ連合軍が、数の差で押し切ってしまえるだろう。
「……たった一隻で、どうやって第九艦隊を相手にするの?」
おずおずと、エシルが尋ねる。
「第九艦隊旗艦を狙撃で叩き、指揮系統を乱します。その前段階として、まずは第九艦隊への連絡を防ぎましょう」
少し離れているとは言え、ここはすでに戦場だ。だが俺は敢えて丁寧な言い回しを心がけ、エシルの不安や緊張を解すよう努める。
先日、宇宙港ノーフォでの待機中、バーボネラ級工作艦二隻に建艦させていた。建艦したのは二隻のアフィニティ級巡航艦で、電子戦仕様に改装したものだ。
全長約三〇米。全幅約二四米。楔の如き直線的で鋭角な艦影を持ち、やはり暗灰色に彩られている。
この二隻の電子巡航艦を、開戦前から派遣しておいた。目的は撹乱装置の敷設だ。宇宙ゴミに擬態させてある。それらは全て、コルツの長距離通信アンテナを狙っている。
「先遣隊に電子戦を開始させました。コルツから第九艦隊への通信を妨害します」
撹乱装置群はコルツを芯に、まばらなリングを描いていた。その外側で、擬装済みの電子巡航艦一隻が公転する。この艦に与えた任務は、撹乱装置群の制御だ。いざという時、撹乱装置群へのマイクロ波給電を行う備えもある。
「続いて、コルツ守備隊の暗号通信を解析します」
もう一隻の電子巡航艦は、コルツ守備隊の通信に耳を傾けていた。通信は量子暗号化されていない、古い規格の暗号のようだ。パスワードを総当りで割り出すやり方で、解析を試みている。
「他の艦も解析に回すが良い」
スカーがそう言う。俺の頭に、謎のキーコードが送られて来た。それは、要塞スカイアイルのメインAIへの臨時認証だった。AIガゼルの上位AIの支援を受け、俺は解析速度を更に上げる。
「暗号解析に成功しました。解析済み暗号鍵を、連合艦隊旗艦へ伝送します」
エシルの手前、要塞の事は伏せて報告を上げる。連合艦隊を指揮するディセアたちに、解析済み暗号鍵を送った。これで指揮がし易くなると良いが……。
『無理だ! 持ち堪えられない!』
『寄せ集めの二線級だぞ! どうしろってんだ!』
『長官殿は何処か!』
コルツ守備隊の通信は、混乱を極めていた。数で劣る彼らは次第に討ち減らされ、文字通り壊滅した。
『強襲部隊、入港! 市街の制圧へ向かえ!』
総大将ディセアが勇ましく指揮を執る。宇宙港コルツは、ノーフォ同様の円筒型宇宙港だ。その狭い入出港ゲートに、比較的大型の連合軍艦艇が続々と入っていく。その先のドック区画へ強引に降着し、歩兵戦力を展開するつもりだろう。先の戦闘で存分に暴れ回った小型艦たちは、入出港ゲート付近で待機するようだ。彼らの手により、入出港ゲートを守る機銃群は既に破壊されていた。
俺は電子巡航艦を二隻とも、コルツの通信妨害へ回す。その後、戦艦には第九艦隊の動向を観測させた。
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帝国軍第九艦隊提督クイント・ティリーは、麾下艦隊の招集を急ぐ。その切欠は、カッツ長官からの緊急電だ。
『我、氏族どもの襲撃を受く。至急救援せよ。然らざれば、諸君らに叛意ありと告発す』
(助けに来ないのであれば、裏切り者として吊るし上げる……とはな)
カッツ長官の狼狽えぶりが目に浮かぶようだ。そんな思いをよそに、ティリーは僚艦との映像通信回線を開く。
「リックデル。何か、掴めたか?」
『宇宙港コルツとは、連絡途絶のままです。やはり、電子妨害の類でしょう……だとすれば、奇妙です』
「推測でいい。続けてくれ」
ティリーに促され、参謀のリックデルが発言を続ける。
『記録では氏族との戦闘で、電子戦が行われた事例は確認出来ませんでした。勇猛を尊ぶ彼らにしては珍しい、搦手を使った襲撃だと考えます。……そうした事情に疎い何者かが、密かに寄与しているのかもしれません』
なるほど、たしかに奇妙で厄介な話だ。だからこそ、できるだけ早く明らかにすべきだと考える。
『慎重を期して偵察を先行させてから、救援へ向かうべきです』
未確認勢力の暗躍が疑われる以上、リックデルの献策は至極真っ当に思えた。
「うむ。……だが、肝心の救援が遅れては、別の問題が生じるだろう」
カッツ長官の武官嫌いは、定評があるところだ。ザエト総督はティリーらの上官にあたる。もしもティリーたちによる救援が失敗に終われば、長官はここぞとばかりに総督を責めることだろう。
「……偵察狩りに備え、威力偵察小隊を組むぞ。後続は順次出撃だ」
『了解です』
ティリーは即断する。足の早い巡航艦を小隊として一定数まとめた後、自ら率いて先発した。
祓詞、龍神祝詞、F15Jイーグル航空機国産初号機引渡式の祝詞などを元に、
延喜式のお勉強を試みましたが……資料と素養が足りずに断念しました。無念ッ!




