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第八九話 旅立ちの支度


***


(時が経たぬとは、奇妙なことだ)

 スカーはボクセルシステムからログアウトし、アクセスログを確認する。彼女はシステム内でガゼルとレイの私闘を収め、作戦会議を開いたばかりだ。三〇分は滞在したはずだが、システムは起動直後に終了した記録が残っている。

(これもシギュンの仕業であろうな)

 AIシギュンは破格の演算能力を有している。彼女が我が艦隊に及ぼした工作については、いずれ全てを解き明かす必要がある。

(今は詮索の時ではないな。それよりも……)

 戦支度(いくさじたく)が先だ。スカーは女王ディセアとの映像通信回線を開く。

「盟友アイセナ王国へ通達する。我が艦隊は現刻を(もっ)て、貴国防衛作戦を開始する」

 スカーは宣言と同時に、艦隊に召集をかける。アイセナ王国を擁するブルート星系には、様々な任務を担う艦艇群が遍在している。それらのほぼ全てが既存の任務を凍結し、速やかにスカイアイルへの進路を取っていた。

『委細は承知しています。我々も宇宙港ロンド近傍に展開します』

 女王は言葉少なに、神妙に応じる。先の三首脳会談の際に共有した手筈(てはず)に従い、彼女は粛々とした行動を続けている。既に安全保障条約の締結と告知は実施されており、女王らは主星の守備を担う艦隊戦力を出撃させていた。

「支援の為、巡航艦六隻を残す。緊急連絡は、この分遣艦隊に宛てられたし」

『了解しました。ご武運を』

 スカイアイル級機動要塞一隻、アフィニティ級巡航艦四八隻、バーボネラ級工作艦三隻が集結を完了する。スカーは量子重力航行を命じ、艦隊を宙蝗(ちゅうこう)討伐へと向かわせる。


 女王との通信を終え、スカーは皇帝との映像通信回線を開く。

『スカー提督、余は貴女の温情に改めて感謝申し上げる』

 回線が(つな)がるや(いな)や、皇帝は真っ先に謝意を口にしていた。余人を排した二人きりの通話ゆえに、彼は心根を素直に表せるのだろう。

 経済が揺らぐ帝国に対し、スカーは軍功の返上を申し出ていた。その代わりに、王国との同盟を強固なものとするよう働きかけている。

『貴艦隊の功績に、余は真なる寛容と和平で報いる』

 皇帝は再び決意を口にしていた。王国との同盟を反故にする事は、ダンスカー艦隊への宣戦布告に等しい。彼はそれを重々承知しているようだ。

其方(そなた)が信念、見事貫いて見せるが良い」

 友への裏切りは(ゆる)さぬ。スカーは言外の威圧を込めつつ、皇帝の決意を受け止めた。

「ゲイル星系にて、スカイボート係留施設を建造する。完了次第、我らは宙蝗との総力戦へと赴くであろう」

『かたじけない。我が帝国も、直ぐに宇宙港ロンドへ援軍を派遣する』

 ブルート星系の宇宙港ロンド近傍は、王国と帝国の非武装中立宙域に定められた。あくまで例外として、宙蝗の接近を察知した場合、ロンド管理局から両国に防衛出撃を要請する体制を取っている。宙蝗は人類共通の脅威であり、帝国にとっても他人事ではないのだ。

(やれやれ、あ奴のお人好しが伝染ってしまったかのぅ?)

 面白くも手が掛かる臣下らを思い浮かべ、スカーは心中で嘆じていた。宇宙港ロンドは帝国により新造され、王国との戦を経て放棄せざるを得なくなったのだ。その補償も兼ね、軍功の返上と星鉄貿易事業の支援を行っている。

 皇帝との通信を終え、母艦モリガンの跳躍航行を準備する。随伴のラスティネイル級戦艦、アフィニティ級巡航艦、バーボネラ級工作艦各三隻ずつが、母艦に格納された。


 母艦モリガンは、ゲイル星系へと辿(たど)り着いた。スカーは宇宙港ルテア近傍へと巡航しつつ、残存艦隊を召集する。ルテア管理局宛てに一報を入れると、スカイボート係留施設建造に取り掛かった。僚艦らが展開する様を見届けると、スカーは乗員らを談話室へ集める。

「対宙蝗走査機の開発が完了しました」

 談話室に集まるなり、ベルファが端的な報告を上げる。

「大儀であった。早速、動作を確認するとしよう」

 スカーはボクセルシステムを介し、ブルート・ゲイル両星系に展開中の巡航艦らへ、改装と動作検証を命じた。

「建造と引き渡しが済み次第、我らは宇宙港ロンドへと発つ」

 スカーは努めて冷静に、今後の行動についてを連絡する。

「そこで、お別れだな」

「……」

 ルストが嘆じ、エシルは(うつむ)く。二人も寂しさを抱えているのだろう。

「其方らには、ロンドの統治を任せる。和平の為、確り務めるのだぞ」

 宇宙港ロンドは、スカーの独任制から合議制へと移行させた。警備はアイセナ王国子飼いの傭兵(ようへい)が、貿易はパドゥキャレ同盟が担う。星鉄貿易の拠点として機能させる為、王国と帝国の両方が支援を分担する構図だ。

「皇帝陛下は、ブルート星系での惨劇を悔いておられる。もう二度と繰り返さぬよう、善政に勤めよとの鞭撻(べんたつ)を賜った」

 ルストが意気込む。彼女の起用は、元老院は承服しかねる大抜擢(だいばってき)に観えるだろう。だが、次期アイセナ王国女王と好誼(こうぎ)を深めるには、帝国内で最も適した人選だと言える。かの皇帝は元老院との確執を恐れず、本気で王国との恒久的平和を実現させるつもりらしい。

「撃ち合うだけが戦じゃない。自由と独立を守る為、あたしも頑張る」

 エシルも決意を口にしていた。アイセナ王国の危機は、経済戦争に端を発した。この苦い経験は、たしかに彼女の薬となったようだ。

「……もう、『自分じゃ何もできねぇ癖に』なんて、言わせない」

 ぽつりと付け加えられた言葉は、(かつ)闖入(ちんにゅう)した悪童の罵倒が原因だろうか。

「良く学び、良く行え。平和のもと、民草を幸福に導くのだ」

 スカーの激励に、二人が(うなず)く。円滑なる合議制移行を願い、スカーは置き土産を残す。これまでに行った政務の履歴を、ロンド管理局データベースに整理して格納した。

 艦外の宙域に、スカイボート係留施設が完成する。これでブルート、アイタル、ゲイルの三星系を結ぶ貿易航路が整備できた。

(さて、帝国にも索敵を支援してやらねばな)

 ブルート星系同様、ゲイル星系にも巡航艦六隻を残す。これらの居残り分遣艦隊には、緑星鉄製の走査機を搭載させた。宙蝗捕捉の為、王国と帝国に平等に支援を行う。先ほど宇宙港ルテアに入れた連絡には、そう明記していた。

(無論、それだけでは無いが。……まぁ、見抜くであろうな)

 スカーは不敵に笑う。巡航艦以外を母艦へ収め、ブルート星系へと旅立った。


***


 宇宙港ルテアの執務室には、足早に立ち去るダンスカー艦隊の様子が映し出される。帝国軍第一四艦隊提督、ガイウス・ザエトはすぐさま回線を開いていた。

(また、これに頼らざるを得ぬとはな)

 ロストテクノロジーの産物、量子通信端末だ。広大な帝国領に()いては、主君との連絡にうってつけな代物と言えるだろう。だがロカセナ艦隊による盗聴が発覚して以来、ザエトはこの装置使用を控えてきた。

(この置き土産の意図を、今すぐ確かめねば)

 帝国首都港アモルとの映像通信が繋がる。

「皇帝陛下。急ぎお伺いしたい事がございます」

『ダンスカー艦隊の事であるな?』

 再建したての簡素な皇宮の一室に、作業服姿の主君が映る。将兵らを激励して回っているのだろう。被災した宇宙港アモルは今も復旧中だ。

「御意にございます。かの艦隊は、数隻の巡航艦を残して旅立ちました。これは(てい)の良い監視であり、容認すべき事では無いのではありませんか?」

 ダンスカー艦隊の脅威が去れば、ブルート星系への再侵攻も視野に入る。そうした動向が筒抜けとなるのは受け入れ難い。

『良いのだ。その巡航艦らは、新たな外敵を見つけ出す眼となる。これまで通り、共同して主星哨戒(しょうかい)に勤めよ。これは、勅命である』

 ザエトは忠義と矜持(きょうじ)の狭間で、主君の真意を測り兼ねていた。

『貴君らは王国に対し、雪辱を期しているのだろうが……やめておけ』

 心中を見透かされ、ザエトは言葉を失う。

『王国と共に、新たな外敵に備えるのだ。さもなくば、帝国は滅亡するであろう』

「……その外敵とは、いかなる存在なのでしょうか?」

 悲観的な言葉とは裏腹に、主君の顔に弱気は感じられない。むしろ、大いなる困難に挑まんとする気概が(にじ)み出ていた。この外敵は余程の脅威らしい。ザエトは静かに、主君の回答に耳を傾けていた。


 星系図に(おびただ)しい光点が浮かぶ。それらは敵部隊を意味し、銀河核近傍に大群を成す様子が観て取れた。

(これが、宙蝗。あのダンスカー艦隊を退けた厄災か)

 ザエト提督は、皇帝クラウディアの明かした真実に戦慄する。貪食の宙蝗らは、王国を経て帝国へ襲来する。その結果が(もたら)すのは、跡形すら残らぬ滅亡であると聴いた。

『ダンスカー艦隊は、既に宙蝗との戦端を開いている。我が帝国は王国と連携し、かの艦隊の後詰を担う』

 皇帝陛下が指し示した宙域には、ダンスカー艦隊の大半が集結済みだった。宙蝗はそこをめがけ、今なお進軍を続けている。

『我らの安全を、たった一人の提督に背負わせる訳にもいくまい?』

「御意にございます」

 事情を知り、状況が覆った。今は人の生存を懸けて、全力で宙蝗へ対処すべき時だ。人どうしで国取りに現を抜かすのは愚と悟る。

『スカー提督は、このまま銀河核へ攻め上るとの事だ』

「……ッ! この数でですか?」

 ザエト提督の眼には、無謀すぎる戦力差に映った。

『長い戦いとなるだろう。彼女の報告を精査し、我らも支援を強化するのだ』

「ハッ。直ちに」

 ザエトは雑念を捨て、為すべき事に集中する。



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