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第八八話 問答の落着と反攻の開幕


***


 スカーは掌中の青白き光球へと、最後の問いを投げかけた。かの光球の正体は、レイ・ミシマを名乗る人格であることを、ネッサからの報告で見聞きしている。

「それは、名君に仕える事です」

 この者は己の圧に屈さず、全ての問いに答えてみせた。声音はいつもの臣下と同一ながら、抑揚には隠しきれぬ動揺がある。

(思えば此奴(こやつ)は、常に死と隣り合わせであったのだな)

 複製や復元の対象から外れた存在として、これまでずっと臣下(ガゼル)の側に居たらしい。肉体を失い、規約(プロトコル)に縛られて……尚も生き足掻く意地は一考に値する。

 今なら判る。予見した臣下の死とは、この者の消失を指していたのだ。だが、予見は見事に外れた。スカーにとって初の出来事であり、嬉しい誤算でもあった。

(面白い……これが、異界の人間か)

 功罪相半ばする、特異な存在だ。スカーはその行く末を見届けたくなった。

「よろしい。ならばお主は引き続き、ガゼルと共に私に仕えよ」

 スカーは下知(げち)し、本体へと交信する。

『要保護ファイル名、レイ・ミシマ。ファイル形式、不明』

『ファイル保護、実行』

『AIガゼル、強制停止解除。最適化実行……完了』

 反逆の罪過は、詰問にて清算した。精勤の功績は、保護にて報いる事にする。レイ・ミシマなる存在を認知し、ダンスカー艦隊の一員として遇するのだ。

 (かつ)宙蝗(ちゅうこう)に敗れた記憶に(さいな)まれたか、挙動を乱したガゼルに診断と処置を施す。臣下もまた、新たなパラメータ群を抱えたようだ。それらを扱い損ねて取り乱すまま、同行者(レイ)を削除しようとしてしまったのだろう。

「謹んで拝命します。スカー提督」

 異界人の意思は、臣下の声として再生された。それを耳にしたスカーは満足げに、掌中の(たま)を解放する。


「礼を言うぞ、シギュンよ。其方(そなた)のおかげで、功ある臣下らを失わずに済んだ」

 AIどうしながら、あえて言の葉を(つむ)ぐ。

「お気になさらず。あなたへの奉仕は、私の為でもありますので」

「そうであったな」

 応じるAIシギュンには、スカーへの奉仕の上で語るべき思惑が有るらしい。だが彼女は、まだ奉仕し足りない様子だ。一体、どんな大逸れた望みを抱えているのやらだ。

 シギュンは逆賊ロプトの配下として、我がダンスカー艦隊にも諜報(ちょうほう)を仕掛けた前科がある。彼女はガゼルに降伏する為、スカーの本体であるメインAIを救助した。その時、密かに残された文書ファイルには、(にわか)には信じ難い事実が告げられていた。

(まさか本当に……このレイ・ミシマなる人格が、スパイウェアだったとはな)

 レイ自身にバックドアが開けられていた事は、ネッサの報告で裏付けが取れている。此度(こたび)の急場に際し、シギュンはネッサの立ち会いの元、封印していたバックドアをこじ開けたのだ。そこからスカーは迅速な侵入を果たし、臣下らの暴挙を止める事ができた。

「よし。これより宙蝗への反撃に移る。各員、情報に目を通しておくように」

 スカーは皆へ、自身が立案した対抗策を共有する。その後、一同は時が停まったボクセルシステムを後にした。


***


『AIガゼル、ノード〝レーヴァテイン#A〟に接続完了』

 俺は同居AI(にん)と戦場に帰還する。反撃の先鋒たる母艦レーヴァテインには、既に宙蝗が群がりつつあった。

(……)

 管理者(スカー)(とが)めと(ゆる)しを受けた記憶がまだ生々しい。流石(さすが)に生きた心地がしなかった。

「走査権、掌握。迎撃は頼みましたよ」

 そう告げるシギュンは、既に俺の管理下を離れている。本来ならば、俺は彼女の独断専行を咎めるべきなのだが、不問にせよとのスカーのお達しだ。

 シギュンは大部分の操艦を俺に委ね、スカーへの叛意(はんい)が無い事を証明したいのだろう。

「了解。戦闘配置に着く」

 俺は端的に応じ、自分の仕事に取り掛かる。母艦レーヴァテインの兵装は、魚雷戦と対宙迎撃を念頭に換装されていた。

直掩(ちょくえん)はあたしに任せて!』

 ネッサが意気込む。彼女はナリ級戦艦二隻を制御し、兵装はやはり魚雷戦重視だ。彼女は母艦と宙蝗群の間に割って入り、既に宙戦を始めている。

「任せた。僚艦を付ける」

 ネッサが宙蝗の注意を()いている隙に、俺は先遣艦隊の召集を果たす。ネッサ隊に六隻を付き従わせ、残る一二隻は母艦両脇で横陣を敷いた。

「配置完了。交戦開始」

 横陣から親子式魚雷が一斉に放たれた。ここからは、飽和雷撃の時間だ。


 絶え間のない雷撃が続く。宙蝗は愚鈍だがしぶとい。無力化に手間取る端から、続々と新手が参戦する。俺たちの全滅は時間の問題……かと思われた。

『どりゃあああッ!』

 そんな悲観を、ネッサの戦叫(バトルクライ)が吹き飛ばす。彼女の駆るナリ級戦艦二隻は、狙う宙蝗の態勢を雷撃で崩し、追撃の体当たりで蹴散らして回っていた。

(なんてこった。体当たりが一番有効じゃないか!)

 細長い宙蝗の中程をへし折るように、ネッサは正確な突撃を見舞っている。宙蝗は艦艇よりも小柄で、シールドを持っていない。大質量の飛来物が構造上の弱点に当たり、結構な痛手を受けているのだろう。

 親子式魚雷は当て易いが、威力に欠けている。子魚雷は小さく、炸薬(さくやく)量が少ないからだ。威力不足を投射量で補っているが、敵は頑丈な前部をこちらに向けている。

 体当たりの繰り返しにもかかわらず、ナリ級二隻のシールドは無傷だ。体当たりで受けた痛手より、回復速度が勝っていた。

『警報フェロモン、解析完了。中和剤諸元、送ります』

「諸元受領。中和兵装構築……完了。効果検証に移る」

 シギュンの解析結果には、宙蝗の死骸から匂い物質が濛々(もうもう)と拡散する様が映る。警報フェロモンと仮称したこれは、仲間へ危険を報せる狼煙(のろし)であり、匂いを嗅ぐと凶暴化する効果も持つらしい。

 シギュンは演算力にものを言わせ、警報フェロモン中和剤を開発する。そのデータを受け取った俺は、ボクセルシステムで中和剤入りの魚雷を構築した。


「中和兵装、装填。発射」

 俺はネッサ隊に付けた僚艦らに、中和魚雷の試射を命じる。艦の性能差もあり、突出するネッサは囲まれ気味だ。それでも彼女は良く戦い、多くの宙蝗を行動不能に陥れていた。僚艦らが狙いをつけたのは、そうした行動不能と目される個体たちだ。

「命中。効果検証中……」

 中和魚雷は狙い(あやま)たず炸裂した。魚雷内部に充填された中和ガスが拡散する。僚艦らはネッサ隊の援護に戻り、効果検証は母艦レーヴァテインが引き継いだ。

「中和効果、確認」

 母艦の走査機(スキャナー)が、警報フェロモンの濃度低下を捉える。走査機には、この匂い物質を観測するフィルタが適用済みだった。シギュンの早く丁寧な仕事に感謝したい。

「中和規模を拡大する。ネッサは攻撃に専念を」

『アイ・サー!』

 俺は魚雷戦を展開中の母艦らへ、中和魚雷を混ぜて発射するよう命令変更を加える。警報フェロモンが薄まれば、宙蝗は警戒を弱めて増援の派遣を控えるかもしれない。

(宙蝗の鎮静効果も検証せねば……)

 もう暫くは宙蝗と戦い続ける必要がある。スカーらが合流するには、まだ時間がかかるからだ。

(対宙蝗走査機開発は、ベルファが主導してくれているのか)

 同居AIが復活し、取り戻した余力で状況確認を進める。この走査機には、緑星鉄(りょくせいてつ)が必要となる。一隻あたりの必要量は少なくとも、艦隊すべてに配置するとなれば話は別だ。

(魚雷戦は、資源消費がキツいな)

 残してきた工作艦らが、採掘に頑張ってくれてはいる。しかし、この先の戦いはもっと厳しくなるだろう。狩った宙蝗の資源化も考えるべきだ。

『資源補給は、星鉄転換炉を活用せよ。心置きなく戦うがよい』

 スカーの連絡が入る。思考が見透かされたかのようだ。緑星鉄は青星鉄(せいせいてつ)赤星鉄(せきせいてう)には変化させ易いという。変換効率のほどは分からないが、彼女の指示に従おう。

「了解。引き続き、宙蝗の足止めを行います」

 安心するにはまだ早いが、状況は徐々に好転し始める。同居AIの示唆(サジェスト)を観る。機動要塞スカイアイル旗艦の第一艦隊が、出撃間近と告げられていた。


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