第八六話 宙蝗の生態(後編)
『AIガゼル、ノード〝アフィニティ#G〟に接続完了』
急ぎ戻った偵察巡航艦は、下方へと強く引っ張られていた。下方には主星があり、俺たち三隻は主に上方への警戒を行うべく、艦底側を主星へと向けて待機していたのだ。
(これは、牽引光索?)
引く力に逆らうように艦尾を向け、目一杯の加速で抗い続ける。艦尾カメラには、稲妻の奔流の如き放電が映っていた。
牽引光索の発射起点へ、無事な攻撃巡航艦たちの艦首を向けさせる。
(……ッ! あれか!)
主星上空に、六体の宙蝗を確認した。宙蝗たちは本来ならば主星重力に引かれ、墜落するはずの低高度に布陣している。中央の四体が暴れる牽引光索を吐き続け、その両脇から二体が突撃していた。主星重力も使って足止めし、連携した突撃を仕掛けて来た。
『僚艦群、牽制射』
攻撃巡航艦たちが敵本陣へと、レーザーやレールガンをバラ撒く。過剰に反応した宙蝗たちが回避機動を取り、牽引光索が途切れた。
『注意。主推進機、過熱』
偵察巡航艦に行き足が戻る。その代償に、主推進機が不調に陥った。追手の宙蝗は、もうすぐそこまで肉薄している。俺は咄嗟に機雷を撒き、宙蝗の突撃を逸らそうとする。
(ぅおッ?!)
後方からの衝撃を受け、偵察巡航艦が前方へと加速した。俺は態勢を立て直しつつ、被害状況を確認する。
『自艦、防盾喪失。敵性体群、触雷および交錯』
後方の宙蝗らは急加速し、機雷ごと偵察巡航艦に突っ込んだらしい。……とんだとばっちりだ。撒いたのは、対艦斥力機雷だった。これは目眩ましと足止めを兼ねる。いつぞや、ロプトが機械兵やスカーらへと放り投げた、あの手榴弾の規模拡大版と思ってくれればいい。
思わぬ痛手を被りながらも、どうにか奇襲から抜け出せた。今度はこっちの番だな。俺は周辺宙域で待機中の、残り五個の分遣迎撃小隊を呼び寄せる。
合流した分遣艦隊群と囮役を交代しつつ、ボクセルシステムでの装備換装を行った。偵察巡航艦らは観測鏡を、攻撃巡航艦らは魚雷発射管を四門すべて搭載する。
最終的には偵察巡航艦六隻と、攻撃巡航艦一二隻が集う。宙蝗は六隻のまま留まり、数的優位はこちらのものとなっている。
『こちらモリガン。アフィニティ、感明送れ』
ベルファからの通信が入り、俺は状況の連絡を図る。
「こちらアフィニティ。感明良好。我、宙蝗の追撃を受く。宙蝗本隊の動向を警戒されたし」
連絡しながらも、疑問が頭を巡っていた。この戦場から銀河核までは、約二二五〇光年の距離がある。追手はこの宙域へ跳躍すると同時に、奇襲を仕掛けてきたのだ。偶然にしては出来すぎている。宙蝗本隊は何らかの遠距離通信手段を使い、斥候の排除を察知したと観た方が自然だろう。
『心得た。別命あるまで、現状を維持せよ。武運を祈る』
「了解。通信終了」
このまま撤退すれば、追手をみすみす王国まで誘引しかねない。不在のスカーが対策を講じるまで、気張って時間を稼ぐとしよう。
***
母艦モリガンの艦橋にて。後席に座したスカーは、メインAIと忙しく交信していた。
『全帯域走査準備。走査対象、宙蝗』
彼女の命に従い、砦の宇宙望遠鏡が宙域を睨む。その視界には、憎っくき宙蝗のニオイが光として捉えられていた。
砦から観て、宙蝗の本隊までは約二九一五光年、臣下が交戦中の宙域までは約六六五光年の距離がある。
『走査補正適用、同時方式』
遠方宇宙の光を時差なく捉える。緑星鉄で時空を司り、実現できた芸当だ。
(……ッ!)
臣下の交戦宙域に、一際鮮烈な光点を捉えた。スカーは受け取り済みの戦闘詳報と照らし合わせつつ、当該宙域の観測記録を遡って読み解く。
(これは……沈静化した斥候が撒いたものか)
スロー再生中の観測記録に、跳躍解除ノイズが映り込んだ。
(だとすれば、これは跳躍航行の目印も同然ではないか!)
敵も光を時差なく捉える術を得ているのだろう。……愉しませてくれるものだ。
『星鉄転換炉、作動。緑星鉄生産、開始』
備蓄した青星鉄と赤星鉄を惜しげなく投じ、緑星鉄の生産を開始する。
『宙蝗接近警報発令。発令対象、アイセナ王国ならびにアモル帝国』
『注意。AIガゼル、演算速度低下中』
女王と皇帝へ、緊急連絡を入れる。文面には防衛出撃する旨を記載済みだ。
(戦況は芳しくない、か)
苦戦する臣下の様子を前に、スカーは決断を迫られていた。白星鉄の取扱技術を研究する為、彼女自身も相応の演算力を割いている。ここで研究を放棄すれば、臣下を救ける余力を得られるだろう。だが彼女の〝予見〟は、非情な二択を提示していた。
(研究放棄は任務失敗を、研究継続は臣下の死を招く……だと?)
スカーは内省を試み、知覚した予見を紐解く。任務とは、銀河核の究明。現状はその障害たる宙蝗の排除を指すと思われる。だが臣下の死とは何か、確信を持てなかった。
(私もガゼルも、人ならざるAIだというのに。なぜ、死と映ったのだ?)
我らAIは、複製や復元の利く道具に過ぎぬ。常人の死の概念は、当て嵌め難い筈だ。
(……)
暫し熟慮の上、スカーは決断する。
(私は、任務も臣下も手放さぬぞ)
そう意思を固めた彼女の行動は、迅速で大胆なものとなる。
「ベルファ、其方に対宙蝗走査機開発を一任する」
スカーはベルファに機密情報を開示し、ボクセルシステム使用権限を与えた。
「ガゼルが敗れれば、奴輩は王国へと押し寄せよう。遠慮は要らぬ。我が艦隊の技術を、存分に使い熟すが良い」
「了解!」
発破をかけられたベルファが、さっそく作業に取り掛かっていた。
『注意。宙蝗本隊、分遣隊の行軍開始を確認』
臣下の奮闘が仇になった。激しい抵抗は、多くの目印をバラ撒く事に繋がる。目印に刺激された宙蝗本隊が、更なる増援を差し向けてきたようだ。跳躍行軍の遅さから、重装型の主力と思われる。
(こちらも増援せねば、ガゼルといえど保つまい)
今すぐ動かせるのは、母艦モリガンを旗艦とする第二艦隊だけだ。スカー自身が搭乗している為、手動航行で臣下の負荷を軽くもできる。
機動要塞スカイアイル旗艦の第一艦隊は、アイセナ王国への外交手続きが必要だ。迂闊に動かせば、帝国将帥らが良からぬ事を考えるだろう。
母艦レーヴァテイン旗艦の第三艦隊は、臣下の掌握下にある。降将シギュンの座乗艦だ。スカーはシギュンに対して、直接命令する事はできない。シギュンの高度な諜報能力を警戒し、ダンスカー艦隊を丸ごと乗っ取られるのを防ぐ為だった。シギュンに命令し、艦隊を動かすだけの余力は、今の臣下には無さそうだ。
「宙蝗本隊が動き出した。至急、第二艦隊を向かわせる。それまで持ち堪えよ!」
奮戦中の臣下へ連絡を入れる。我ながら衝動的だ。この衝動の源は、己にプログラムされた現場主義……だけでは無いらしい。漠然とした何らかのパラメータが、スカーの判断を変化させていた。
『抗命します。当宙域の脅威度は上昇中。戦力の逐次投入はお控えを』
――莫迦者!
臣下の返答に対し、口から出かけた言葉を辛うじて飲み込んだ。
『AIガゼルの反逆行為を観測。反逆点数、要警告領域へ移行』
メインAIたる自分の命令に逆らう事は、AIガゼルを処罰する根拠となる。その事例がまた一つ増えてしまった事に、スカーは密かに心を痛めていた。これこそが、己が判断を変化させたパラメータなのだと、彼女はこの時初めて理解した。




