第八五話 宙蝗の生態(前編)
『ボクセルシステム、起動完了』
俺は時を停め、詳細走査結果を検分する。宙蝗の謎を出来るだけ解き明かそう。まずは走査機で捕捉できなかった点からだ。このデータ取得には、偵察巡航艦で高出力かつ長時間の走査を必要とした。
(……そういう事だったのかぁ)
宙蝗の朽ちた外殻の奥には、やけに高密度な緑星鉄の反応が眠っていた。緑星鉄は時空に作用すると聴いている。この天然の隠密擬装と言うべき体で、自らが発する電磁波を吸収しているのだろう。
(どう観ても、人工物には観えないな)
内部構造は無機質ながら、生物的な器官や神経束らしきモノが観て取れた。
(星鉄と化合した、珪素生命体か?)
そう仮定すると、前部は感覚器官、後部は消化や推進器官、中部はそれらを結ぶ神経束に観えてくる。
(……ん? これは?)
緑星鉄が大半を占める宙蝗から、微かながら青星鉄と赤星鉄の反応を見つける。前者は前部のレールガン被弾痕から、後者は後部の消化器官らしき嚢中にあった。妙に気にかかるが、現状では判断材料が無さすぎる。
(これ以上は堂々巡りになりそうだな。ひとまず、スカーに報告しよう)
俺は更なる判断材料を求め、ボクセルシステムを後にする。
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
俺は報告の為、母艦モリガンへと意識を戻した。スカーはベルファと共に艦橋に居る。宇宙港アモルにほど近い宙域に、第二艦隊を勢揃いさせていたようだ。役目を終えたアモル救助部隊――地上部隊や救助母艦など――は、既に資源化されている。
「状況報告。宙蝗と会敵。交戦の末、沈静化を確認。詳報、送ります」
「ご苦労。……ふむ」
後席のスカーが端末を操作する。要塞のメインAIと通信したようだ。宙蝗との戦闘記録を分析にかける為だろう。
「ガゼル、お主の所感はどうか?」
スカーが艦隊を指揮しながら問うてくる。見覚えのある二重の円陣が、母艦前方に組み上がりつつあった。
「既存の艤装では、捕捉や撃破が困難です。早急に対策する必要があります」
火器管制システムでの捕捉は、命中率の底上げに必須の工程だ。おまけに宙蝗は群れを成している。数的不利で対抗するには、初手で確実に倒せるようにしておきたい。
「宙蝗は緑星鉄の体を持ち、高い隠密擬装能力を有しています。これを突破できる走査能力が先ず必要です」
宙蝗は自身が空間に放つ、電磁気や熱などの痕跡を吸収していたらしい。レールガンがラッキーヒットしてからは、その部位から様々なノイズが漏れ出ていた。
「それなら、緑星鉄で走査機を造るのが良いでしょうね」
「うむ、そうだな」
ベルファの指摘に、スカーが同意する。
(……と、言われても。造り方がさっぱり判らんぞ)
こと緑星鉄に関しては、俺やガゼルがアクセスできる情報は限られている。
「ベルファ。ガゼルの走査機開発支援を頼めるか?」
「ええ。王国艦隊にも扱えるものを造りましょう」
トントン拍子に話しが進む。良い機会なので、流れに乗ってみよう。
「意見具申……いえ、お願いがあります。これからの宙蝗との戦いに備え、私は緑星鉄についてもっと学んでおきたい。ご教示願えますか?」
宙蝗は緑星鉄の塊だ。これ以上、謎として無関心では居られない。
「よろしい。宙蝗の分析も兼ね、情報を整理して共有しよう」
「異存は無いわ」
意見が一致した途端、俺の頭に新たな情報が流れ込んで来た。
艦外の宙域に、白く激しい閃光が迸る。二重の円陣の内に、新たな宇宙港が現れた。
(輸送母艦スカイボート用の係留施設を造っていたのか)
荷役や補給の効率を上げる為の設備だ。中立港ロンド近傍のものと同型となっている。帝国への引き渡しを待つ間、警備しつつの情報共有となった。
「緑星鉄は青星鉄や赤星鉄に変化し易い。緑星鉄が希少な所以だ」
「ええ。この宙蝗の被弾痕が、青く変異しているのはその為ね」
スカーの説明に、ベルファが応じる。彼女らは、俺の戦闘詳報を観ながら話しているようだ。宙蝗に撃ち込んだレールガンの弾体は、軽く頑丈な青星鉄製だった。着弾時に何らかの相互作用が働き、傷口が青星鉄化したというのだろう。
「逆に青星鉄と赤星鉄を融合させる事で、緑星鉄に変化させる事もできる。我が砦には、その為の転換炉を備えておる」
これら三色の星鉄は、比較的自由に変化させる事ができるらしい。
「緑星鉄は時空に作用するのでしたね?」
俺は復習を兼ねて二人に問う。
「うむ。彼奴の回避機動は、瞬発力偏重のハイパードライブに依るものと観た」
スカーの指摘に思わず唸る。あの横移動がごく小規模な巡航だとすれば、確かに光速を超えた回避機動にも説明がつく。〝光速度不変の原理〟を誤魔化し、光を置き去りにできるのが、ハイパードライブの特性だからだ。
「ブーストラグの無い、ハイパードライブですか。多用すれば体への負担や、消費エネルギーが嵩みそうですね」
ベルファの指摘は恐らく事実だろう。ハイパードライブは通常、必要な時に必要なだけ過給する事で負荷を和らげる。ブーストラグは、過給にかかる遅延時間の事だ。この時間を最小化したければ、常にハイパードライブを起動しておくしかない。過給圧がかかり続ける為、ドライブは消耗し、エネルギー消費も増えるというわけだ。
宙蝗の高密度な緑星鉄の体は、高負荷に耐え続けた反動とも取れる。被弾後の宙蝗は明らかに勢いを失い、すぐに沈静化していた事も思い起こしていた。
「重力操作で自重を軽くする事や、時間操作で判断や反応速度を高速化する事も、理論上は可能だ」
「反応速度をまず速めねば、レーザーの回避は覚束ないでしょうね」
緑星鉄を識る二人の確認作業が続く。どうやら緑星鉄は、その希少性に見合った潜在能力を秘めているらしい。……まったく、たいした卑怯技っぷりだ。
「宙蝗は代謝量が高すぎる体質に思えます」
まるで餓鬼のようだ。思わずそんな感想を抱く。
「たしかにな。……そう考えれば、奴輩の食い意地の悪さも道理よの」
スカーが吐き捨てるように同調する。要塞の惨禍を思い出させたか、彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
「それにしても、レールガンが易々と命中したのが不思議です」
俺はたまらず話題を逸らしてみる。
「二撃目は確りと躱していますね。初撃は良く観えなかったのでしょうか?」
ベルファがそう指摘する。宙蝗の知覚の仕組みは不明だが、有り得る話しに思えた。
暫くの時が経つ。さすがに決め手に欠け、三人とも考えあぐねていた。
「現時点では、何とも言い難いですね――」
そう締め括りつつ、俺はボクセルシステムに入っていた。
「……それを踏まえ、対抗兵装を設計してみました」
密かに停まった時の中での試行錯誤を果たし、成果物を持ち戻る。
「ほう。親子式魚雷か」
「そうです。線から面の制圧に切り替え、回避機動を無効化します」
興味を示したスカーに、簡潔に説明をする。宙蝗の回避機動は、正確かつ最小限だった。そこを逆手に取った二段構えだ。親魚雷に反応して回避した宙蝗を、より高速な子魚雷に追わせて狩る。察知されて連続や大きな動きを取られたとしても、エネルギー消費の増大が見込める。そこまで考えると、俺は忘れていた事を幾つか思い出した。
(そう言えば、あの宙蝗の戦いぶりは、あまり利口とは言えなかったが……)
愚直に突撃を繰り返すだけの、お粗末な攻撃だった。しかし、明らかに〝斥候〟としか思えない、奇妙な単独行動を取っていたのが気にかかっている。
(宙蝗はある程度、組織力や社会性を持った群れなのか?)
だとすれば斥候役の個体に、情報を持ち帰らせぬようにするべきだ。事が上手く運べば、宙蝗本隊の動き出しを遅らせる事ができそうだ。
(宙蝗どうしの意思疎通手段について、解析が必要だな)
意思疎通のやり方が判明すれば、電子戦も選択肢に入って来る。採れる手段は、多い方が良いのは言うまでも無いだろう。
(……っと、いかん。宙蝗を沈静化させて、それっきりだったな)
現在は緑星鉄を全て使い切っている。これから緑星鉄製の走査機を造るところだ。あの宙蝗は、資源として分解するのが良い。……そんな考えが頭を過った瞬間だった。
「緊急警報。ノード〝アフィニティ#G〟に異常発生。オーバーライド開始」
宙蝗を詳細走査していた偵察巡航艦に、不測の事態が発生したらしい。俺はそう報告するや否や、戦場へと舞い戻る。




