第八三話 国策貿易事業
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さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
「ベルファに武力に代わる復讐を提案し、承諾を得ました」
俺はスカーに直接通話を入れ、ベルファについての報告を入れた。
『でかした。早速、実行せよ。王国へは十分な支援を行うように』
臆病と誹られるかと思いきや、望外の評価を得た。……やはり、スカーは焦っている。
『王国と帝国は盟友となったぞ』
我が管理者殿は、最たる難題をこなしていた。気軽に難題を……などと、不満を抱いた己を恥じる。両国のトップは遺恨を捨て、協力して宙蝗に備える事で一致したそうだ。その一環として、星鉄貿易の開始が決定した。
「設計完了。ご査収ください」
両国の宇宙港や艦艇を再設計して提供した。物質的に優れる青星鉄と、電磁気的に優れる赤星鉄を複合させ、性能を向上させてある。
『救援物資として、ウチの青星鉄を掻き集めたよ』
「では輸送母艦の試験航行を兼ねて、先ずは私が運びます」
『かたじけない。余はパドゥキャレ同盟へ、招集をかけておいた』
星鉄貿易の為、星系間輸送母艦を新たに設計した。この艦はパドゥキャレ同盟へと託す。人たらしな皇帝は、あの好漢をさぞ感激させる麗句を以て、星鉄貿易事業担当者に任命する事だろう。
『通貨は巷の廻り物。死蔵したとて詮無き事よな』
「ええ。旅立つ前に、彼への借りを返すとしましょう」
笑う提督に、俺も混ぜ返す。託す艦はスカイボートと命名した。要塞スカイアイル生まれの小舟として。スカイボートの係留施設は、中立港ロンドの側に新設している。俺たちが稼いだ電子通貨は、両国の平和維持基金として残して行こう。
救援物資を載せたスカイボートが、宇宙港アモル近傍へと辿り着く。
『ピストン輸送は任せておけ!』
そう意気込むジムの号令一下、パドゥキャレ同盟艦隊がスカイボートへと降り立つ。彼らの手により、物資は着々とアモルへと搬入されていった。
『此度被災された方々へ、心より見舞い申し上げる。我がアイセナ王国は、貴国首都港の早期復旧を祈念し、斯くの如く支援する』
時を同じくした女王の公式声明は、帝国の民に少なからず衝撃を与えたようだ。帝国の窮状に付け込み、叛乱を企てる輩を牽制できた事だろう。
首都港アモルは帝国兵主導で、家屋の再建を推し進めていた。それに伴い、救助母艦から同港への避難民輸送も活発化する。
一方で俺たちは、港自体を秘密裏に改装する。港内に青星鉄を扱う工廠を設け、新型艦生産の目処をつけた。皇帝に献じた量子通信端末も修理し、今後に備えている。
☆
『AIガゼル、ノード〝スカイボート#A〟に接続完了』
俺は新造した輸送母艦内に、ジムらパドゥキャレ同盟の面々を招き入れていた。
「全艦に達する。本艦はこれより、ゲイル星系への跳躍航行に移る」
スカイボート艦長職を拝命したジムが、艦橋から配下たちへと艦内放送を行っている。艦橋の定員は二名。半ば当たり前のように、戦闘艦向け直列操縦席を艤装していた。
「平和を背負う大商いだ。各員、職務に精励せよ。健闘を祈る」
後席の艦長が回線を閉じ、前席の副長が跳躍準備を始めた。
「航法諸元、入力。自動転針、完了。缶圧正常、確認。跳躍警報、発令――」
副長の発進シークエンスに艦が応える。全長約三粁を誇る板状の艦影が、舳先をゲイル星系の主星へと向けていた。推力重量比が悪い輸送母艦は、助走を跳躍エネルギーに転用する事が難しい。停止したままエネルギーを十分に過給する必要がある。艦は核融合炉を順調に稼働させ、乗員に注意を促す警報が鳴った。
「跳躍機構、接続。駐艦制動、解除。跳躍航行、開始」
引き絞られた矢が放たれるが如く、輸送母艦スカイボートは跳躍航行へと移行した。
「跳躍航路、追従確認。制御権、移譲」
「制御権、掌握。……副長、お疲れ様でした」
操艦を中断した副長が深く息をつく。ここからは俺が代わり、作戦会議を行う。
「ドデカい借りが出来ちまったもんだ。……お前さんは、加減ってものを知らんのか?」
「私は常に全力だ。当てにしているぞ、ジム」
俺の答えに、ジムが哄笑する。
「はっはっは。任されよう。……さて、今後の予定だが」
「約二時間後にゲイル星系到着。新型艦引き渡し後に、赤星鉄搬入。並行して、宇宙港ルテアに使者を出す予定だ、艦長」
副長が即座に応答する。輸送母艦スカイボートには、試験生産された新型艦を満載していた。宙蝗との戦いに備え、ゲイル星系の守りを固める。
「続いてブルート星系へ出立。取引で青星鉄に積み替え。以後は三角輸送で、乗員の慣熟訓練ですね? 副長」
「ルコ・ビュイだ。ルコでいい。俺にだけ余所余所しくしてくれるなよ、ガゼル」
赤毛の長髪から、彫りの深い整った顔貌が覗く。若いが肚の座った良い眼をしていた。
「こいつはつい最近まで、輸送艦パンフェルに乗っていたのさ。……以前お前さんが助け、航行記録を取引しただろう?」
「俺は、借りを作り過ぎない主義なのさ、ガゼル」
漸く思い出した。傭兵アノニム追跡の手掛かりをくれた、あの輸送艦の乗員らしい。宙戝の襲撃に対し、適切に対処していた彼の手腕は、今もはっきりと覚えている。
「オーケー、ルコ。また同道できて嬉しい。この艦も是非使いこなしてくれ」
「言われるまでもねぇ」
ルコは不敵な笑みを浮かべ、ジムも釣られて破顔する。
***
宇宙港ルテアの執務室にて。第一四艦隊率いるザエト提督は、内密に軍議を開いていた。開催のきっかけは、パドゥキャレ同盟を名乗る使者からの機密文書だ。
『近頃の陛下は、独断専行が過ぎます』
宇宙港リラに留まり、採掘場を守る参謀ユーリスが憂いている。
『アイセナ氏族長を女王として認めるなど、帝国の法を犯す行いです。……これでは、他の属領に対し、示しがつきません』
帝国の法では、藩属領主の王の称号は一代限りとなる。加えて領国の相続は、原則として男子のみに限られている。先代のアイセナ王は止むなく、皇帝陛下を自領の共同統治者として仰ぐ事で、娘に領国を継がせようとした。見返りに陛下から娘へ、王の称号を授かるつもりでいたのだろう。だが、この根回しはカッツ長官に翻され、彼女らの蜂起を招いた。
(陛下御自ら、臣下の不義を償うつもりとも観えるが……)
首都港アモルの窮状に付け込み、他の藩属領主が追従する恐れがある。帝国主義を掲げている以上、弱腰は厳に慎まねばならないのだ。
『ましてや、一度は帝国に背いた蛮族共と、勝手に通商条約を結ぶなどとは。元老院を軽んじている証拠でしょう』
条約締結の決定権は、元老院が握っている。参謀ユーリスの憤りも理解はできた。
『陛下はダンスカー艦隊を後ろ盾に、独裁を強めようとしているのかも知れません』
参謀の不遜な憶測を聞き、ザエトはこの若者をどう嗜めるべきか悩む。
「仮にそれが正しければ、陛下はなぜ我々に、新型艦を下賜されたのでしょう?」
同席していたティリー提督が口を挟む。憶測の破綻に気づいたのか、参謀ユーリスがムッとした表情を浮かべていた。
「独裁には軍事的優位が必要です。また今は首都港が被災し、元老院そのものが機能不全となっているはず。陛下の動きが独裁的に観えるのは、無理からぬ事かと」
楽観的だが、概ね同意できる。ザエトは決断した。
「うむ。貴君らも思うところは多々あろうが、今はこの密命どおりに遂行せよ。ユーリスは採掘と輸送の支援、ティリーは新型艦の導入配備と訓練だ」
首都港アモルは復旧作業に紛れ、不可思議な兵器生産を行っている。その真意が明かされぬ以上、疑心を抱くのは当然の事だろう。
「陛下の真意は、必ず私が問い質す。今は機が熟すのを待て」
不満の色濃いユーリスを宥め、ザエトはパドゥキャレ同盟への返信を認めていた。




