第八二話 復讐者の去就
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機械歩兵の中で、俺はベルファを見上げていた。話しを聴く気になってくれた彼女の為に、これから言葉を尽くす必要がある。
(おっと、いかん。また気配りを忘れるところだった)
だがベルファは鍛錬を終えたばかりだ。風邪を引かせる訳にもいかない。
「まずは体を厭って下さい。続きは貴方の居室で話しましょう」
「……そうね。支度が出来たら呼ぶわ」
ベルファは杖を武具庫へと仕舞い、練兵場に併設したバスルームへと向かう。それを見届けた俺は、機械歩兵を元通りに格納した。
暫くの時が経ち、居室のベルファからコールが入る。
(……ッ!)
回線を開いた俺を、ナイトガウン姿のベルファが出迎えた。
「いらっしゃい、ガゼル」
ベッドに腰掛ける彼女からの流し目を受ける。真紅なサテンのガウンが、やけに煽情的だ。男の本能に訴えかける色使いだが、赤はアモル帝国のイメージカラーでもある。俺の観る限りでは、ベルファは赤い装身具を避けていた。それは主君のディセアに倣っての事だろう。
(あえて赤を纏ったのは、ベルファなりの復讐か)
魅惑の赤が、彼女の麗しさを際立たせていた。
「帝国人も嫉妬しそうな着こなしですね」
「……ありがとう。貴方の説く復讐について、私なりに考えてみたの」
努めて冷静に返した賛辞は、この復讐者の意を得たようだ。
「ベルファ。正解は既に、貴方の同胞が示していたのです」
「ええ。ゲイルは降れど、染まりはせず。武に依らぬ戦いもあるのね」
ベルファ属するアルウェ氏族は、本拠のゲイル星系を巡る戦いにて、当時のアモル共和国に敗れてしまった。彼らゲイル星系の民は戦後、アモル共和国との同化を強いられる。だが彼らは巧みに習合を果たし、独自の文化を形作った。
「ゲイルの伝統様式は、アモルに採り入れられてもいます。この流れを発展させましょう。貴方の美的感覚なら、きっと成せるはずです」
「染まらず、染めろ……と、いうことかしら?」
ベルファは的確に要点を捉えている。視野や考えを狭めていた怒りを、少しずつ手放しつつあるのかもしれない。
「そうです。アモル美術の一部として、ゲイル様式の評判を高めてみましょう。貴方が心から創作活動を楽しめるよう、私が後援します」
「……」
ベルファの眼に困惑が浮かぶ。しかし、口元には微かな綻びが生じていた。
「悪意に反応せず、幸せに生きる。帝国は貴方の無視に憤りつつも、貴方の作品を無視できぬジレンマに陥る。これが私の想定する、復讐の最終段階です」
「なるほどね。貴方の言う復讐の筋書きは理解しました。……でも、私がディセア陛下の元を離れる必要があるのかしら?」
表情を引き締めたベルファが問う。知と勇を兼ね備え、冷静と激情の狭間で揺らぐ才媛を、これから勧誘するのだ。その首尾は今後の外交にも深く関わる。俺は彼女の挙動を見逃さぬよう、気を引き締めた。
「その問いに答える前に、貴方の不安をまず取り除きましょう」
俺は静かに語り始める。ベルファの表情を見つめながらだ。
「ダンスカー艦隊への出向は、アイセナ王国の国益と、貴方自身の名誉を両立します。その根拠を、これから述べます」
忠臣は二君に仕えず。主君ディセアの元を去るのは裏切りであり、忠義を欠く不名誉な行いとベルファは受け止めていた。然に非ずという事を伝え、彼女を納得させよう。
「我々はいずれ、銀河核へと出立します。我々が去れば帝国は講和を破棄し、王国への再侵攻を企てる恐れがあります」
無理筋な理屈を並べてでも、ベルファの身柄を拘束しようとした帝国だ。おそらく、今度はベルファを王国ごと滅ぼすつもりで攻めて来るだろう。
「これを防ぐ為、王国と我々で安全保障条約を結びましょう。王国の防衛に限り、我々の軍事支援が健在な事を、帝国に知らしめるのです」
ベルファは何かに思い至った顔をしつつも、そのまま口を噤んでいた。俺は構わず、言葉を紡ぎ続ける。
「では、我々の支援の対価をどうするか? 補給と再編の成った我々が次に求めるのは、本来の任務である銀河核観測と解析を担える人材の獲得です。エシル殿下の身柄をお返しする代わりに、貴方の助力を得たい。これに応じる事は貴方にとって、忠節の発露と言えるのではないでしょうか?」
率直に言ってしまえば、エシルは王国との同盟を維持する人質扱いだった。次期女王である彼女を、いつまでも親元から離しておく訳にもいかない。
「……私に、殿下の身代わりになれ、と。貴方たちはまだ、私たちとの同盟を維持するつもりで居てくれるのね?」
ベルファがようやく重い口を開く。思えば彼女は、スカーと何度か直談判をしていた。それは帝国に対する備えとして、俺たちを王国に繋ぎ止める為の策動だったのかもしれない。
「そうです。貴方を帝国から更に遠ざけます。さしもの帝国も、銀河核へは追手を差し向けられないでしょう。逆に我々は、僅か数分で王国へと馳せ戻る事ができます」
王国の在るブルート星系から銀河核までの距離は、約二九一五光年となっている。母艦モリガンの跳躍性能ならば、ちょっとした遠足程度の距離感だ。
「ベルファ、改めて貴方に問いたい。復讐を果たす為、我々と共に来て頂けますか?」
問われた復讐者が瞳を閉じる。彼女は長きに亘り、仇敵への怒りに心を焼かれ続けた。その苦しみは、察するに余りある。不毛な報復の連鎖から救いたい……そう願うのは、俺のエゴだろうか。
(……そうだとしても、構うものか)
聞き込みによれば、ベルファは自由と芸術を好んでいたようだ。誓った復讐の断念は、彼女に死を齎す。ならば彼女が、復讐の為に捨てたもので、復讐を成し遂げさせる。それが俺の罪滅ぼしだ。
「ええ。お世話になります」
万感胸に迫る了承が返る。開けられた彼女の瞳には、微かに涙が溜まっていた。




