第八一話 集う三首脳
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話はほんの少しだけ遡る。スカーは母艦モリガンの居室にて、今後の方針を検討していた。先刻の宇宙港アモル復旧活動についての経過報告を踏まえ、王国や帝国への外交交渉に臨む為の下準備だ。
(人類を宙蝗に備えさせねばならぬ……)
星鉄を喰らう宙蝗は、なおも増殖し続けていた。一刻も早く王国と帝国を和解させ、協力して生存の道を探らねば、押し寄せる蝗害に呑まれてしまうだろう。
(その為には、かの復讐者の願いにどう応えるかだ)
王国と帝国の和平を望まぬ彼女に、スカーは秘密を握られてしまった。加えて、帝国人はスカーのようなネットワーク型AIに対し、強い忌避感を示すとも聴講した。
(……全ては、ガゼルの首尾にかかっておるな)
宙蝗への備えは厚い方が良い。王国と帝国を争わせている場合では無くなったのだ。
(まずは真実をありのまま、伝えるべき者にだけ伝えるとしようか)
スカーは次の手を打つ。傍らに佇む母艦アウレアに対して、会見を申し込んでいた。
会見の場として、スカーは自ら仮想会議室を設えた。
「スカー提督。貴女らの功に未だ報えぬ、余の非礼を赦し願いたい」
すぐさま現れた皇帝の素直過ぎる謝罪に、スカーは思わず苦笑する。
「不慮の火災は、時と場を選んではくれぬ。そう気に病まぬが宜しかろう」
「気遣い、痛み入る」
皇帝は激務が祟り、疲労を隠し切れぬようだ。彼はスカーの勲功に報いるべき時機に、更に奉仕を求めざるを得なかった。そんな悩みも付き纏っているのだろう。
「本題に入ろう。星鉄を際限無く喰らう、未知の脅威を観測している」
「何ッ!」
思わず眼の色を変える皇帝に対し、スカーは淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「我が艦隊はこの脅威に抗えず、一度は撤退を余儀なくされた。私は逆襲を期して、軍備再編に努めて来たのだ」
「……」
皇帝に動揺の色が浮かぶ。普段の役者ぶりとは裏腹だ。斯くも凶報相次げば、是非無き事だと思われる。
「この脅威を私は宙蝗と仮称した。彼奴らは銀河核に巣食い、今なお増殖を続けておる」
「……」
皇帝の顔色は神妙そのものだ。スカーは努めて冷静に、言葉を連ねる。
「捨て置けば貴国は、彼奴らの餌場と化すだろう。斯様な未来は本意ではあるまい?」
「当たり前だ!」
皇帝が覇気を漲らせる。民を思う気持ちに、揺るぎは無いようだ。
「よろしい! ならば覚悟の程を示してみせよ。王国と無条件で和解し、共に宙蝗へと備えるのだ。さすれば我らダンスカー艦隊は総力を挙げ、宇宙港アモルの復興を推し進めるであろう」
「それは心強い。余はかの女王を承認し、不義を糺すつもりだ」
王位と王国領の継承は、ディセアの悲願だ。それを掠め取ろうとした件について、最高権力者自らけじめをつける気らしい。
「ほう? 随分と殊勝な心がけだな?」
「ゲイル星系を直轄して判ったのだ。余の眼の届かぬところで、過剰な徴税や収賄が横行していた。災禍相次ぐ我が帝国に、更なる叛乱を起こさせてはならぬ」
クラウディアの熱弁を、スカーは冷徹に見極める。確かに帝国は、女王ディセアらが住まうブルート星系の征服に失敗して以来、急速に軍備や国力を失いつつあった。
「うむ。此度の火災を知り、鬱憤を晴らしたくなる者も出るやもしれぬな」
「その通りだ。一刻も早く首都港アモルを復旧させ、不逞の輩を黙らせるぞ」
不逞の輩とは、暗に元老院議員らの事を指しているのだろう。彼らもまた民を守るべき立場の者たちだ。にもかかわらず、デマを流して民の不安を煽っている。皇帝が語気を荒げるのも、むべなるかなだ。
「よろしい。女王も交えて話そう。敵は待ってはくれぬからな」
スカーは彼方の友へと、招待を飛ばしていた。
***
ディセアのもとへ、友からの便りが届く。
(火急の連絡? 何事かな?)
召しに応じ、訪れた会議の場には、見慣れた顔が並ぶ。……友と、敵が一人ずつだ。会釈もそこそこに、ディセアは勧められた円卓の席に着いた。
「ディセア。其方に、急ぎ伝えるべき事がある――」
疑問を挟む隙を与えず、スカーが切り出す。
「嘗て我が艦隊を壊滅させた脅威が、其方の王国へと迫りつつある」
「なんですって?!」
スカー率いるダンスカー艦隊は、仇敵アモル帝国すら畏怖する最強の軍事勢力……ディセアはそう認識していた。そんな彼女らを苦しめる敵が、やっと自由を取り戻したディセアの同胞たちを脅かそうとしていると言うのだ。
「この脅威を、私は宙蝗と仮称している」
淡々と語るスカーが航路図を投影する。今、ブルート星系と銀河核を結ぶ航路らしい。ブルート星系の先は、前人未到な影の宙域と恐れられる。
「宙蝗は星鉄を餌と見做す。彼奴らは銀河核に巣食い、周囲へ斥候を放っているようだ」
脅威が光点の分布として示される。銀河核に大きな群がりがあり、幾つかの小さな群れが放射状に進む。そのうちのひと塊が、たしかにブルート星系へと伸びつつあった。
「私は迎撃へ向かう。宙蝗との戦いに備え、新たなる軍事同盟の締結を提案したい」
「……」
ディセアは沈黙する。胸中の動揺を鎮める時間を要していた。
「アイセナ氏族長、ディセア殿。……余は貴女を、アイセナ王国女王として承認する」
沈黙を破る皇帝へ、女王は警戒の眼を向ける。
「貴国を収奪した元凶は、我が宰相と判明した。余は既に、この者を罷免している」
「罷免止まり? 処刑ではなく?」
ディセアは意地悪く問い質す。
「余の師であり、重臣でもあったのだ。情けや躊躇いが無いと言えば嘘になる。しかし――」
指摘に対し、皇帝は苦い顔を浮かべた。
「かの者がこれに懲りず、また蓄財や策謀に走るようであれば……余は私情を捨て、厳しく処断する事を約束する」
本気を感じさせるのに、十分な眼光だ。皇帝の熱弁は更に勢いを増す。
「我が帝国の経済は、収奪ありきの危うきものと知った。余は属領や同盟港に対し、真なる寛容に基づく共栄を図りたい。その第一歩として、まずは貴国と和解し、共に宙蝗へと備えられれば僥倖だ」
女王は皇帝を見据えたまま、思考を走らせていた。努めて冷静に、かつ迅速に。
「……宰相の処遇は、貴方なりのケジメという訳ね」
積もる恨みはお互い様だ。にもかかわらず、皇帝はディセアを女王と認めた上で、先に折れて見せている。本来ならば、格下として扱うべき自分に対してだ。
(グダグダと勿体ぶってる場合じゃない、か……)
今、帝国と事を構えれば、王国は背後から宙蝗の襲撃を受ける。
「いいでしょう。共に宙蝗へと備えましょう」
「かたじけない」
ディセアは決断し、合意は成された。
「同盟締結にあたり、其方らに提案がある」
静かに語り始める友の言に、女王は耳を傾けていた。
「貿易にて星鉄を融通し合い、艦艇の強化を図るのだ」
王国領では青星鉄が良く流通している。おかげで王国艦は軽量で速力が高い反面、シールド等のエネルギー回りの性能は控えめだ。赤星鉄を安定入手できるならば、艦隊の弱点を補強できる。それは同時に、帝国艦隊が脅威を増す事にも繋がるが。
(今は可能な限り、艦隊を強化すべきなんだろうね……)
宙蝗は帝国領より先に、王国領へと辿り着く。王国が宙蝗の迎撃で手一杯となった途端に、帝国が同盟を破棄する可能性も考慮すべきだろう。
「其方らが心から協力できるよう、宙蝗の脅威の程をお目にかけよう」
スカーが宣言と共に、新たに立体映像を投影する。
「これは我が砦、スカイアイルだ」
砦と呼ぶに大きすぎる構造体だ。
「ここから先の出来事は、他言無用とさせて頂こう」
立体映像の再生が始まる。威容を誇る要塞に、何かが群がった。
「「……ッ!」」
女王は皇帝と共に、思わず息を呑む。群がる何かが、要塞を片っ端から食い荒らしていた。要塞は為す術もなく、体積を減らしてゆく。
「備え無くば、斯くなりぬ。努々、怠り無きように」
無策で臨めば、こうなるぞ……と、スカーの訓示が重くのしかかる。こんな惨状、他言できるはずもない。もし知れ渡りでもすれば、領国遍くパニックを引き起こすだろう。
「女王ディセア。余は今すぐに、貴国との星鉄貿易を始めたい」
「ええ、共に備えましょう。皇帝ヴィルホルティス」
皇帝が席を立ち、歩み寄る。女王も立ち上がり、握手で応じた。
「ヴィルで良い。余の字は長すぎて、普段使いに向かぬのだ」
大仰に困り顔をして見せる皇帝に釣られ、思わず女王は笑っていた。
「良き哉。打倒宙蝗と其方らの領国安堵を兼ね、我が戦略を開示しよう」
友が艦隊司令の貌を覗かせる。女王と皇帝は再び着席し、傾聴を始めた。このまま手を拱いて滅びを待つなど、もってのほかだ。ヒトの存続を賭けて、抗ってみせよう。




