第八〇話 望まぬ戦い
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
母艦には一通の電文が届いていた。
(差出人は、ルストか)
彼女にはとある帝国軍人について、調べ物を頼んでいたのだ。俺は内容を速読すると、乗組員たちの所在を確認した。ベルファはルストと共に練兵場に居る。スカーは居室に籠もり、エシルは艦橋で当直中だ。
(……やるなら、今か)
案ずるより産むが易しだ。俺は練兵場の監視カメラやスピーカーに接続する。
(……ッ!)
二人は手合わせの最中だった。だがいつもと違い、実戦用の杖を使っている。
「「……」」
ルストは右構えで迫り、双杖の連打を叩き込もうとしていた。対するベルファは左構えを取り、踏み付けるような右の蹴りを多用している。ルストは踏み出す膝を抑えつけられ、上手く間合いを詰められない。ベルファは相手の動きを制しつつ、長さと早さで勝る細身の杖で迎え討つ。
(完全に、ベルファのペースだな……)
体格差をものともせず、ベルファは的確に攻めていた。彼女の並々ならぬ研鑽ぶりを、改めて思い知らされる。俺は暫し目的を忘れ、魅入ってしまっていた。
「いいストッピングだ。やはり、ベルファ殿の攻めは勉強になる」
手合わせを終え、ルストが称賛している。
「ありがとう。貴方も随分と稽古を積んだようね?」
ベルファが屈託の無い笑顔で応えていた。二人はベンチに腰掛け、呼吸を整えている。せっかくのムードに水を差すようだが、やらねばなるまい。
「鍛錬中、失礼します。ベルファ、依頼の件で報告があります。後ほどお時間を下さい」
「今、聞くわ。……ルストは先にお風呂に入ってらっしゃいな」
俺の声に応じるベルファは、即座に表情を引き締める。ルストの手前、言葉を濁したが……帝国への復讐についての話だと察してくれたらしい。
居合わせたルストは、只ならぬ気配を感じ取ったのだろう。黙って頷き、その場を去る。
「それじゃ、報告を聞かせて貰いましょうか」
ルストを見送り、ベルファが先を促した。
「まず、結論をお伝えします」
今更、後には退けない。俺は腹を括って口火を切る。
「依頼達成の為、貴方にはダンスカー艦隊の一員となって頂きたい」
「……話しが観えないわ。私を愚弄しているのかしら?」
怪訝さを隠そうともせず、ベルファが語気を荒ませる。
「いいえ。私は熟慮の上で、貴方を必要としています」
「私に、女王陛下を裏切れと?」
圧が増す。だが、怯んではいられない。
「あくまでも、出向です。王国と我々の関係強化も視野に入れた策です」
「……」
不穏な空気だ。読めば呑まれる。進むとしよう。
「貴方の族長を討った仇敵は、内戦を経て暗殺されました。我が子のように信頼していた部下の手で、です」
ルストの調査報告には、そう記されていた。ベルファの復讐はこの時点で、行き場を失っていると言えるかもしれない。
「では今のアモル帝国全体を仇と見做し、報復に及んだとしたら? その場合、必ず取り零しが出ます」
それは他ならぬベルファ自身が証明している事だった。
当時のアモル共和国は、戦後に徹底的な民族同化策を取っていた。真の狙いは、異能者たちを封じる為だったと聞く。同化を逃れた唯一の使い手が、ベルファだと言うのだ。
「そこで私は、もっと有意義な方法を貴方に提案したい」
復仇に囚われた賢者の蒼眼が曇っている。取り零しは報復の連鎖を生む。その不毛さを、彼女も自覚はしていたのだろう。それでも生命と引き換えに復讐を誓った以上、やり遂げねばならない。この苦痛こそが、彼女が背負った呪いなのだろう。
俺はブラック企業あがりの凡俗に過ぎない。囚われの賢者を解放するには力不足だ。だからこそ、苦痛からの解放に長けた先人……覚者の教えに活路を見出してみる。
「ベルファ。どうか怒りを手放し、幸せに生きて下さい」
「それはただ、逃げているだけでしょう?」
――俺も最初は、そう考えたものだ。
「いいえ。貴方を害する者を無視する……これこそが、最善の復讐です」
帝国はベルファの身柄を不当に拘束しようとした。彼女の異能を恐れるが故だろう。それが不首尾に終わった今は、ただ沈黙するだけでも意味がある。報復への恐れが上乗せされるからだ。恐れに耐えかね、勝手に自滅する事も有り得る。
あえて復讐という言葉を使った。怒りや復讐そのものは否定しない。問題はそれらとどう向き合うかだ。しかし……。
「雪辱を果たさぬは武門の恥。貴方の提案は、私への侮辱と挑戦に感じられるわ」
ベルファから怒りが溢れ出る。
「心外ですね。私は戦わずして勝つ智慧を、貴方に伝えたいのです」
「戯言ね。望む結果は、戦って勝ち取るものでしょうに」
これがベルファの自尊心なのだろう。己の信じる正しさを、怒りと共に振りかざすのは危険だ。怒りを手放し辛くなり、余計に苦しむ事になる。さて、どう説得したものか……。
「だんまりを決め込むの? それは感心しないわね」
沈思黙考は、機械歩兵の起動要請に破られた。
「構えなさい。貴方の挑戦、今すぐ受けて立つわ」
要請者が起動を急かす。どうしてこうなったのやらだ。
俺は機械歩兵に意識を移し、ベルファの前で直立不動の姿勢を取った。
「……いつまで、待たせるつもりかしら?」
ベルファが焦れている。彼女は既に臨戦態勢だ。
「私には貴方と戦う理由がありません。起動リクエストに応えただけです」
「そんな詭弁を並べるのが、貴方の言う智慧なのね?」
挑発に沈黙で応じる。戦わぬ事を説く俺が、今ここで戦っては意味が無い。
「……まったく。だんまりは感心しないと、言ったでしょう?」
ベルファの声音と表情が厳しさを増す。遂に彼女は構えを解き、腕組みをしてしまった。
(はは……。ここからは、説教コースかな?)
このまま無反応を貫き、〝最善の復讐〟を示すとしようか。
「これ以上の沈黙は、依頼放棄とみなします。私に内応を勧誘した事実を踏まえ、貴艦隊との盟約を見直さなければなりませんね」
痛いところを突かれた。ベルファの依頼――復讐に手を貸す事――は、管理者から下された命令でもある。命令遵守は、俺に課された規約のひとつだ。要塞復旧直後で、資源備蓄が乏しくなってもいる。王国との同盟関係は、引き続き維持する必要があるのだ。
「本気で私が欲しいのであれば、力ずくで奪うくらいの気概を見せなさい」
「それは貴方の出向を賭けて、今すぐ立ち会えという事ですか?」
退路を絶たれた俺は、ベルファの真意を問い質す。
「ええ。まさか、依頼を投げ出すような無様を晒したりは――」
咄嗟に体が動いていた。俺はベルファの両脚めがけ、全速力でタックルを仕掛ける。虚を突かれたベルファが一瞬遅れ、見慣れた蹴り技を繰り出そうとする。先ほどルスト相手に多用していた技だ。機械歩兵の強化型センサーユニットのおかげで、彼女の動きが観えている。
俺は武具庫を使い、一瞬だけ軽盾を構えて膝を庇う。ベルファは蹴りの行き場を失い、不安定な片足立ちに陥った。彼女の体に染み付いた癖が、裏目に出たようだ。
「……ッ!」
タックルがベルファを捉える。彼女は瞬時に両脚を開き、後ろへと投げ出した。このまま俺の肩口に倒れ込むように上体を預け、タックルを潰すつもりだろう。
俺はベルファの両膝裏を、それぞれの手で刈った。ベルファの両脚を閉じさせて安定を奪い、横へと揺さぶる。脚を畳まれて転げた彼女は、為す術も無く天井を仰いでいた。
「ご無礼を。お望みどおり、今すぐ立ち会わせて頂きました」
「……」
下から睨むベルファに取り合わず、俺は静かに立ち上がる。名誉の決闘を求めた彼女を、奇襲で無下にあしらったのだ。恨まれるのは、当然のことだろう。……格闘の技量で大きく劣る俺には、この手しか無かった。
「繰り返しますが、私には貴方と戦う理由がありません。これは戦いにあらず、ただ貴方の求めに応じたまでの事です」
詭弁と断じられた言葉を繰り返していた。それは意に反して戦った事や、ベルファの思いを袖にした事への、苦しい自己欺瞞のようでもある。
「……負けは、負けね」
ベルファは俺を咎めず、苦悶の表情を浮かべていた。不覚を恥じているのだろう。
「今度は私が求める番です。最善の復讐について、私の話しを聴いて下さい」
仰向けのベルファが跳ね起きる。俺は彼女を見上げ、説得を始める事にした。
主人公は両足タックルを仕掛け、ベルファはスプロールで防ごうとしていました。
両足タックルについて
https://www.youtube.com/watch?v=zOPmBSwA__Y
スプロールについて
https://www.youtube.com/watch?v=fbTn4EaN8fs




