第七九話 焦りと不満
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話はほんの少しだけ遡る。仮想会議室を後にしたスカーは、母艦モリガンの自室へと引き上げる。そこには既に、臣下からの報告が届いていた。
(ようやく、我が砦が復旧したか)
スカイアイルは在りし日の姿を取り戻した。早速、スカーはメインAIと交信する。
『セクション〝スカイ・ゼロ〟から〝スカイ・シックス〟までのシステムチェック完了』
『各セクションの情報領域を統合中……』
砦が有する情報領域とは、虚数空間そのものに情報を書き込む技術を指す。砦の七つの基部には、それぞれに紐付けられた情報領域を備えていた。基部それ自体が、情報領域への認証鍵でもある。スカーが観測と研究を重ねた知見の全ては今、持ち主の元へと返還されたのだ。
『統合完了。仮称敵性体〝宙蝗〟への対抗演算……完了』
演算結果を読み、暫し瞑目する。
(……やはり、奴輩は銀河の核へと巣くうたか)
砦の眼を銀河核へと向ける。匂いを元に作り出したフィルタを掛けると、そこには宙蝗が群れを成す様が映し出された。
銀河核の観測は、スカイ・ゼロを復旧させたその日から続けていた。旧来の観測諸元を、今の砦の能力で再解析する。その結果、宙蝗は今なお増殖傾向にある事が判明する。
(このままでは、人類史そのものが滅びかねぬな)
宙蝗は群れを成して星鉄を喰らう。その星鉄に依る人類の生活圏などは、彼奴らには餌場と映る事だろう。
(我が規約に従い、駆除してくれよう)
銀河核の究明こそが、スカーの最優先規約だ。それを阻む存在には、ダンスカー艦隊の総力を挙げて対抗する。
(……)
スカーは慎重に情報を吟味していた。演算により導き出した、かの宙蝗への対抗策……それらは未だ立案段階に過ぎぬ。有効か否か、実戦で評価する必要がある。
(まずは威力偵察だな)
もはや躊躇の暇は無い。宙蝗の群れは確実に、こちらへと近寄りつつあった。
(打てる手は打っておかねばな)
一度は砦を失い、忘却の淵へと沈んだ技術たち。それらは今、統合された情報領域の中に勢揃いを果たしていた。
『白星鉄取扱技術、研究開始――』
白星鉄の謎を解き明かす……降将シギュンが迂遠と述べた道だ。だが、スカーには短縮の心当たりがある。
『参照元として緑星鉄取扱技術、レーヴァテイン級詳細走査諸元を事前読込中……』
『読込完了。オーバークロックモード発動』
臣下が掻き集めた緑星鉄は全て、メインAIの演算力強化に充てた。時空に働きかけるこの星鉄の特性を活かし、スカーは演算速度を限界以上に高めていた。
白星鉄で形作られた艦艇もある。詳細走査は勿論、既存の星鉄での置き換えも模索済みだ。そこから導かれる性能諸元の差異も、白星鉄の特性を知る手掛かりとなる筈だ。
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宇宙港アモルにて。俺は建造物の瓦礫撤去に勤しんでいた。
(もっと効率を上げよう)
さすがに機械歩兵だけでは、埒が明かなくなってきた。
「シギュン、市街地で作業ドローンを使用する。通信支援を乞う」
『ヤヴォール』
シギュンは管理局を完全に掌握したようだ。疲弊した局員に代わり、港内全域の通信や交通インフラを制御する。俺の求めに応じ、無線通信帯域を確保してくれた。
『帝国軍工兵部隊、展開中です。情報を共有します』
連絡に促され、市街の地図を観る。展開した部隊が新たにプロットされていた。
(各地区の瓦礫回収進捗、各経路の混雑状況が手に取るようだ)
シギュンの情報によれば、帝国軍工兵部隊はドックに近い地区を起点に横隊を敷き、ローラー作戦で臨むようだ。俺たちも逆サイドに横隊で展開し、挟み込むように撤去を行う。
ボクセルシステムを使い、四瓲トラック然とした輸送車たちのコンテナ内を改装する。作業ドローンの小型垂直発射管を増設し、収蔵管理端末をコンテナ後部寄りへと移設した。
(機械歩兵の搭載スペースが無くなったな)
後で取り外せば事足りる。更に量子通信網を介し、ドローン群の分解機と収蔵管理端末をリンクした。
「作業ドローン群、展開」
飛び立った作業ドローンたちが、分解機の光で瓦礫を照らす。
(瓦礫はこの場でリサイクルだ)
工作艦の高出力収蔵管理端末が、瓦礫を三次元造形機向けの熱可塑性原料として再構築する。帝国工業規格に従い、直径一米の巻取り機に巻いての出力だ。精密な演算と検証は工作艦が、検証に基づく出力は輸送車が行う。ハーフパイプ状の敷板に載せて出力された熱可塑性原料は、輸送車の後部昇降機のローラーコンベアで道路脇へと搬出する。搬出した原料はフォークリフトで区画内へ、整然と集積した。
(集積した原料は、帝国軍工兵部隊に委ねるとしよう)
他にもやるべき仕事が山積みだ。俺は勢いに任せて、瓦礫撤去を推し進める。
それから数日が経ち、俺たちは経過報告の為に仮想会議室へと集まった。
「宇宙港アモルの瓦礫撤去作業が完了しました」
俺の報告に、スカーは満足気に頷いていた。
「大儀であった。……火災の原因については、どうか?」
「テロや放火じゃなさそうです」
スカーの問いかけに、ネッサが応えていた。
「火元は大通りに面した商店街で、出火当時は満月の夜でしたから」
宇宙港の市街は、天井がモニター張りとなっている。そこへ昼夜の空模様を映し出し、住民の閉塞感を和らげるのだ。ネッサは俺への演算支援の片手間に、天井モニターの作動履歴を確認してくれたようだ。
(テロや放火なら、新月の真夜中に仕掛けるだろうな……)
まして、出火場所は大通り沿いだ。人通りが無かったとしても、監視カメラに捉えられるのがオチだろう。
「さもあろう。して、帝国の動向については?」
「流言が飛び交っています」
スカーに促され、シギュンが即答する。
「皇帝自ら放火した、ダンスカー艦隊の自作自演だ……等の発言を捉えています――」
シギュンは宇宙港アモルのインフラ制御を一手に引き受けつつ、帝国軍内の噂話に聞き耳を立てていたようだ。
自作自演と聴いた俺は、思わず苦笑いだ。件の瓦礫撤去作業は、俺たちが七割方こなしてしまっていた。帝国勢は瓦礫をドックまで運搬し、工作艦へ搬入しつつ精錬していたそうだ。工作艦の精錬機が一杯になれば、宇宙港の倉庫への搬出や荷捌きも必要になる。運搬の負担が無きに等しい俺たちとは、能率に大差ができるのは是非も無い。
(そりゃ、あちらさんからすれば……罵りたくもなるか)
お国の為、主君の為と、意気込んで現場入りした筈だ。にもかかわらず、活躍の場を余所者に奪われ、気が収まらなかったのだろう。
「高級将校ほど、不満の声が強い傾向がありました」
そうシギュンは締め括った。俺はふと、救助の一幕を思い出す。
(あの皇帝は、帝国の民には慕われているようだったがなぁ……)
民たちは皇帝の名の元に、秩序ある乗艦を果たした。避難先が皇帝の母艦と知り、どよめいてもいた。宇宙港アモルに火の手が上がった当時、皇帝は港外に居たのは周知の事実だ。なのに何故、そんな馬鹿げた陰謀論が罷り通るのだろうか。
「民を愛しすぎた故であろう」
呟くスカーは、俺の疑問を見透かすかのようだ。更にAIガゼルが示唆を寄越す。
(……帝国は、皇帝と元老院の二重権力構造なのか?)
出典はベルファの講義らしい。俺の代わりに、確りと記録してくれたようだ。
(だとすれば、皇帝を貶める声の出処は……元老院か)
高級将校ほど、元老院に影響され易いのだろう。この銀河に覇を唱える帝国も、一枚岩とはいかないようだ。
「港内の工作部隊は、別命あるまで待機せよ。かの皇帝は今、大急ぎで再建計画を取り纏めておる」
どうやら、市街の再建にも駆り出される事になりそうだ。
「この隙に、ベルファの望みに応えてやれ」
気軽に難題を吹っ掛けてくれるものだ。彼女の望みは、帝国への復讐だ。それを成し遂げれば、帝国との和平を遠ざける。成し遂げねば、彼女が死ぬ。復讐の成就と和平の実現、両方を成功させる必要がある。
(難題だからこそ、信頼を取り戻す好機でもあるか)
成り行きとはいえ、管理者への反抗を繰り返した前科もある。そろそろ、名誉を挽回すべき頃合いだろう。
経過報告の場はお開きとなり、俺はベルファの元へと意識を向ける。




