第七五話 アルウェ氏族の抵抗
『ボクセルシステム、起動完了』
時を停めた。先日の講和会議で争点となった、ベルファたちアルウェ氏族とアモルとの確執について調べてみる。彼らは宇宙港アレスで決戦に至った。その経緯を出来るだけ詳しく知りたい。俺は両者それぞれの資料を、注意深く読み込み始めた。
(……)
アモル側の資料は、政治宣伝色が強い印象を受ける。それに対してアルウェ側の資料は、端的で具体的な記述が目立つ。前者は国威発揚を、後者は情報共有を企図して編まれているのだろう。
(まずは、双方の歴史を確認しよう)
アモル共和国はとあるゲイル星系氏族の襲撃を受け、一度は国が滅びかけた事がある。以後、アモルは国防に注力し、兵制を改革したらしい。アモルにとってゲイル星系への進出は、報復や反撃の意味合いが強いようだ。その一方でゲイル星系には、数多くの氏族らが拠を構えている。大部分のゲイル星系氏族には、アモルに侵略されたと映った事だろう。
(そして和睦か抗戦か、氏族間の分断が進んだ訳か)
和睦派は、氏族間抗争で消耗した氏族が占めていたようだ。アモルは彼らを救援する体裁で、侵攻を推し進めていたと観える。
(和睦は只の口実なのが丸分かりだな)
アモルの国防強化が主眼ならば、和睦が成った時点で兵を退けば済む筈だ。にもかかわらず、ゲイル星系の奥深くへと攻め込むのは、やはりアモルの侵攻と言わざるを得ない。もともと連携を欠くゲイル氏族らは各個撃破され、形勢はアモル有利に傾きつつあった。
(そんな苦境にもかかわらず、アルウェ氏族は抗戦派を纏め上げ、侵攻するアモル共和国の後方を叩いたのか)
恐るべき手腕と手堅い用兵だ。しかし、組織力で勝るアモルが粘り勝ち、アルウェらは宇宙港アレスでの戦いで敗れてしまった。大まかな流れはこんなところらしい。
(次だ。アモルがアルウェを危険視する理由について、考察してみよう)
アレスの戦いを経た両者の思惑を、資料から読み解いてみる。
アモル側は威信の為に、アルウェ氏族とゲイル星系は完全支配すべし……という論調が見て取れた。恐らくは征服の代表的事例として、内外に訴求したかったのだろう。
アルウェ側は降伏による、自己同一性の喪失を危ぶんでいた。そこで表向きはアモルとの同化を受け容れつつも、自分たちの様式を密かに遺す道を選んだらしい。その結果、アモルと融合した独自の文化を形成し、静かな抵抗を続けている。
(……ッ!)
遺されたのは、文化だけではないらしい。アルウェ側の資料に、スカーの注釈が在る。
『アルウェ氏族に秘術を使う異能者在り』
それがベルファだというのだ。注釈を読み進めるにつれ、俺は今のアモル帝国の本音が観え始める。
(誓約の秘術。その積み重ねを恐れているのだな)
誓約を守り続けるほど、加護を得るという。アモルは同化したアルウェらを通して、秘術の存在を知ったのだろう。亡国の危機から立て直したアモルには、積み重ねの大事さが身に沁みている筈だ。この秘術を危険視し、封じ込めたくなる気持ちも判る。だが、事態はもっと深刻だった。
(延命の秘術。これが、ベルファが編み出した切り札か)
誓約の秘術との相乗効果は計り知れない。ベルファの武芸や教養は、気の遠くなる時間をかけて培われていた。不倶戴天の敵に、復讐を成し遂げる為だけに。
(……)
窺い知れたベルファの足跡は、苦難に満ちたものだった。更に育まれた復讐心は、彼女の仕官を受け容れた女王ディセアにも伝播する。王国と帝国の和解は、上辺だけの綺麗事では済みそうも無かった。
(ベルファの復讐に手を貸せ……とはな)
スカーからの命令だ。復讐心が挫けた時点で、ベルファは死ぬ宿命らしい。スカーがベルファに肩入れする理由は不明だが、命令が下された以上は遂行する。それこそが、俺というAIの存在意義だからだ。
(だが復讐は、和平を遠ざける。どうしたものか)
要塞復旧を急ぎ、宙蝗に対抗する。これが俺に課された最優先命令だ。その為には王国と帝国を和解させ、双方から円滑に資源調達を続ける必要がある。相反する命令を前に、俺は熟慮を重ねていた。
(どう考えても、帝国の理屈には無理があるな)
ベルファは、アルウェ氏族出身のアイセナ王国幕僚だ。アモル帝国陣営にとっては、二重の意味で警戒すべき相手と言える。強引に映る身柄引き渡し要求は、それだけ報復を恐れている証拠と捉える事もできそうだ。
(ふむ……)
熟慮の末に、俺はベルファの復讐について、ひとつの方向性を見出だせた。
(先人の教えも借りるとしよう)
俺は次なる一手の為、ボクセルシステムを後にする。
さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
「ベルファ・アルウェ身柄引き渡し要求は、不当と判断する」
スカーはアモル帝国へ、毅然とした通達を出した。その根拠には、俺が両国の歴史資料から分析した所見を添えてある。いち氏族の襲撃に対して、その氏族が住まう星系ごと征服して報いるのは、明らかにやり過ぎだ。
「国防に勤しむ傭兵を不当に拘束すれば、却って貴国の安寧を脅かすであろう」
ベルファは現在、哨戒で帝国に貢献中だ。スカーはそこを強調していた。俺たち以外にも、国防に従事する傭兵は居る。不当な逮捕は、彼らの動揺や離反を招くだろう。
『帝国は寛容を尊ぶ。身柄引き渡し要求は取り下げる』
この返信からは、怒れる参謀ユーリスの顔が思い浮かぶ。正論で帝国を捻じ伏せた所為で、彼らの態度は硬化したと観るべきだ。
「帝国は身柄引き渡し要求を取り下げた。貴国には代替案の検討を打診する」
『尽力に感謝します。提案はまた後日改めて』
スカーは今度はアイセナ王国へと連絡を入れていた。難題の吹っ掛け合いを収め、これでようやく講和交渉のスタートラインに立てそうだ。
講和締結の為には、ベルファに復讐を遂げさせる必要もある。俺はその布石の為、ルストにとある調べ物を頼んだ。続けてディセア母娘に対し、ベルファの人となりについて尋ねる。
「んー? ウチの子に飽き足らず、今度はベルファを口説くつもりなのかなー?」
……などと、ディセアに茶化されたのは御愛嬌だ。
「スカー提督宛に、皇帝陛下の名で招待状が届いている。帝国首都港アモルにて、恩賞の授与式を行うそうだ」
ルストから連絡を受けた。過日のロカセナ艦隊との戦いでは、帝国軍艦艇への補給や修理、首領ロプトの捕縛などに貢献した。その戦功に報いる為の式典らしい。俺は式典の開催日時を控えると、艦隊運用計画に直ぐ様反映させる。母艦モリガンならば、ものの数分で跳べる距離だ。ギリギリまで主星の防衛に務めるとしよう。
『授与式そのものが、罠の可能性があります。お気をつけを』
『奇遇だねぇ。あたしもそんな気がしてるわ』
囁く声の主たちは、母艦レーヴァテインで補助演算中のAIシギュンとAIネッサだ。
(この二人は、いつの間に仲良くなったんだ?)
知り合った当初の険悪さは何処へやら。今は協力して、昏倒中のロプトの記憶改竄に取り組んでいるらしい。進んで夫を追い込むシギュンの行動は本心か策略か、結論を出すのは未だ早いだろう。
こうした日々を送る中、宇宙港ルテアから主星へと、防衛艦隊が随時派遣されている。募兵と訓練を繰り返し、ゲイル星系の帝国艦隊は、漸く再編が成りつつあるようだ。




