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第七四話 渦中のベルファ(後編)


***


 講和会議を終え、スカーは母艦モリガンの自室へと戻っていた。

(そろそろか……)

 来客のチャイムが鳴る。こうなることは、既に〝予見〟していた。

「ベルファか。気兼ねなく入るが良い」

 スカーは寝台へ腰掛け、来訪者を招き入れた。

「特別講義……(いな)、取引の時間であるな?」

 スカーの問いに、隣のベルファが黙って(うなず)く。

「お手を拝借します。まずは、こちらをご確認下さい」

 ベルファがスカーの手を取る。そのまま瞑目(めいもく)し、小声で何かを念じていた。

(む、これは……)

 触れ合う指先から入力信号が伝わる。それはネットワーク設定を尋ねる質問(プロンプト)だった。予想外の経路なれど正しい入力に対し、スカーは反射的に応答を完了してしまう。

(正体を自白したようなものだな)

 途端にスカーの電脳へと、膨大な情報が流れ込む。開示したネットワーク設定通りの通信で、送信元はベルファ自身だった。

「我が氏族に伝わる、情報伝達の秘術です。……ご無礼を」

 再び目を開けたベルファが告げた。

「してやられたわ」

「恐れ入ります。早速ですが、お願いがございまして」

 スカーは苦笑し、受信した情報を(ひも)解く。

其方(そなた)はお互いの秘密を、取引材料にしたいのだな?」

「ご明察の通りです」

 やはりベルファには、この身が人ならざる事を見破られたようだ。


 ベルファの情報はスカーのメインAIへと格納され、現状と照らし合わせた想定演算(シミュレーション)を行う。演算に要する時間は、ほんの数(ミリ)秒だ。

「結論から言えば、其方は帝国への復讐(ふくしゅう)を避けては通れぬ、という事か」

「はい。私は族長ウェルクの処刑を機に、アモルへの復讐を誓いました」

 人間のように長考するフリを捨て、スカーは即座に問いかける。対するベルファの回答は、スカーの演算が正しい事を裏付けていた。

「誓約が(もたら)した加護が、延命の秘術会得を促したか。其方は時を味方に、文武の研鑽(けんさん)を積んだと観える」

「ご理解頂けて何よりです。……誓いを違えた時、私の生命(いのち)は尽きます」

 人の理を外れた者どうしの、奇妙な答え合わせが続く。

「其方らの秘術は、緑星鉄(りょくせいてつ)を介して時空を操る。アモルはそれを知って恐れをなし、其方らの討伐に動いたという訳か」

「ええ。アモルは我らアルウェを取り込み、自らを滅ぼし得る力を封じようとしたのです。表向きは、単なる名誉欲や征服欲の発露と見せかけて」

 ベルファから直談判を受けた日を思い出す。彼女が生まれ育ったゲイル星系を離れ、ブルート星系でディセアに仕えた事は、その時明かされていた。

(ディセアへの仕官は、アルウェ氏族の復仇(ふっきゅう)を期してだったか)

 アモルが緑星鉄を目の敵にしている。過日そう伝え聞いたスカーは、方針を修正した。

「よろしい、本題に入ろう。其方が秘事を明かしてまで、私に求める事は何だ?」

「私の復讐に、貴女のお力を借りたいのです」

 想定演算通りの答えだ。これまでの言動や足跡から察するに、ベルファは武力で帝国を打倒する事を望んでいると観る。(かな)えてやるのは、そう難しいことでもないが……。

「よかろう。其方の教示に報いよう。傭兵(ようへい)アノニム発見の褒美として、な」

「かたじけなく存じます」

 スカーはベルファの蒼眼(そうがん)を見据える。そこには隠しきれぬ(よど)みが在った。

「より良き復讐の為、まずはガゼルに(はか)るが良い」

「ガゼルに、ですか?」

 虚を突かれた蒼眼に光が戻った。スカーは悩める復讐者を、新たな道へと後押しする。

「案ずるな。其方の秘事は、我が艦隊の機密として扱う」

「……」

 ベルファは戸惑いの顔色を濃くする。

「今はそれで良い。時には見方を変える事も必要だ」

 これは己にも言い聞かせた言なのかもしれぬ。ベルファの異能と、ガゼルの意外性……その乗算の解に、スカーは新たなる知見構築を目論んでいた。


***


 講和会議終了から数日が経った。俺たちは尚も主星哨戒(しょうかい)を続けている。

『こちらは帝国軍第一四艦隊所属、補給艦隊である。貴艦への着艦を許可されたし』

「こちらダンスカー艦隊母艦モリガン。貴艦隊への自動着艦誘導を行う」

 一隻のカリガ級工作艦を、二隻のパルマ級巡航艦が護衛していた。俺はその三隻へと招待を飛ばす。母艦に格納した彼らから補給物資を受け取り、返礼に燃料と空気を贈る。

「物資の中に記録装置(データレコーダー)を確認した。中身を(あらた)めてくれ」

 補給艦隊の発艦を見送る俺へ、艦橋で当直中のルストが連絡を入れてきた。ザエト提督手配の機密文書が、この装置に保存されているのだろう。

「わざわざ輸送するなんて。量子通信で済ませれば良いのにね」

 同じく当直中のエシルが言う。近頃の彼女は、ルストと一緒に居る事が増えてきた。喜ばしいことだと思う。

「それだけ、持ち出しの厳しい情報なのでしょう」

 俺は相槌(あいづち)を打ちながらも考える。これはやはり、不正アクセス対策への不信感の現れなのだろうか。

(もしくは、時間稼ぎが目的か)

 軍備を立て直す為、帝国は時間を必要としているのは確かだ。あの役者皇帝が、何やら動き回っているとの(うわさ)も聞く。

「やはり機密文書のようです。これから分析にかけます」

 搬入した物資の簡易スキャン結果を受け、俺はルストに連絡を返す。分析機の仕様は予め入手し、収蔵管理(インベントリ)システムで出力しておいた。艦倉(カーゴ)内の作業ボットによる記録装置装填(そうてん)を見届け次第、ボクセルシステムでの解析へと移行する。

「ガゼル。頼みを聞いてくれないか?」

 艦橋の前席に座るルストが、不意に絞り出すような声を上げた。

「なんなりと、どうぞ――」

「ベルファ殿の身柄拘束を、なんとしても阻止して欲しい」

 俺の返事に、ルストの願いが(かぶ)る。彼女は思い詰めているようだ。

「いくら上官の意向とはいえ、戦友を売り渡す訳にはいかない」

 苦悩ぶりを隠そうともせず、ルストは更に言葉を続ける。

「私の師は、養父の参謀だった。だが貴方たちとの戦で、討たれたと聞いている」

 驚きの告白だ。第九艦隊追撃戦の事だと察した。あの時は俺たちが足止めをし、帝国軍を壊滅に追い込んだ。

(いた)みはすれど、恨みはしない。勝敗は戦士の(つね)だ。だからこそ、ベルファ殿のように優れた戦友を得た幸運を、私は戦神モリガンに感謝したい」

 ルストの達観ぶりに、改めて驚かされる。間諜(スパイ)として振る舞うには、彼女は実直すぎたようだ。或いは共同生活を経て、情が移ってしまったのか。

「あたしからもお願い、ガゼル。ベルファ先生を守って」

 後席のエシルの頼みに心がざわつく。ネッサと合わせ、二人分の負い目を感じていた。その一方で、ベルファには講和会議で助けられてもいた。

「請け負いましょう。私にとっても、ベルファは戦友であり先生です」

 心に従い、即答した。俺はさっそく、ベルファを助ける策を練る。


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