第七三話 渦中のベルファ(前編)
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仮想空間に円卓を置いた。今回はいつもと勝手が少し異なる。講和会議という事もあり、公平を期して人数を統一しつつ、陣営ごとに席を固めた。ダンスカー艦隊は俺とスカー、アイセナ王国はベルファとディセア、アモル帝国はユーリスとザエトが参加する。上位者が左の席に着くのが、この世界の不文律らしい。
(あのフッ軽皇帝が不参加とは……妙だな)
帝国内で何か異変でもあったのだろうか。そんな疑問をよそに、参加者たちは互いに挨拶を交わして席に着く。
「これより講和会議を開催する。列席者各位には、建設的な発言を求める」
スカーが音頭を取り、会議が始まった。まずは帝国の言い分を聴く。
「我々アモル帝国は勅命を奉じ、ブルート星系からは手を引く」
ユーリスの陳述は、皇帝クラウディアの親書を思い出させた。ブルート星系からの撤退は、宙戝の活発化が理由と判明している。だが問題の宙戝は既に、俺たちの援兵で駆逐済みだ。果たして、本当に大人しく手を引くだろうか。
「まずは宙戝共の襲撃で乱れた、ゲイル星系の治安を建て直す。帝国の転覆を図る不埒者の暗躍は、これ以上許す訳にはいかない」
傭兵アノニムのような手合いは未だ残っている。……ユーリスはそう考えているようだ。宙戝には、散々手を焼かされたのだ。躍起になるのも理解はできる。
「ついては、帝国の国家安寧の為に……ベルファ・アルウェ、貴女の出頭を要請する」
やはり帝国は……大人しく引き下がるような、ヤワな相手ではなかったようだ。
「貴女の帝国への叛意は、ロプトの証言により明らかとなった。それを差し引いても、貴女がアルウェ氏族出身である以上、我らは貴女の意向を取り調べる義務を負う」
「その義務について、説明を求めたい」
食って掛かりそうな王国勢を制しつつ、俺はユーリスに問いかける。
「拒否する。国家機密に関する事だ」
嘲笑うような声音が交じる。機密を持つのはお互い様故に、追求は難しそうだ。
「ガゼル殿」
ザエトが口を開く。……なかなか、嫌なタイミングだ。
「アルウェ氏族との確執は、我ら帝国の内政に関わる問題だ。逮捕ではなく、出頭の要請に留める我らの意思を、是非汲んで頂きたい」
内政干渉だと見なされたらしい。流石の落ち着きぶりだ。
「我々帝国は、此度のダンスカー艦隊の戦功を高く評価している。皇帝陛下御自ら、帝国臣民へ称賛の意を表するほどにだ」
俺は講和会議の推進にばかり、気を取られていた。かの皇帝の動きまでは、把握しきれてはいない。
(これは拙いかもしれない。……このタイミングで、宣伝戦を展開しているのか?)
帝国として周辺氏族を従えるアモルだ。その首脳らを相手に、政治力を発揮しようとしたこと自体が間違いだったのか。いつの間にか、帝国にペースを握られつつある。その現状に、俺は焦りを感じていた。
今度は王国の言い分を聴く。……間違いなく、荒れるだろう。
「ウチのベルファを『逮捕』? 随分とおかしな話だねぇ?」
アイセナ女王が口を開く。砕けた言葉とは裏腹に、語気には隠しきれぬ怒りが滲む。
「成り行きとはいえ、ベルファはダンスカー艦隊の一員として、アモルの為に戦ったのにさ。ゲイルはアモルの領国でしょうが。国を護って戦った者へ、『叛意』がどうのこうのと難癖付けて、アナタらは恥ずかしく無いのかい?」
「ダンスカー艦隊の戦功を高く評価している。そう申した筈だ。組織の功績と個人の問題は、分けて考えるべきだ」
熱くなるディセアに、冷たくザエトが応じている。
(……頼む。抑えてくれ、ディセア)
感情に流されれば、ザエトの思う壺だ。……ディセアを制止すべきか。だがそれは、今後の交渉で、彼女の形勢不利を招く恐れもある。
「慎まれよ、アイセナ殿。スカー殿は、『建設的な発言』を求めておられるぞ?」
――ッ!
「お待ち下さい、陛下」
場が完全にザエトに傾く……その瞬間を制したのは、当のベルファだった。
「先ずは我らアイセナ王国の見解を伝えましょう」
ベルファの即応ぶりに救われた。スカーの発言を逆手に取られ、気を乱してしまった未熟さを恥じる。
(……どうやら、ベルファに借りができたようだな)
もしもザエトの煽りにディセアが乗れば、スカーはディセアを咎めざるを得なかった。そうなれば、ザエトは更なる揺さぶりを仕掛けて来た事だろう。
「我々アイセナ王国は、此度の戦を自国防衛と捉えます。貴国とは独立を賭けた戦いを経て、一度は藩属の盟約を結びましたが、その実態は自由とは程遠いものでした」
ベルファはザエトを見据え、淡々と述べていた。
「我々が反旗を翻すに至った、内情を公表する用意があります。具体的には、アイセナ王家の相続契約、宇宙港コルツの統治についてなどです」
ザエトは表情を崩さない。不気味なほど、平静を保っていた。
「貴方がたの謳う統治と平和は、我々にとっては収奪と荒廃に過ぎません。我々はその事実を、貴国の同盟領主たちへ遍く示す事でしょう」
ユーリスが不快げな表情を浮かべる。血気盛んな年頃の彼にとっては、母国を貶されたも同然の気分に陥っているのだろう。
「皇帝は火消しに追われる事でしょうね。……それが嫌なら、我々を欺き自由と尊厳を踏みにじった、行政長官デキア・カッツの身柄を引き渡しなさい」
ベルファの眼光が鋭さを増す。ユーリスの邪念など、まるで意に介していないようだ。
「生命には生命で報いるものです」
聞き覚えのある台詞を耳にし、俺は記憶と記録を遡る。……宇宙港コルツ攻略戦の時だ。ベルファの復讐を、俺が説得し思い止まらせた。その結果、ロプトに〝復讐を果たさぬ臆病者〟として嗤われ、アルウェ氏族出身という秘密をバラされた。
(……)
講和を遠ざけるに等しい要求だ。俺は改めて、両国の対立の根深さを思い知る。
両陣営の言い分を聴き終えた。
(さて、どうしたもんか……)
帝国の非は明らかだ。侵略した側なのだから。だからといって強硬に咎めては、報復の連鎖を招くだろう。それを防ぐ為の、丁度良い落とし所が要る。
「帝国の言い分は、根拠が足りぬ。通したくば、証を示せ」
「ルスト・ティリー添乗官宛てに、機密文書を届けさせる。精査の上、熟慮されたし」
即断するスカーへ、ザエトが応じていた。機密を盾にしようとしたが、流石に分が悪いと観たらしい。穿って言えば、そんな事は百も承知だったのかもしれない。真の目的は、ディセアを揺さぶり、失態を演じさせる事にあったのかもだ。
「王国の言い分は、吟味の要を認む。資料を提示し、沙汰を待て」
「ええ。存分に吟味して頂戴」
ディセアがスカーへ圧縮資料を送信する。俺も後ほど読み解くとしよう。
(ベルファに詳しい話を聴こう)
アルウェ氏族に関して、帝国の情報だけを鵜呑みにする訳にもいかない。その一方で、ベルファは帝国への尋常ならざる敵意を抱いている。おまけに、彼女はスカーも一目置くほどの武芸者だ。彼女の心情に寄り添いつつ、帝国の訴えを円満に退けたい。
「これより審査に移ります。アイセナとアモル、両国の平和を祈念しています」
俺は第一回目の講和会議終了を宣言し、列席者たちの退出を見送った。




