第七二話 講和交渉に備えて
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俺たちダンスカー艦隊は、二個艦隊で主星ゲイルの哨戒にあたっていた。第二艦隊として、モリガン級母艦一隻、ラスティネイル級戦艦三隻、アフィニティ級巡航艦三隻を配備した。第三艦隊は、レーヴァテイン級母艦一隻、ナリ級戦艦二隻、アフィニティ級巡航艦三隻が担っている。二個艦隊に分けたのは、主星の表と裏を同時に哨戒する為だ。第三艦隊に差し向けたアフィニティ級には、旧ロカセナ艦隊艦の活動ぶりを記録させている。
因みに第一艦隊は、ブルート星系の機動要塞スカイアイルが旗艦の艦隊だ。宇宙港ロンド守備艦隊や青星鉄採掘艦隊は、この第一艦隊の分遣艦隊扱いにしている。
(今のうちに、旧ロカセナ艦隊艦の……いや、新入りの動かし方に慣れておくか)
ネッサの監視のもとで、シギュンにはロプトの記憶改竄に専念させている。シギュンが未練を示しながらも、自分たちの艦を俺に委ねてきた理由はすぐに判明した。
(……いくらなんでも、制御が甘過ぎるぞ)
新入りのハードウェアは規格外の性能を持つ一方、ソフトウェアは幼児同然の反応だ。俺はAIガゼルの助けを借り、新入りのソフトウェアアップデートを図っていた。
(これは……一杯食わされたかもな)
降伏の印として差し出された艦は、そもそもシギュンが上手く操艦できない事情があったようだ。今更だが、彼女の演算力の高さとは裏腹な、拙い操艦ぶりからも察せられた。
(とはいえ、遊び駒を作っている場合でもないか……)
使えるものは何でも使う。俺たちを滅ぼしかけた宙蝗に対抗する為だ。
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
スカーに呼び出され、俺は母艦モリガンの練兵場に意識を向ける。そこに二人の人影を観た。俯くエシルと、怒れるスカーだった。
「エシルよ。軍律における抜け駆けの罪……その重さを、知らぬとは言うまいな?」
スカーはエシルを厳しく問い詰めていた。
「……はい」
エシルは言い訳せず、追求を受け入れる。ゴードの抜け駆けのせいで、彼女の母親は戦死してもおかしくなかったのだ。だからこそ、彼女も同じ行動を取ってしまった事を、重く受け止めているのだろう。
「罪は償わねばならぬ。……其方らには罰として、素振り五〇〇〇を課す」
スカーの言い渡しと同時に、壁の一部が開く。見慣れた機械歩兵と対面した。……と、同時に俺の意識は、その機械歩兵へと押し込まれる。
「構えよ。始め!」
エシルを阻止し損ねた俺も同罪か。甘んじて受け入れよう。俺たちはそれぞれ短杖を手にし、素振りを始める。払いと突きの二連撃で、スカーが基本技として教えたものだ。
「「……」」
俺たちは仁王立ちするスカーを前に、ペースを合わせて黙々と素振りを続ける。
(九八……九九……これで、一〇〇か)
早くもエシルが疲労気味だ。スカーのプレッシャーを受けながらの素振りは、相当に堪えるらしい。
「まだ二〇〇だ。確りせんか!」
(……ん?)
スカーのカウントに疑問を抱いていると、後ろから足音がした。
「功も罪も分かち合う。それが戦友だろう?」
「殿下、お供いたします」
ルストとベルファだ。彼女らも揃いの短杖を携え、競うように同じ素振りを始める。そんな二人の介入を、スカーは咎めようとはしない。そのまま暫くの時が流れた。
「さて。私も罰を課す責を負わねばな」
……などと宣い、終いにはスカー自身も素振りを始めた。その驚異的な速度と精度は、エシルのみならず、全員を驚嘆させる。
「これにて軍律の違反は正された。皆、ご苦労だった」
五人合わせて、五〇〇〇回の素振りを終えた。微かにすすり泣く声が聞こえるが、気づかぬフリをしておくとしよう。
さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
『採掘士連中が言うには、近頃の採掘場の治安は、随分良くなってきたらしい』
パドゥキャレ同盟、ジム代表の弁だ。いつもの部品取引で母艦モリガンに招きつつ、最近のゲイル星系事情を訊く。彼の情報網には、いつも助けられている。
『お前さんたちの部品を買いたい。そんな問い合わせも増えているぞ』
「嬉しいものだ。試供品を何種類か用意しよう。上手く商ってくれ」
『……お前さん、なかなか商魂逞しくなってきたな?』
宙戝の根絶は不可能だ。いずれ、治安はまた悪化するだろう。とはいえ、奴らの大仕掛けを退けたばかりだ。束の間の平和を最大限に活用しよう。
『近隣の緑星鉄反応消失を確認。全ての跳躍発信機回収を完了と判断』
宙戝暗躍の元凶を、全て取り除けたようだ。シギュンは跳躍発信機の検知器を開発した。その仕様はスカーが検証し、適正であると判断が下されている。
『要塞スカイアイル改修実行。スカイ・ツー、スカイ・ファイブの復旧完了』
我らが要塞復旧も、あと二つの基部を残すのみ。スカーが早速、研究開発の為の改装を始めたようだ。そのお零れか、俺やネッサの演算力上昇も確認できた。
「宙蝗追跡の方向性は、間違っていなかったようだ」
どうやらスカーは、あのバッタ共の何らかの痕跡を観測できたらしい。
「宙蝗観測の精度を高める。回収した跳躍発信機は全て鋳潰し、元素化せよ」
観測精度向上には、緑星鉄が必要となるようだ。俺は素直に命令に従う。
「……それと、白星鉄の枯渇に備える必要がある。シギュンから預かった三隻を、既存の星鉄で応急修理できるようにしておけ」
白星鉄の備蓄量は、シギュンが守秘すべき機密らしい。それを踏まえたスカーの指示は、今後の戦いで修理不能になるのを防ぐ為にも、必要な措置と言えるだろう。既存の星鉄では、さすがに大幅な性能低下は免れない。外観を保ちつつ、最低限の能力は残しておきたい。
『アノニム捜索艦隊、全艦の撤収を完了した。補給と休養の後、新たに配備した艦と合わせ、順次主星へと派遣する』
ザエト提督からの連絡だ。主星を哨戒する俺たちの動きに合わせるように、ちらほらと帝国艦艇の随行が目立つようになる。……その数は、母艦レーヴァテイン率いる第三艦隊の方が、明らかに多い。監視を兼ねるのだ。致し方無い配置だろう。
王国と帝国、双方から講和交渉準備完了の連絡が入った。俺は馴染みの仮想会議室へ、皆を招き入れる準備を始める。




