第七一話 帝国と王国の目論見
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『講和交渉は、ガイウスに一任する』
「御意にございます」
帝国軍第一四艦隊提督、ガイウス・ザエトは勅命を拝していた。
(……)
ザエトの心中に、これまでの戦歴が去来する。ブルート星系への遠征は失敗。そう判断せざるを得ないだろう。幾多の兵と艦を失い、掌中に収めた宇宙港は、氏族らの手に委ねられたのだ。……その傷を癒やし、巻き返しを図るところへ、今度は宙戝共の襲撃を受けた。麾下艦隊の傷口は、更に広がってしまった。
(凶報が続けば、良からぬ事を企む属領も出てこよう)
帝国の健在ぶりを、民衆へと示す必要がある。
(討って出ねばなるまい)
強気の外交で、帝国の威を示す。やり過ぎや不寛容の誹りを受けようとも、それは一身に背負えば良い。
(……寛容とは、非情さの中でこそ活きるものだ)
自らが解任されても、帝国の名誉が守られればそれで良い。ザエトは国家への忠節を捧げ、自身の進退を賭ける肚を決めた。
宙戝艦を接収したダンスカー艦隊が、主星の警戒に当たっている。その後詰めを装い、ザエトは密かに映像会議の場を設けた。
「ティリーは引き続き、兵を募って錬成せよ。第九艦隊の増強に努めつつ、主星警戒要員を抽出するのだ」
ザエトは時間を惜しむように指示を繰り出す。
「ユーリスは採掘場の治安維持に当たれ。先の防衛戦で、功あった者に報いよ」
本国から援助された軍資金を、それぞれに割り振る。
「ロカセナの手の者が、未だ燻っておる可能性もある。十分に報いてなお、不満を漏らす者には容赦はするな」
不安に乗じて不逞を働く者も出てくるだろう。民に厚情を示し、不義は罰する。帝国の要衝たるゲイル星系を安定させる事は、帝国の威信回復への必須事項だ。
『意見具申。帝国の威を高め、アイセナ氏族の弱体化を図る策がございます』
「うむ。申してみよ」
参謀ユーリスの提言に、ザエトは若干の懸念を抱く。ユーリスは傭兵アノニムの一件で失態が続き、功を焦る素振りを見せているからだ。
『アイセナの参謀、ベルファに出頭を命じるのです。全てのアルウェ氏族は、取り調べねばなりません』
過日、皆を罵倒したロプトの指摘で発覚した事だ。あの狼狽ぶりは、事実と認めたも同然と観るべきだろう。
『族長ウェルク・アルウェの死を以て、彼の氏族は赦されたのでは?』
「……それは、表向きの話だ」
ティリーの困惑に、ザエトは重い口を開く。
「アルウェ氏族には、面妖な秘術を使う者たちが居た。恭順の受け入れは、その者らの実態把握と封じ込めも兼ねているのだ。参謀部筋の機密ゆえ、口外はせぬように」
驚愕するティリーに、ザエトは念を押す。
『出頭に応じなければ、逃亡犯罪人として手配するまでです。アイセナ氏族が庇い立てをすれば、族長ディセアを咎める口実にもなるでしょう』
「いずれにせよ、アイセナ氏族への牽制にはなるか。……よかろう」
ザエトはユーリスの献策を容れ、来たる外交戦への準備を着々と進めた。
(ダンスカー艦隊への干渉は、アイセナ氏族を切り崩してからだ)
狙撃された巡航艦が、撃破を免れたカラクリも気にかかる。かの艦隊が中立と見せかけ、裏で繋がるアイセナ族長を餌に、動きを封じ込めるとしよう。
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盟友スカーが設えてくれた仮想会議室にて。アイセナ王国女王ディセアは、愛娘のエシルと再会していた。その傍らには、頼りとしている参謀ベルファの姿もある。
「最近の宇宙港ノーフォは、どんな感じなの? お母様」
「随分と活気が出て来たねぇ。皆、新型艦の訓練に励んでるよ」
ディセアは近況を伝えながらも、エシルの一挙一動に注目していた。
(この子は本当に……何事も無かったのかな?)
あの日、激情に駆られるがまま暴走した娘の艦は、確かに敵の狙撃を受けていた。その惨劇は、今もディセアの脳裏に焼き付いている。
「……それはそうと、スカーにはちゃんと謝ったの?」
そう問い詰めると、娘の目が泳いでいた。
「まだなのね?」
「……ゴードに腹を立てた後の記憶が、今もあやふやなの。気がついたらガゼルに起こされてて。……ちゃんと思い出して、心から謝らないといけないのに。……ごめんなさい」
思い出せぬと語る娘の言葉には、真実味が感じられた。あくまでも、母親としての直感に過ぎなかったが。
「思い出せない事を正直に明かして、今すぐスカーに謝って来なさい!」
「は、はい! いってきます、お母様!」
仮想会議室から退出する娘を見送り、ディセアは溜め息をつく。娘の失態以上に、もっと頭の痛い問題について、これからベルファと話し合わねばならないからだ。
女王ディセアは、参謀ベルファとの情報共有を急ぐ。
「スカーたちは、帝国の傭兵になったんだってね?」
「ええ。最初こそ侮りの観える扱いでしたが、嚇々たる戦果で覆しました。ダンスカー艦隊は今では、帝国から軍神の如く崇められています」
あの傲慢な帝国人らの崇拝を集めるとは。ディセアは友人として、ダンスカー艦隊の活躍を誇らしく思いたい。だが為政者として、素直に喜べない側面もあった。
「ダンスカー艦隊と帝国を、強く結びつけてはいけないね」
「ご尤もです。帝国がブルート星系の再侵攻を企てた場合、尖兵としてダンスカー艦隊が動員される恐れがあります」
ディセアの見解に、ベルファが同意する。
「帝国に揺さぶりをかけるよ。アタシたちの相続契約を守らなかった件を使おうね」
ブルート星系での戦いの発端となった出来事だ。最早、懐かしさすら感じてしまう。
「契約を反故にした首謀者は、帝国の行政長官と観ます。宇宙港コルツ攻略の際は、行方を掴めませんでした。彼の者の身柄引き渡しを求め、帝国の出方を観るのも手でしょう」
「大方、すっとぼけるんだろうけど……そういう不義理な態度を取らせるだけでも、意味があるね。帝国は信用ならないって事を、スカーや他の同盟領主たちにも報せよう」
ディセアはベルファと意見を交わし、帝国を牽制する方策を練る。
話し合いを進めつつ、ディセアはベルファと出会った頃の事を思い出していた。
(ベルファは昔から、名しか名乗らなかったな)
嘗ては銀河規模の大戦も交えたのだ。この乱世では人命は容易く死へと転び、人の繋がりは脆くなるばかりだ。その拠り所を、家族に求めても到底足りない。共通の祖先を持つ家族どうしが寄り合い、氏族として纏まっても、共同体の存続は危うかった。人々は互いの身分証明の為、名に続けて氏族名を名乗るのが当たり前となっていた。
(氏族名を名乗れないのは、珍しいことじゃない……けれど)
氏族規模で群雄が割拠する時代だ。敗れた氏族は、丸ごと滅ぼされる事も有り得る。ベルファの氏族はそうした族滅に遭い、難を逃れた彼女は氏族名を隠したのだろう。……そう、見当をつけていた。
(まさか、アルウェ氏族の出だったとはね)
今のアモル帝国は度々苦境に陥り、過去に何度も滅びかけた。アルウェ氏族は、そうした難局を作り出した〝アモルの好敵〟の一角として、かの国の歴史に名を遺している。そんな重大な秘密が、アモル帝国の将帥らに知られてしまったのだ。
「……ベルファ、いつも有難うね」
参謀の蒼眼がディセアを捉える。その眼の奥底には、疲れとも焦燥ともとれる淀みが感じられた。
「アナタはアタシの直参として、本当に頑張ってくれている。これからも一緒に、帝国に対抗していこうね」
帝国からの干渉は突っ撥ねる。その意思表示も込めたメッセージだ。
「勿体無いお言葉です」
ベルファは瞳を閉じて拝謝する。その様を、ディセアは慰め労るように見つめていた。




