第七話 ボクセルシステム
『ガゼル。お主の判断で戦支度にかかれ。情報にも目を通しておくように』
王女殿下を居室に招いた我が主が、就寝前に通話でそう命を下してきた。
「了解。良い夢を」
寝食を共にする二人の安息を願い、星鉄の採掘へと向かう。フィブラ・クウェハの艦橋は既に降ろした。代わりに二人分の食料や生活用品を積んである。謝礼として得た電子通貨で買い求めたものだ。とある岩石の小惑星帯を持つ惑星へと辿り着き、戦艦ラスティネイルの分解機に光をともした。
(さて……どっちの『戦支度』から始めたものか)
俺たちは二つの戦に備える必要がある。一つ目が、要塞スカイアイルを復旧させる為の戦いだ。そして二つ目が、これから起こすディセアたちの戦いだ。正直、二正面作戦をやるのは厳しい。だが、やらねばならぬ。AIガゼルの規約と女王の強権がそれを物語る。
(直近の問題は、影からディセアを助けること。できるだけ損耗を抑えて戦うとなると……)
装甲の素となる青星鉄を無心に掘り集めつつ、ディセアに提示された条件に目を通す。取引・採掘・残骸回収・宙戝討伐……このブルート星系でのあらゆる合法な活動を許可されている。その条件として、エシルの安全を守ることが明記されていた。後継者を同盟の人質に差し出すなど、大胆が過ぎると感じられる。しかし、その後継者を守るべき事情ができた。強かな女王の采配だと思っている。
(やはり……狙撃だな)
戦艦は装備換装し、採掘を代行する工作艦を新造する。エネルギー周りの艦設備――例えば、発電機や蓄電機など――を造るには赤星鉄が有効だ。だが、赤星鉄はこの宙域で採掘するのは難しいという。ならば採掘以外の手を使おう。ちょうど良さげな反応が、真後ろから急速に近づいて来ているようだ。
『防盾被弾。入射、六時上方』
ログが吐き出される。真後ろから撃ち降ろし砲撃を受けた。艦首を跳ね上げ、急速反転をかける。採掘中の為、既に砲門は全て開いていた。
『敵艦A、防盾喪失……撃破』
先に撃って当てた以上、言い逃れの余地は無い。襲って来た歪な宙戝艦は、瞬く間に残骸と化した。スカーたちが眠る居室は、艦橋よりも強力な慣性制御と、安定した人工重力装置を備えている。今の機動が、安眠を妨げることは無いだろう。
爆発で飛散した宙戝艦の残骸へ向け、能動探査をかける。赤星鉄の反応が強い残骸を見つけ、艦を寄せた。
(まるで捕食行動だな……)
分解機の白く眩しい光を残骸にかざす。赤星鉄を含む金属材を分解すれば、赤星鉄を元素として収蔵管理に備蓄できる。塵も積もれば何とやらだ。
『こちらアイセナ王国輸送艦ウェイブニー、襲撃を受けている! 助けてくれ!』
急報の発信源へ向かい、巡航解除した。戦艦ラスティネイルの走査機をフル稼働させ、輸送艦ウェイブニーの周囲を詳しく調べる。
輸送艦ウェイブニーは三隻の宙戝艦に襲われていた。……もう少し詳しく言おう。戦艦ラスティネイルには、アイセナ王国が発行する正規IDが紐付けられた。王国が持つ賞金首データベースにもアクセスできる。走査結果とデータベース情報を照らし合わせ、宙戝と確認したということだ。
「我、アイセナ王国特務艦ラスティネイル。貴艦を救援す」
王国特務艦……ディセアから得た偽装用の所属だ。偽装してまで正規軍に組み込むなど、いろいろと問題がありそうだ。しかし俺たちにとっては、有り難い措置ではある。
『敵艦A、防盾喪失……撃破』
ログが流れ、宙戝艦を一隻撃破する。残りの宙戝艦が反転し、退避行動に移った。逃げ足の速さが実に宙戝らしい。ひとまず見逃す。今最優先でやるべきは、輸送艦ウェイブニーの安全確保だからだ。
『助かった。被弾で艦長が亡くなり、一時はどうなることかと……』
ウェイブニー乗組員からの通信が入る。おそらく副長だろう。地は快活な好青年を思わせる男声には、混乱と焦りが感じられた。ウェイブニーの左舷前方で艦を停め、雁行陣を敷いた。
「ウェイブニー、通信出力を絞ることを推奨する。危機は未だ去っていない」
語彙が足りない。もどかしい限りだ。過剰出力で通信すれば、新手を呼び寄せる恐れがあるのは事実だが。
「ウェイブニー、巡航は可能か?」
『……いや、無理だ。ハイパードライブをやられてしまった』
襲撃前の巡航阻害で壊されたか。巡航無しでは最寄りの港に着く前に、乗組員が餓死してしまうだろう。巡航阻害を重犯罪や宣戦布告と見なす理由がこれだ。この広大な宇宙でハイパードライブを壊すことは、時として即死より残酷な結末をもたらす。
「保証はできないが、交換部品の手配を試みる。貴艦の詳細走査の許可を乞う」
詳細走査とは、その艦の構造を隅々まで調べる行為だ。余程でなければ、まず断られる。下手をすれば、交戦の切っ掛けにもなり得る。
『賭けてみる。やってくれ』
「了解。詳細走査実行」
事前の許可を得て、ウェイブニーを詳しく解析する。問題なく走査できるのを確認した。そして切り札とも言うべき、とあるシステムの起動準備に入った。
『ボクセルシステム起動準備。起動まで一〇秒』
命令にシステムが応える。これは俺にとっては、現実離れした卑怯技に見える。しかし、使えるかは確認しておきたい。
(切り札をケチって死ぬなんてのは、本当に馬鹿らしいからな……)
そう自分に言い聞かせ、人助けにかこつけた動作テストに移る。
『ボクセルシステム、起動完了』
視界がグレースケールな仮想空間に置き換わる。輸送艦ウェイブニーの設計図が立体的に投影されていた。投影上のウェイブニーが、ハイパードライブ機構の機能不全を告げる。そこを注視し、ハイパードライブの状態を確認した。
損傷していたのは、安全装置のみだった。これなら大人ひとりで運べるほどの、サイズや重量で済むだろう。
『ハイパードライブ安全装置、復元実行』
戦艦ラスティネイルの収蔵管理システムに対し、輸送艦ウェイブニーのハイパードライブ安全装置の即時製造を実行した。
ボクセルシステムを終了させ、艦倉内カメラへと視界を切り替えた。安全装置は既に、収蔵管理システム付属の出力装置から生産済みだ。箱詰めで保管されている。
「ウェイブニー、我に交換部品の備蓄あり。搬送する。艦倉を開けられたし」
小型ロケットのような作業用ドローンの腹に交換部品を持たせ、ラスティネイル底部の小型ハッチから飛び立たせる。すぐさまドローン先端のカメラに切り替え、部品配達先のウェイブニーの艦底部へ、ドローンを接近させた。やや間があり、ドローンはウェイブニーの底部艦倉へ吸い込まれた。
『ありがたい……これで帰れる。今、うちのメカニックが受け取った』
「了解。ドローンを回収。警戒を続行する。換装作業に着手されたし」
出張したドローンが帰艦し、暫くの後にウェイブニーも部品交換を完了した。
『ハイパードライブ、オンライン。……救援、感謝する』
「引き続き、貴艦の職務を全うせよ。健闘を祈る」
応急修理を終えた輸送艦ウェイブニーを見送る。……一応、しばらく彼らの動きを聞き耳で追っておこう。新手が襲ってくる可能性もある。
この救助でやりたかったことは二つだ。一つ目は、この星系の艦艇データ集めだ。それはたった今、初めの一歩を踏み出せた。そして二つ目は……。
(……)
眼前には交戦で生じたらしい、夥しい残骸が散らばっている。その中には、護衛の任に殉じた王国艦のものもあるだろう。許可された残骸回収事業だと、頭では分かっている。だが仮とはいえ、今の俺は王国所属扱いだ。正直、やるせない気持ちもある。
俺はせめてもの黙祷と、謝罪の念を捧げる。……その後、生き残る為の捕食行動に移った。




