第六九話 ロカセナ艦隊の処断(後編)
「僭越ながら……シギュン殿の身柄は、私が直接引き受けさせて頂きたい」
皆の注目が俺へと集まる。アイセナ、アモル、ダンスカーの三陣営が、それぞれの利害を抱えて言葉を交わしているのだ。その雰囲気に呑まれぬように、公正な最適解を提示する必要がある。
「私はブルートとゲイル、両方の星系事情を、ある程度把握しています。その上で、貴方たちと我々で、和平を実現します」
ベルファとユーリス、両国の参謀たちが表情を険しくする。……気にはなるが、怯まず言葉を続けた。
「その障害となった不正アクセスの件は、既に対策の実施を完了しました」
正確にはAIネッサが、だが。彼女は故あって、この仮想会議には参加しないらしい。
「わたしが皆様への諜報を行ったのは事実です。ダンスカー艦隊に関しては、対策された事も確認できております。後はわたしの身柄をダンスカー艦隊の預かりとすれば、情報漏洩の再発は完全に防ぐ事ができるでしょう」
淡々としたシギュンの口添えには、並々ならぬ覚悟のほどが感じられる。……密約を知らぬ皆には、そう観えていると願いたい。
「シギュン殿への尋問は、ロカセナ艦隊の卓越した技術を、平和利用する為に行います。王国と帝国、双方の機密は探りません。……ご承認頂けますか?」
場が微かにざわつく。ロカセナ艦隊の技術を卓越したと表現したからだろう。王国にしろ帝国にしろ、ダンスカー艦隊の技術ですら規格外扱いだからだ。
(迂闊に手を出すのは危険すぎると、気づいてくれ!)
和平実現へ向けての提案は成った……かに思えた。
「白々しい芝居は止せ! 貴様の甘言には乗らんぞ!」
参謀ユーリスが声を荒げた。続けて彼は、居並ぶ上司らへの熱弁を振るう。
「この傭兵共が、帝国を侵さぬ保証がどこにありましょうか? 取り込んだ技術をも使い、帝国へ仇為すに違いありませぬ!」
言いようは酷いが、心配はごもっともだ。……スカーへの反撃かもしれないが。
「しかもなぜ! 首謀者のロプトではなく! こんな端女のような者の降伏を!」
さすがに言い過ぎだ。ユーリスは既に、冷静さを大きく欠いているように観える。
「悠長に人質など取らせず、ロプトともども処刑すべきでしょう!」
「ロプトの処刑は、私も賛成だな」
怒れるユーリスが真顔に戻る。そう仕向けたのは、スカーの意外な答えだった。この二人には因縁がある。その相手が味方した事に、ユーリスは戸惑いを隠せないようだ。
「我がアモルは、寛容を美徳とする。……が、ロプトとやらには、そうもいかぬな」
「アナタらが本当に寛容かは疑問だけど……処刑には同意だねぇ」
芝居がかった皇帝の嘆息に、すかさず女王が応じていた。利害の異なる三陣営が、ロプトの処刑で一致する。
「……」
剣呑な雰囲気の中で、シギュンは沈黙を保っていた。ロプトの助命は彼女の願いであり、俺はそれを叶えてやる必要がある。だがそれは、皆の反感を買う苦難の選択と同義だ。
(なによりも、スカーもロプトの処刑に賛成なのが痛いな……)
信頼を回復すべき管理者に対し、また反抗する羽目になる。なんとも難儀な状況だ。
(だからと言って、受けた恩を仇で返す訳にもいかん)
劣勢を引っ繰り返す為、俺は次の一手を必死に考えていた。
俺は人間としての良心と、AIとしての使命の狭間を、全速で駆け抜ける道を選んだ。
「ロプトを死刑に処すのは、かえって禍いを招く恐れがあります」
多分に推測を含むが、やってみよう。やらぬ後悔よりやる後悔だ。……転んじまったら、その時また考えればいいさ。
「私はロプトが蛮勇と勇敢を履き違える様を、何度も観測して来ました」
模擬戦時の危険操艦、ザエト総督の要撃陣への無謀な突撃、掌握不十分な混成軍での兵糧攻め……極め付きは、スカー相手に口先で勝ちを得ようとした事だ。
「それらは一つ間違えば、死と隣合わせの行動ばかりです。……しかし、自身の死に対する備えができていたとしたら、いかがでしょう?」
エシルの死がフラッシュバックする。忌まわしいボクセルシステムで、無理矢理無かった事にした過去だ。だがその代償は、あまりにも皮肉だった。忘れ得ぬ過失として、俺の脳裏にしっかりと刻み込まれている。
「ロプトは死と同時に、転生する可能性があります。ならば仮死状態のまま、監禁するのが最善と私は判断します」
全員へ言って聞かせる形をとってはいる。しかし実際のところは、スカーへの説得を期した論理展開だ。
スカーとシギュンを除き、皆が一様に困惑の顔色を浮かべていた。
「大真面目に……言ってるんだよねぇ? ガゼル君」
「勿論です」
思案顔の母親に応える。娘の身に起こった事を、暗に探られたのかもしれない。
「貴君がそう推察するのであれば、余も熟慮する必要があるな」
クラウディアが宣った。彼が纏う雰囲気は、役者から皇帝へと戻りつつあるようだ。
「事実、ガゼルはロプトを仮死状態へと追い詰めておる。……その作業は、シギュンに担わせた上でな」
「「……ッ!」」
スカーの暴露に、皆が凍りつく。正確には記憶改竄プロセスだが、それが効き過ぎたロプトは昏倒した。以後のプロセスは今、彼の配下だったシギュンの手で継続している。
(嘘ではないが……だいぶ、語弊があるなぁ)
メインAIを危険に陥らせた身だ。多少の誹りは、黙って甘受するとしよう。
「ガゼルは其方らが思うほど甘くはないぞ。ここは我らに任せて貰おうか」
スカーの脅しが効いたのか。帝国はあっさりと、ロカセナ艦隊の処断を一任する旨を表明した。王国もそれに倣い、ひとまず最大の懸案事項は決着する。
「ご承認、誠に有難うございます。当座の主星守備はお任せ下さい」
ゲイル星系の主星守備艦隊は、ロカセナ艦隊の手で壊滅させられた。その再編が成るまでの間は、俺たちダンスカー艦隊がその任を担おう……そんな、純然たる善意を向けた、つもりだった。
「それは心強い。『ゲイルの機神』と名高い貴君らの直掩は、我が帝国将兵らの大いなる励みとなろう」
にこやかに応じる皇帝の影では、明らかに帝国将帥らが浮足立っていた。……特に参謀ユーリスの顔色は優れないようだった。事情も知らずに、ダンスカー艦隊糾弾の口火を切ったからだろう。
(まぁ、こちらの思惑に沿ってくれた事は……喜ぶべきか?)
真意はどうあれ、こちらの申し出に沿う形で帝国勢は動いている。傭兵アノニム捜索や、その後のロカセナ艦隊来寇のいざこざで乱れた艦隊配置は、平素のそれへと戻りつつあった。
「講和交渉へ向け、意見の擦り合わせを行って下さい。我らダンスカー艦隊へ出向中の皆様も、いちど原隊へ復帰を。ロカセナ艦隊による盗聴は、完璧に対策済みですので」
そう伝えたものの、反論こそしないが盲信はせず……帝国の雰囲気からは、そんな態度が感じられた。一方の王国からは、動揺の素振りは感じられなかった。
(物事に絶対などありはしない、か……)
脅しの反動とは理解している。不安の赴くまま、邪推を並べ立てられるよりは……今のこの状況はマシなはずだ。
王国にしろ帝国にしろ、それぞれの悩みを抱えているのは把握済みだ。だからこそ、余計ないがみ合いをさせる暇など無い。……それは宙蝗への備えを急ぎ、要塞の復旧を推し進めるべき俺たちダンスカー艦隊も同じ事が言える。まずはシギュンの意向に沿えた事を喜び、俺はダンスカー艦隊の今後について話し合う場を設けた。




