第六八話 ロカセナ艦隊の処断(前編)
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『メインシステム、再起動完了』
『メインAI■■■■、ノード〝スカー#A〟に接続完了』
スカーの視野の片隅で、異変からの復帰を告げるログが流れている。
(ふむ……。義体の調子は戻ったようだな)
量子電算機化したスカーの脳は、気絶の間に過冷却を起こしていた。過冷却は全身に及び、介抱したベルファを驚かせてしまったようだ。
(やれやれ……機密を保持せねばならぬな)
この姿形が機械仕掛けの依代に過ぎぬことを、ベルファには悟られたと観るべきだろう。ダンスカー艦隊の中枢たるメインAI……それこそが、スカーの本体だ。スカーの本体は突然の過負荷を被り、依代の遠隔制御に割く力を奪われた。その結果依代は、得物を取り落とし倒れるに至ったのだろう。
その原因を作ったと思われるガゼルから、説明の圧縮資料を幾つか受け取る。エシルの蘇生とネッサの誕生……これらの経緯は、スカーの識るところとなった。
「まったく……お主は私を愉しませてくれるものだな」
「攻勢に偏り、拙速に過ぎたことをお詫びいたします」
悄気るガゼルに、スカーは心中で苦笑していた。
(臆病だったお主が、随分と果敢になったな……)
未だ荒削りなれど、好ましいことだ。
「まぁ、良かろう。……ほかにも、処断すべき者が居るようだな?」
「ええ。この度AIガゼルの麾下となりました、AIシギュンと申します」
敵母艦の艦内放送として、名乗りを受けた。
『メインAI■■■■、AIシギュンとの情報同期開始』
それと同時に受け取ったデータは、スカー本体の復旧活動についてだった。その中には、本体と依代との接続を検知した事も記載されている。
(此奴は私の正体に気づいておるな)
スカーはデータを精査しつつ、慎重にシギュンを見極める。
(私ではなく、ガゼルに仕えたか。……小癪な真似を)
ガゼルを仲介させることで、互いの影響を最小限に留める。シギュンがもしも造反を企てたとしても、まずはガゼルに異変が生じる結果となるだろう。スカーが早期に察知し対処し易いよう、配慮したとも受け取れるが……。
「うむ。其方はガゼルのもとで、忠勤に励むが良い」
機密保持としては、シギュンを受け容れざるを得ぬ。それは同時に、新たな外交の火種となり得る事を、スカーは〝予見〟していた。
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『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
俺はロプト捕縛に沸く帝国軍へ宛て、軍議の開催を提案した。議題はロカセナ艦隊の処遇についてだ。帝国軍は戦闘で入り乱れた隊伍を素早く整え、次の行動への備えを取る。俺はその練達ぶりに舌を巻きつつ、仮想会議室の準備を完了した。例の円卓を置き、俺に次いでスカーが席に着く。それを見届けた俺は、場を帝国諸将にも解放する。
「ダンスカー艦隊の勇戦へ、余は心からの感謝を伝えたい」
すぐさま現れた貴人が、隣席のスカーへと告げている。高い立場に反して、フットワークの軽すぎる皇帝クラウディアだ。
「身の程知らずを誅したまでだ。貴国の傭兵としてな」
スカーは悠然と応じている。……その言葉尻に潜む抗議が厭らしい。
(場外乱闘は勘弁してくれ)
胃痛の幻に苛まれる俺は、仮想会議室への入室申請を順次処理していた。
「スカー! 無事で良かったぁ」
盟友ディセアが現れる。その大声は、スカーの邪気を祓うかのようだ。
「……うむ。其方の娘も無事だ。心配かけたな」
スカーの連絡に、ディセアが安堵する。その様を皇帝クラウディアは、とても感慨深げに見つめていた。
「失礼した。子を思う貴女が眩かったのだ」
ディセアの視線に気づいた皇帝が弁明する。彼の血生臭い後継争いを知り、俺は密かに同情の念を抱いていた。
「某もアイセナ殿を見習うべきですな」
ティリー提督が後に続く。娘を差し出した父として、彼も思うところがあるのだろう。二人の敬意を受けたディセアは、我に返って居住まいを正す。ここから先は、アイセナ女王として振る舞う腹を括ったのだろう。
その後は参謀ユーリスやザエト総督らが合流した。やや遅れてエシルが席に着き、ルストが続く。最後に現れたのは、思い詰めた顔をしたベルファだった。
「顔ぶれは揃ったな。では、降将シギュンをここへ」
「了解」
スカーの指示に応じ、俺は仮想会議室を操作する。円卓の中央に空間を作り、円環の卓と成す。周りを取り囲まれ、やや見下されるその位置へ……直立不動の人影が現れた。
「元ロカセナ艦隊所属、シギュンと申します」
白装束の彼女は、人の姿を取っていた。修道女のような頭巾と、質素なエプロンドレスらしき衣服を纏っている。亜麻色のミディアムヘアーで肌は白い。一見すると、素朴で家庭的な印象を受ける。
(……だが、油断はできない……か)
彼女の正体は、計り知れない性能を秘めたAIだ。それは秘密にするとの指示を、スカーから受けている。俺の知らないところで、彼女らが話し合って決めたようだ。
「わたしはダンスカー艦隊に降伏します」
「我がダンスカー艦隊は、この降伏を受け入れる所存だ」
シギュンの宣言に、スカーが応える。さすがに帝国将帥らが気色ばんだ。ロカセナ艦隊の長、ロプトの振る舞いを考えれば、無理も無い事だろう。
「待たれよ。此度の戦は、ロカセナ艦隊による帝国領への侵攻である。その構成員の身柄は、当事国である我らアモルが引き受け、裁くのが道理ではないか?」
ザエト提督が異議を挟む。以前の彼なら、身柄引き渡しを強いた事だろう。何せこちらは、隷下の傭兵扱いだ。言葉を選んで交渉としたのは、俺たちダンスカー艦隊の帝国領への貢献へ、礼を尽くした為と観える。
「貴国の言い分は尤もだ。だがロカセナ艦隊は、我がダンスカー艦隊へ不正アクセスを行った事実がある。その発端は、貴国との傭兵契約締結以前に遡るが故、我らは貴国に先駆けて尋問する必要がある」
ザエト提督の言い分を受け止めつつ、スカーが自論を述べている。彼女なりに礼を返した結果だろう。彼女の言う〝発端〟とは、模擬戦後のゴードの返信を指しているようだ。
「時系列で言うならば、ロプトとやらが、我が皇室の秘密に明るい点も考慮したいものだ。我が母や弟の変事は、貴女らが我が帝国への戦端を開く以前の出来事であるからな」
皇帝クラウディアが、自身の醜聞をにこやかに蒸し返す。彼が咎める〝戦端〟とは、俺たちと第九艦隊の戦いを指しての事だろう。
「ロプトはゴードとして、アタシらアイセナ氏族やトルバ氏族の内情も把握してる。その側近の身柄を、アナタたちに抑えられるのは好ましくないねぇ」
女王ディセアが和やかな表情を湛え、皇帝を牽制する。その眼光は鋭かった。帝国に侵略された彼女らにとっては、情報漏洩を防ぎたくなるのは当たり前に思えた。
(このままではまずいな……)
シギュンに対しては、ダンスカー艦隊の機能不全を復旧して貰った義理がある。だからこそ、スカーも彼女の臣従を受け容れた。こうした密約を伏せて公正を装いつつ、俺たちがシギュンの身柄を引き受ける。俺はその為の一手を考え始めた。




