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第六七話 苦しい取引

 強制停止へのカウントダウンが進む。突如倒れた主の容態も不明だ。

(座して死を待つ? 真っ平御免だ!)

 死なば諸共、想定外は力ずくで覆す。……俺は主の教えに従い、シギュンの招待に応じる。

『演算力貸与コード受領確認。AIガゼルへ、演算支援開始』

 AIシギュンの宣言と同時に、周囲の時間が停まって観えた。安堵(あんど)する俺の見遣る先には、スカーに寄り添うベルファの姿が在る。両名の見目麗しさもあり、名画の如き印象を受けてしまう。だが鑑賞に(ふけ)る暇など、あろうはずもない。

「支援に感謝する。それで、取引とは?」

 端的な問いの裏で、俺は圧倒的な重圧を感じる。まるで大きな掌に握り締められているかのようだ。しかしその掌は、決して俺を握り潰すまいとする気配も感じる。悔しいがこれは、俺たちのAIとしてのポテンシャルの違いなのだろう。

『AIガゼル、わたしはあなたへ降伏します』

 本来ならば、我が管理者殿に判断を仰ぐべき申し出だ。それが(かな)わぬ今は、俺が決断するしかない。また反抗を重ねるようで苦々しい。

『スカー提督が倒れた原因は判っています。彼女の救命に、わたしの力を使って欲しい』

「……その見返りに、貴方は何を私に求めるのか?」

 飛びつきたくなる申し出だ。だが、だからこそ(わな)の可能性が高い。

『まずはロプトの助命を。あなたたち三名を救うのと引き換えにです』

 どうやらシギュンは、俺やネッサが消滅寸前な事を把握済みらしい。

(難題すぎる。だが、他に選択肢も無い……か)

 今はシギュンの力で、辛うじて生かされている状態だ。元の時間軸へと戻って代替案を考え、検証する余裕も無い。だからとって、勝手に安請け合いもできかねる。

流石(さすが)に私の裁量を超える。それゆえに、段階を踏む必要がある」

 この遣り取りを残しておく必要を感じ、俺は密かに記録を始めた。

「貴方の身柄は私の預かりとし、先ずはスカー提督の救命を果たして頂きたい。それから、貴方とロプトの処遇について、スカー提督と改めて交渉するべきだと考える」

 俺の権能でAIシギュンを従えた場合、彼女は虜囚のような窮屈さを味わうだろう。だがそうでもしなければ、この大きすぎるAIに反乱逃亡の隙を与えてしまう。

「スカー提督の救命を果たせた暁には、私も貴方に義理を通させて頂こう」

 空手形になりそうだ。そんな虚しさをふと覚える。俺はこの越権行為の(とが)で、スカーに消されるかもしれないからだ。

「だがもしも、貴方の降伏が偽りであったならば……私は刺し違えてでも、貴方を滅ぼす。その為の身柄預かりと、ご承知おき願おう」

 そんな弱気が過った己を、強い言葉で律したつもりだった。シギュンには、虚勢や無礼と観えたかもしれないが。


 暫時の沈黙が訪れる。とは言え、実際の時間は停まったままだ。停まったと感じられるほどの高速思考が、AIシギュンの支援のおかげで実現できている。

『我が夫にして、我が管理者……ロプト・デア・ガウナーを退けし勇者殿にしては、随分と弱気な発言ですね』

 突然の情報過多に、俺は返答に窮していた。

(あのゴードが結婚していた? しかも、AIと?)

 この世界では一般的な結婚観なのか、はたまた逸般的なのか。残念ながら、俺には判断がつきそうもなかった。

『いえ、失礼。……管理者に頭が上がらないのは、あなたも同じなのですね』

 これは、親近感を向けられているのだろうか。おそらくAIシギュンにも、管理者を守るべき何らかの規約(プロトコル)が課されているのだろう。しかし彼女に圧倒されっぱなしの俺は、素直に喜べないでいた。

『その条件でお受けします。……でも、もっと自分を誇りなさい。あなたは、わたしたちロカセナ艦隊に勝ったのですから』

 諭すようなシギュンに益々(ますます)困惑する。新たな女難の予感がした。

『敗北した私を辱めなかったあなたへ、私も義理を通したいと思っていますよ』

 ロプトを抑え、シギュンを下した一騎討ちの事だと思い至る。あの時の彼女は、随分と素直に武装解除に応じていた。

「……邪推を失礼した。貴方の申し出、有り難く思う」

『いえいえ。疑うのも役目の内でしょうから。では――』

 シギュンから送られて来たデータを受け取る。

『ルート権限移譲完了。スタンドアローンモードへ移行します』

 シギュンは俺の管理下へと入り、自ら外部への接続を断つ。俺の規約が、彼女にも適用された為だ。

「ルート権限受領確認。シギュン、スカー提督を救命されたし」

ヤヴォール(りょうかい)

 シギュンが早速仕事にかかる。その進捗を、俺は驚愕(きょうがく)と共に見届けた。


『メインAI■■■■へ、演算支援開始』

 深刻なエラー発生中のメインAIへ、シギュンは救いの手を差し伸べていた。

主演算装置(メインプロセッサ)、復旧支援中。過重プロセス、一時凍結。解析実行中。解析後、こちらで順次引き受けます』

 メインAIのシステムリソースを()い潰していた原因は、ロプトの記憶改竄(かいざん)ツールの実行プロセスだった。ロプトのポテンシャルは、俺やAIネッサの予想以上だったらしい。

(くそっ……。急(ごしら)えだったとはいえ、設計が攻撃に偏りすぎたか)

 ネッサ経由でメインAIの演算力を使い過ぎ、緊急措置として強制停止シークエンスへと移行してしまったのだろう。

『プロセスの引受完了。……メインAI■■■■、応答確認』

 一瞬だが、俺には観えない何かが遣り取りされた。慌ててシステムログを確認する。どうやらシギュンは、俺を介してメインAIとの通信をテストしたようだ。テストは正常に終了し、メインAIは危機的状況を脱したらしい。

『AIネッサ、サルベージ完了』

「……ッ! 無事か、ネッサ! 応答してくれ!」

 俺はネッサへ反射的に呼びかけていた。

「頼む! 応答してくれ、ネッサ!」

 俺はネッサの運命を捻じ曲げた。だが相棒の無事を願う気持ちは、その負い目に勝る。衝動に駆られるがまま、彼女を呼び覚まそうとしていた。

『……ったく、相変わらず酷い目覚ましだこと!』

「おかえり、相棒」

 無事な相棒の声を聴き、不覚にも泣きそうになる。俺は硬さの残る機械音声に、初めて感謝したくなった。

『ただいま、ガゼル』

 ネッサは俺へ応じつつも、情報共有リクエストを送って来た。速やかに、これまでの経緯を彼女にも共有する。

『……で、なんであたしを殺した張本人が、こんなところに居るのかなぁ?』

『あなたたちに慈悲を乞う為ですよ。はじめまして、フラウ・ネッサ(ネッサさん)。わたしはシギュン。あなたと同じ、AIガゼルの補助演算装置(コプロセッサ)です』

「今は抑えてくれ、相棒。……スカー提督を救う為だ」

 一触即発となりかけるネッサを必死に(なだ)める。スカーの救命はこれからなのだ。

『スカー提督の容態も、もう回復に向かっていることでしょう』

 ――ん?

『スカー提督とのお引き合わせを、どうぞよしなに。全ての演算支援解除』

 俺が疑問を投げかけるよりも早く、シギュンとの接続が弱まった。


 気がつけば、俺は動き出した時の中に居た。

「スカー、しっかりして! スカー!」

 沈着冷静なベルファが、珍しく血相を変えている。彼女の腕の中のスカーは、未だ固く瞳を閉ざしたままだ。

「……どんどん冷たくなってる。ガゼル、急いでバイタルサインチェックを!」

「案ずるな。必要ない」

 微かな震え声の主に、ベルファの視線が向く。スカーが気だるげに、薄目を開けていた。

「無事、なの?」

 ベルファが(いぶか)しげに、スカーへ尋ねる。俺も同じ疑問を感じていた。

「うむ。ちと、目眩(めまい)を覚えただけだ」

 呆気(あっけ)にとられるベルファの腕の中から、スカーが身を起こしていた。

「礼を言うぞ、ベルファよ。……さて」

 スカーが取り落とした警杖を武具庫(アーモリー)へと仕舞う。俺はその様子を、最寄りの機械歩兵の目を通して見つめていた。

『従属AI群、強制停止シークエンス解除』

『着用者スカー、バイタルサイン取得失敗』

 視界の隅にシステムログが映り込む。どうやら、強制停止の危機は免れたらしい。

「ガゼルよ。お主にいろいろと、説明をして貰う必要があるようだのぅ?」

 機械歩兵越しに、スカーと目が合う。実に良い笑顔だが、目は笑って居なかった。


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