第六三話 ゲイルの機神
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「ロプト、どうか冷静になって下さい」
妻の苦言に苛立つ。ロプトの姿は、母艦レーヴァテインの操縦席にあった。シミュレーターを動かすように、戦艦ナルヴィの遠隔操作に臨んでいる。もう一方の戦艦ヴァーリは、航行不能となった。
――まだ、手はある。まだ、負けじゃねぇ。
『貴艦はよく戦った。大人しく沙汰を待て』
「AIガゼルより、戦艦ヴァーリの武装解除要求を受信。……応じます」
「なッ! 勝手をするんじゃねぇ!」
また、ガゼルのレーザーを喰らう。チマチマと鬱陶しい、本当に苛立つ攻撃だ。
「あなたの名誉の為です。応じました。戦艦ヴァーリ、全武装オフライン」
力と知恵を絞り尽くして勝つ。自力と他力、知恵と悪知恵……そんな区別は、勝つ気が無いも同然だ。ロプトはそう考えている。妻の意図が読めず、ロプトは更に苛立った。
――まだ、絞り尽くせてねぇ。これじゃ、負けを認めたみてぇじゃねぇか!
「呼吸、脈拍が乱れています。一度、距離を取って下さい」
「……ッ!」
できない相談だ。大勢の前で退き撃ちなどとは。臆病者扱いだけは、ごめんだな。
(あんなシールドをいつの間に……それに、奴の動きは何かおかしい……)
奴に潜ませたスパイウェアは、何の情報も送って来ていない。ならば、この異変をどう説明すれば良いか。ロプトは判断に迷っていた。
(一撃当てれば、オレの勝ちだ。……まだ、慌てる場面じゃねぇ)
焦ることは無い。機体性能では、こちらが勝っている。ロプトはシールドに痛手を受けつつも、勢いを増したガゼルの機動を見極めていた。奴は背後上方に貼り付き、時折こちらの砲の仰角ギリギリを掠める。
(読めたぜ。足りねぇ推力を、近道で誤魔化してやがる)
そうと判れば、やりようはある。ロプトは作戦を練り、その時を待つ。
「戦艦ナルヴィ、シールド喪失」
妻の報告には構わず、奴の挙動を注視した。戦艦ナルヴィが背面旋回をする。その軌道の内側へと斬り込むように、奴の戦艦ラスティネイルが身を乗り出した。
――ここだ!
上に位置した奴が、艦首を上げた。その瞬間、ロプトはナルヴィの前進を停める。即座に遠心力に乗っかるように、艦尾を下に振り飛ばした。引かれる艦尾に釣られ、戦艦ナルヴィの艦首上げが切り増しされる。かかった慣性で態勢を崩しつつも、戦艦ラスティネイルを射線に捉えた。奴の艦底をモロに曝す機動を、ロプトは嗤う。
(オーバーシュートだ! 莫迦め!)
ロプトは勝利を確信し、自慢のガンマレーザーを照射した。八門すべて、全力でだ。劇的な逆転勝利を、眩い花火で祝えることだろう。
「注意! 戦艦ラスティネイル、未だ健在!」
――何ッ?!
***
流石に肝が冷えた。
『ピンポイントシールド、ダウン!』
「ナイスだ、ネッサ!」
俺は相棒の好プレーに賛辞を送る。首の皮一枚で得た勝機、逃してなるものか。
思えば妙な機動だった。ロプトにしては、基本に忠実すぎる背面旋回だったのだ。その気付きが警戒を生み、ロプトの急速艦首上げを察知できた。俺は自身の艦首上げを予備動作とし、一気に艦首を振り落とす。反動がついた振り子の如き、一気呵成な咄嗟機動だ。相棒はそんな土壇場でも盾を合わせ、被害を最小限に留めてくれた。
(流石に、完全には防げなかったか……)
ロプトはわざと狙いを散らし、全力照射したらしい。ピンポイントシールドで護った艦中央は損傷軽微な一方、シールドの外だった両舷の装甲は大破した。
『どこだ?!』
ロプトは動じ、緩やかに艦首を上げ続ける。俺は余勢で艦首を下げ、敵艦Aの底面を捉えた。両舷が大破したついでに、補助推進機も不調に陥ったらしい。ままならぬ姿勢制御を、推力偏向ノズルで補った。普段は禁じ手の、搭乗者殺しな戦闘機動で事無きを得た。武運を噛み締め、レールガンを撃ち上げる。砲身摩耗覚悟の、全開フルオート射撃で。
『敵艦A、主推進機破損!』
敵艦Aの片肺が潰れ、挙動が乱れる。追撃を受け、敵艦Aは航行不能に陥った。……だが、まだロプトは戦いを諦めないらしい。
『クソッ!』
ロプトは生き残った補助推進機で、艦首をこちらに向けてきた。俺は構わず、戦艦Aの背後を突く。破孔に蓄電機が垣間見え、そこへ一撃を加えた。敵艦Aは小破し、停電を起こす。これで戦闘力を奪えただろう。
(ギリギリだったな……)
ロプトには心の揺さぶりが効く。それは演習で証明済みだ。……とは言え、二番煎じな今回は、相応に掛け金を吊り上げる必要があった。その為に選んだ、二対一だった。専門性を活かし、技で勝ちを狙ったが……危うく敗けかけた。武運と相棒に感謝したい。
ロカセナ艦隊の前衛を無力化成功……その事実に気づいた帝国軍が沸き始めた。
『あいつ……単機でやりやがった!』
『……奴はバケモノかよ?!』
『人間業じゃねぇ……』
――自己認識は、人間なんだけどな。
『あれはな、〝機神〟ってヤツだよ』
ブルート星系での蛮族扱いから、様変わりしたものだ。……舐められるよりマシか。
『敵母艦を叩く。逃亡の暇は与えぬぞ!』
スカーが母艦モリガンに、対盾魚雷攻撃を指示していた。今までの親子式弾頭と異なる、対母艦用の一粒弾だ。それを釣瓶打ちのように、敵母艦へと浴びせ続ける。
ダンスカー艦隊の魚雷発射管は、魚雷保管庫を艦内に設けていない。その代わりに、撃つ毎にボクセルシステムで出力し、装填している。魚雷発射管内だけの限定的なシステム起動で、魚雷速射と艦の軽量化を両立している訳だ。その方式をスカーは母艦規模で最大稼働し、備蓄資源でブン殴る大盤振る舞いを始めていた。
『第一四艦隊、魚雷戦用意。弾種、対盾。目標、敵母艦左舷底部』
『第九艦隊は右舷底部だ!』
盛大な対盾花火を前に、帝国勢も加勢する。敵母艦は踏み止まり、魚雷迎撃を始めた。次第に命中弾が増え、シールドが色褪せていく。
「敵母艦へ、接舷斬込みを敢行する。各員、破盾に注力されたし」
予告とともに、作業にかかる。戦艦ラスティネイルの修理と装備換装だ。三隻まとめてボクセルシステムを使い、一瞬で一気に仕上げた。
『任せろ!』
『たいしたイカれっぷりだ!』
『機神に道を拓いてやれ!』
帝国兵たちの士気も上々だ。突発的に始めた戦にも関わらず、よく動いてくれている。流石の練度と言うべきだろう。
控えのラスティネイルA、Bの改装は終えた。問題は一戦交えたばかりの三隻目だ。
(エネルギー回復が遅い……)
戦闘で疲弊した直後、高負荷なボクセルシステムを使った為だろう。もどかしいが、今は待機だ。接舷斬込みは、三隻のタイミングを揃える必要がある。
『まだだ! これで勝ったと思うなよ!』
ロプトの声だ。しかし、声がする方角が今までと違う。擱座した眼前の戦艦ではなく、母艦からの公共通信だ。
『注意! 高エネルギー反応!』
相棒の情報共有を観て理解した。奴はここから直接、宇宙港ルテアを砲撃する気だ。敵母艦の艦首主砲に、エネルギーが収束しつつある。
(撃たせるわけには……そうだ!)
出たとこ勝負だ。場の流れに乗るぞ。




