第六二話 将器を問う
『AIガゼル、ノード〝アフィニティ#A〟に接続完了』
ネッサが復元した巡航艦へ、俺は再度アクセスする。この艦は狙撃を受け、撃破された……はずだった。その事実を捻じ曲げ、無理矢理無かった事にした。そんな光景が皆の眼にどう映ったか、心配は後回しにしよう。
「エシル、返事をしてください。エシル!」
エシルの安否を確認せねば。俺は操縦席で目を閉ざす彼女へ呼びかける。自己防衛の為、電子妨害を最大出力で行いながらだ。
主星の南極から北極へ、宙返りしつつの威力偵察行。そのままロカセナ艦隊の上を取ると、ちょうど追って進軍して来た友軍本隊との合流を果たせた。その矢先の凶事を、また繰り返させる訳にはいかない。
(確かあの時、ロプトが呼びかけていた名は……『シギュン』だったか?)
ロプトの射撃命令に応じた女声を聞いた。ロカセナ艦隊の全容までは判らないが、少なくとも人員が二人存在することは確かだ。それを踏まえて、的確にロプトを狙って叩く必要がある。
「……う。……あれ? あたし、寝てたの?」
『着用者エシル・アイセナ、バイタルサイン良好』
彼女のボディスーツが、簡易医療チェック結果を返してくれた。
「ええ。敵前で豪胆な、快眠ぶりでしたよ?」
「もしかして、莫迦にされてる?」
茶化す俺に、エシルがジト目を向けて来た。しかし……。
『本当に無事なのね? エシル』
「お母様?!」
悲痛さ漂う母の呼びかけに、さすがのエシルも慌てている。
『……役目を全うしなさい。女王の命ではなく、アナタの意思で』
案じる母としての言葉に、猛る女王としての激励が続いた。
『無事、なのか? ……良かった。本当に』
『殿下、よくぞご無事で』
ルストやベルファも、安堵の声を漏らしていた。
「状況報告。不正アクセスを排除完了。エシルの生存を確認。戦列に復帰します」
スカーに作戦概要を送りつける。彼女たち友軍右翼の攻め手が緩んだ隙に、宙戝らは後退を始めたようだ。
『発、ダンスカー艦隊提督スカー。宛、ロカセナ宙戝首領ロプト――』
冷たく研ぎ澄まされた声に、思わず聴き入ってしまう。……いつの間にか、操艦の際に感じていた時間差が解けていた。
『我が艦隊、我が盟友への狼藉、その首で贖え』
宙戝個人に、敢えての宣戦布告……スカーは本気でロプトに怒っているらしい。
『帝国臣民諸君! 盟友ダンスカー艦隊を援護せよ! これは勅命である!』
負けじと皇帝も呼応し、帝国軍との回線が繋がる。スカーを信じてくれたようだ。
『陛下への暴言、看過できぬ』
『第九艦隊諸君、戦働きの時間である』
帝国の両提督も戦意旺盛だ。その配下たちも、其処此処で気勢を上げる。
『洒落臭ェ……』
ロプトは明らかに苛立っていた。友軍本隊が観ている前でエシルを殺し、高笑いと共に優位を誇示する。そうした算段が、裏目に出てしまったからだろう。
『首が欲しけりゃ取りに来いよ、傷物女』
相変わらずの口汚さだが、好都合でもある。ロプトを挑発する手間が省けそうだ。
『オレに勝てたら、くれてやる。戦艦で一騎討ちだ』
――させねぇよ。
「そのザマで将のつもりか? 笑止な」
『あン?』
俺はロプトの煽りを煽り返す。
「私が将のなんたるかを教えよう。二隻同時に、かかって来い」
『……ッ!』
俺の言にロプトの気息が返る。無人の戦艦ラスティネイルを一隻、悠然と前に進ませた。
『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#C〟に接続完了』
『AIネッサ、AIガゼルに装填完了』
『ボクセルシステム起動完了。改装実行……完了』
俺の意識を移した戦艦ラスティネイルを、新開発の無人型へと即時改装する。外観は変わらず、有人型の居住性を捨て去ることで得た容積を、さらなる戦闘力強化に割いた。性能の変化を隠し、油断を誘う〝秘密兵器〟その一だな。武装は対盾レーザー、対装甲レールガン、魚雷発射管が各二門ずつだ。共にロプト打倒を誓うネッサも、俺のそばに居る。彼女の声は、今は俺の脳内にだけ届く。
『必ず勝て』
主の激励を背中で受けた。
「来ないなら、こちらからゆくぞ!」
『ほざけ、ガゼル!』
激昂するロプトが、二隻の戦艦を差し向けて来た。
「魚雷装填。弾種、対盾。前進全速」
『……装填完了!』
「発射。前進一杯」
ネッサの合図で、艦の加速を乗せた魚雷を放つ。同時に、艦を更に加速させた。主推進機が悲鳴を上げるが、構わず突き進む。
直線コースで進む魚雷への反応を観る。向かって左の敵艦Aは構わず真っ向勝負、右の敵艦Bは回避行動を取っていた。俺は迷わず、魚雷を二本とも敵艦Aへと誘導させた。
(敵艦Aがロプト、Bがシギュンのコントロールだな)
俺はハイGのまま右旋回を始めた。深く右へ傾けた艦の下から、敵艦Aが突き上げて来る。交差する対宙迎撃銃火のなかで、対盾魚雷が爆ぜていた。赤い閃光は敵艦Aの鼻面を叩き、ロプトの呻き声が微かに漏れた。
――今だ! シールド停止!
俺は右旋回姿勢のまま前進を停め、垂直下降で遠心力に身を任せた。
「後進全速。推力回生、作動」
前進一杯の勢いが、急速に削がれる。容赦なく艦を襲う減速Gを、圧電効果を組み込んだ制動システムが捉えた。圧し曲げられた圧電素子アレイが発電し、逆噴射中の補助推進機へとエネルギーが流れ込む。補助推進機には、オン・オフの切り替え可能な過給器を取り付けており、制動力は尻上がりに高まった。完全に電化された推進機構を持ち、配電の自由が利くからこその芸当だ。
シールドを焼く光の中を難無く突っ切り、艦首を更に上げる。ハイGに負けそうな艦の態勢を、推力偏向ノズルで強引に正していた。交錯しかけた敵艦Aをすれすれで躱す。
(いッ……痛ててッ!)
ハイGに艦が軋む。その歪みを、装甲に張り巡らせた圧電素子群が拾っていた。俺は擬似的ながら触覚を得て、より直感的な操艦を実現した。大きすぎるセンサー入力は痛みとして受けるが、それでも操艦への出力精度は増している。
慣性で遠ざかりつつも、敵艦Bと真っ直ぐ向き合う。その中間に割り込む位置に、ほぼ真背後に近い底面を曝す敵艦Aが居る。絶好とはいかないが、良好な位置につけた。
『ピンポイントシールド起動!』
(守備は任せたぞ、ネッサ)
敵艦Aは前進を停めず、暴れた軌道を取る。俺は急速前進で慣性を殺し、敵艦Aへと近づいた。敵艦Bはその間、発砲できずに居る。俺が敵艦Aを盾にしている為だ。
『クソ野郎がッ!』
喚く敵艦Aとの乱戦が始まる。至近距離で、有利な攻撃位置の取り合いだ。こちらは推力で劣り、小回りで勝るが……。
(間合いを取る気は無いようだな)
渡りに船だ。結果として敵艦Aの攻撃は、俺の戦闘機動に完封された。無理押しせず、最小限の対盾レーザー攻撃も加える。だが離れた敵艦Bには、攻撃の機会を許してしまう。
『甘いよ!』
ガンマレーザーの白光が、ネッサの盾で弾かれた。その球状の盾が繰り出されるのは、一瞬かつ一点のみ。敵艦Bの攻撃には、迷いが観え始めた。誤射を恐れるが故だろう。
ガンマレーザーは、従来型シールドの網目を掻い潜る。ならば、その網目をギュッと狭めて防げば良い。ピンポイントシールドは、それを可能にしてくれた。しかし、護る範囲はあまりにも狭い。相棒を信じよう。
(シギュンの判断ミスを誘ってみるか)
敵艦Aとの乱戦の合間に、敵艦Bへの対盾魚雷攻撃を織り交ぜる。魚雷に迎撃銃の射角を入力し、雷速を抑え、大きく迂回させた。終末誘導開始タイミングをランダムに、誘導先を主推進機に統一する。敵艦Bの注意は前後に散り、明らかに被弾が増えてゆく。
『敵艦B、防盾喪失!』
相棒の報告を境に、対装甲魚雷攻撃へと切り替える。さらなる交戦の後、敵艦Bの主推進機は機能を失った。敵艦Aはその間も乱戦を続けたが、発砲の機会は得ていない。小回りと誘い射撃で焦らし続け、吉と出たようだ。
(やはり、ガンマレーザーは気軽には撃てないようだな)
ロプトはムキになり過ぎている。……にも関わらず撃たないのは、ガンマレーザーが強力すぎるせいだろう。その光条は浸透力が強く、分子結合を直接破壊する。迂闊な乱発は、レーザー発振器自体を壊すと観ている。
『敵艦B、砲門閉鎖!』
シギュンは潔く負けを認めたのだろう。敵艦Bを追う魚雷を全て、自爆させた。降る意思を見届けてなお辱めるのは、誉無き狼藉者の振る舞いと言えよう。




