第六〇話 疑念と先陣
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エシルの独断専行は、スカーたちの知るところとなった。スカーは仮想会議室を閉め、艦隊行動へと移る。混線してしまったディセアとの通信は、確保したままだ。
『今すぐ、エシル殿下の援護に!』
「落ち着け、ベルファ。ガゼルに任せておけ」
スカーがベルファを宥める。その傍らで、密かにシステムログを検めていた。
(……やはり。ガゼルのセキュリティチェックは、問題無く実施されたか)
量子通信網を作り成す点と線……その仕組上、後者に不正な細工は不可能だ。故に点を総点検したものの、問題は検出できていない。
(だとすれば、次に疑うべきは……ガゼル自身か)
ガゼルは点から点へと自在に動く。模擬戦後のロプトとの通信で、何らかのスパイウェアに感染した可能性も疑われた。追い詰められつつも盟友を救う為、規約を逆手取って反抗した事実も考慮すべきだろう。
(まったく。味な真似をしてくれたものだな)
スカーはメインAIの通信防壁を強化し、自己診断を行わせた。相応のシステムリソースを割き、メインAIの守りを固める。
『第九艦隊の合流を確認。ザエト提督が回線を開きました。演説を行うようです』
『今はじっとした方が良いね。偵察中って連絡だけは、入れても良いかもだけど』
帝国艦隊の動静をルストが報告する一方、場を察したディセアが私見を述べる。ディセアの語気からは、愛娘を案じる微かな動揺が感じられた。
不正アクセスを阻止できず、帝国に疑念を持たれている。そんな中で迂闊に動けば、更に疑われる事にも繋がりかねぬだろう。
「そうだな。ルスト、第一四艦隊旗艦宛に発光信号を頼む。文面は『我、威力偵察中。目標宙域到達後、先駆けす』……以上だ」
『了解!』
あらぬ疑念は、先陣で晴らす。スカー自身も、焦れる気持ちを押し殺していた。
『皆の者、聞け! あの宙戝が何をほざこうと、我らが忠義を揺るがせてはならぬ!』
ザエトの演説が始まった。
『皇帝陛下御自ら、骨肉相争う苦難にも立ち向かわれたのだ。苦難に打ち克つことこそが、我らの帝国を強くする! 帝国の歩みの中で流れた血や、失われたものは、断じて無意味などではない。その一つ一つが、我らの未来を切り拓く礎となったのだ!』
兵たちの士気を、口舌で鼓舞する。スカーにとっては、馴染みづらい行いだ。それだけに、興味深くもある。
『賊共が我らを嘲るのは、我らを恐れているにほかならぬ! 目先の狼藉を生業とする輩に、帝国の歴史の重さと奥深さを、理解できようはずも無し!』
日頃の冷徹で狡猾な印象はどこへやら。ザエトは声を張り、気炎を吐いていた。
『今こそ報国の戦働きの時である。我らが名誉と忠義を胸に、共に勝利を掴み取ろう! 行くぞ!』
帝国兵たちの鬨の声が応じる。スカーは徐ろに、麾下艦隊を巡航へと移行させた。次いで第一四艦隊、第九艦隊が巡航に入る。混成の宙戝討伐艦隊は悠然と、主星への進路を取っていた。
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主星で待ち構える母艦レーヴァテインの艦橋で、ロプトは星系図を眺めていた。
(真面目ぶった、つまらねぇ演説だったぜ。……だからこそ、潰しがいがある)
奴らはあの傷物女の艦隊を先頭に、勿体をつけて接近しつつあった。
「報告。敵斥候との交戦を確認しました」
告げるシギュンは不安げだ。ロプトは愛妻を勇気づけるべく、状況を検める。
「……ふん。大方、弾除け替わりの雑兵共だろう。捨て置け」
跳躍の目標である主星近傍を封鎖し、このゲイル星系全体の補給を断つ。その為に掻き集めた宙戝連合艦隊だ。主だった頭目には、作戦を伝えてある。末端にまで伝えるかどうかは、その頭目の思惑次第ということだ。
「あのガゼルにしては、無鉄砲な動きだ。……事情は掴めているか?」
「エシル・アイセナの独断です。AIガゼルは、彼女の制止と説得に失敗したようです」
「豎子の暴走か。ざまぁねぇぜ」
ガゼルに仕込んだバックドアは順調に機能している。奴の思考や会話は、シギュンに筒抜けとなっていた。
(……コイツは好機だな)
あの豎子は、自称女王と傷物女の同盟の要だ。本来は軟禁してでも守るべき存在だろう。そんな奴がノコノコと、最前線へと出張って来ている。
「敵斥候、まもなく主星裏側へ入ります」
失探を心配しての報告だろう。だが、敵の目的と進路ははっきりしていた。
「シギュン。戦艦ヴァーリを動かせ」
ロプトはシギュンへと作戦を授ける。悲観的な予測の狭間で揺らぐシギュンは、ロプトの言葉に落ち着きを取り戻していった。
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俺はエシルの操艦に身を任せ、宙戝艦隊の配置を記録に収め続けていた。中央で先行するエシルの電子巡航艦に、護衛の攻撃巡航艦二隻が随行する。やや遅れて、偵察巡航艦二隻が両翼の視野を補っていた。
「敵艦捕捉。一〇時上方、艦数四。僚艦に対処下令。進路維持されたし」
「了解。進路このまま」
報告を上げながらも、接近中の友軍艦隊の位置を確かめる。友軍艦隊は整然と、主星周辺へ巡航を開始していた。一方のエシルは黙々と、所定のコースを維持し続けている。エシルの電子巡航艦が振り撒く電子妨害は、群がる宙戝艦たちの照準を狂わせる。対処に手間取るその隙を、随伴の攻撃巡航艦たちが容赦なく攻めていた。
(く……。艦の反応が重い)
改めて、スカーがセキュリティチェック中なのだろう。わずかながら、攻撃巡航艦たちの挙動に時間差が生じていた。
頭上に仰ぐ主星には、至る所に宙戝が屯している。接近中の友軍の死角にあたる、主星の裏側へと辿り着いたところだ。
(この配置や統制ぶり……。あくまで主星包囲を指示されただけの、寄せ集めだな)
主星裏側の宙戝艦隊は、主星の赤道上空に位置取ってはいる。ある程度まとまって横陣を敷き、前方を警戒する配置だ。整然とは言い難い横陣の中からはみ出すように、少数の艦艇が散発的な追撃を仕掛けてくる。攻め寄せる小隊たちに、連携は感じられない。艦ごとの性能差もあり、対処は容易だった。
「主星後背の偵察完了。伏兵の配置は確認できず。友軍と合流し、攻勢をかけましょう」
「了解!」
このまま勢いに任せ、主星の表側へと至る。友軍の巡航解除とほぼ同着となるよう、軌道と速度を調整した。うまくいけば、ロプト指揮するロカセナ艦隊へ、前と上から十字砲火をお見舞いできるだろう。
「友軍艦隊の巡航解除を確認。十二時上方」
右翼にダンスカー艦隊、中央に第一四艦隊、左翼に第九艦隊が展開していた。俺は偵察結果を母艦モリガンと共有する。
『先陣は我らが請け負う』
『武運を祈る』
スカーとザエトが短く言葉を交わし、友軍は宙戝との戦闘に突入した。右翼のダンスカー艦隊を陣頭に、斜線陣となって接敵する。対する宙戝は数に物を言わせ、両翼を延ばして包み込む構えを見せる。
『電子妨害、展開中』
ルストの報告だ。彼女は電子巡航艦で、右翼中盤を堅持している。照準に不調をきたす宙戝艦たちへ、右翼終盤に陣取る母艦からの魚雷群が襲いかかった。母艦は六門の艦首魚雷発射管から、親子式対盾魚雷を規定間隔で発射している。
『今、参ります。殿下!』
『私を止められる者はおるかな?』
先陣を切る二隻の戦艦から、逸るベルファとおどけるスカーの声がする。やや遅れて、無人の戦艦が援護に回っていた。たった五隻の友軍右翼が、宙戝の左翼を切り崩してゆく。中央の第一四艦隊も、まもなく交戦に入る間合いに差し掛かっていた。
(随分な挑発っぷりだ)
突出するベルファが囲まれぬよう、スカーはあえての公共通信で、宙戝の気を惹いているようだった。更に言えば帝国軍諸将に、スカーとロプトとの内通を疑われている状況だ。宙戝勢を大いに苦しめ、その首魁たるロプトを悩ませてみせる必要がある。
「敵母艦ならびに、直掩艦を詳細走査中」
俺とエシルは、ロカセナ艦隊のほぼ真上を取っていた。電子巡航艦に積んだ観測鏡を使い、妖しい赤銅色の艦艇群を解析する。エシルから観れば正面に敵母艦を捉えつつ、上を仰げば味方の接近が確認できる姿勢と位置を取っていた。
(な、なんだこれは……!)
目標艦たちの解析結果は、規格外の強度や出力を示していた。未知の星鉄で形作られた艦艇であるとの示唆を受ける。
「走査完了。友軍との連携を図ります。砲撃射程まで、警戒前進」
「了解!」
平静を装い、威力偵察を切り上げる。切っ掛けはどうあれ、仕事を成し遂げたエシルの表情は、満ち足りているようだった。
『コソコソと覗き見は感心しねぇなぁ?』
「「……ッ!」」
エシル操る電子巡航艦内に、ロプトの声が響く。
(……落ち着け。通信に介入されているだけだ。制御権は俺が掌握している)
楽観は警報に破られた。艦隊運用システムへの不正侵入を検知し、俺は対処行動に追われる羽目になる。
『頃合いだ。撃て、シギュン』
『かしこまりました』
固い女声に釣られ、思わず前を観た。既に敵戦艦の片割れが、艦首をこちらへ向けている。その直後、俺の視界は眩い白一色に染まる。
『自艦大破。搭乗員、安否不明』
電子巡航艦は、致命の一撃を受けた。
『ボクセルシステム起動準備。起動まで一〇秒』
受け容れ難き理不尽を前に、悪足掻きの一手を打つ。怒れる俺の無様を、ロプトの嘲笑が囃し立てているかのようだった。




