第五九話 不穏なる威力偵察
不穏な空気が漂う。会議どころではなくなった。
「セキュリティチェック中です。皆様には多大なるご迷惑、ご心配をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」
俺は謝罪しつつ、不正アクセス経路の特定を急ぐ。
「……この場は失礼させて頂く。帝国臣民の心を、纏め直す必要がある故な」
そう告げる皇帝クラウディアは苦しげだった。軽い会釈を合図に、帝国の将たちが仮想会議室から退出する。失態の手前、黙って見送った。
「……ねぇ」
沈黙は、ディセアの問いかけに破られた。
「ロプトとは、どういう関係なの?」
それは俺も知りたい。奴は明らかに、スカーを敵視していた。その発露ぶりは、今思い出しても過激で口汚く、不快だ。
「知らぬ。彼奴とは関わりが無い。関わりようも無いのだ」
だとすれば、ロプトは人違いをしているのだろうか。皆、一様に耳を傾けていた。
「私は砦に生まれ、砦を守る役目を負う。我が砦は私以外、何人の来訪も許さぬ」
「砦って……あの要塞を? ずっと一人で?」
皆の驚きを、ディセアが代弁する。スカーは黙って頷いた。
「ガゼルは『機動要塞スカイアイル』などと称しておったな。大仰なことだ」
登録された表記通りに、読み上げただけだが。……まぁいい。
「スカイアイルが睨むは、銀河の核。それ故に、砦と呼んでおる」
超大質量ブラックホール相手に、サイズを比べりゃそうなるか。
「……だから、ブルート星系の歴史について、知りたがったのね」
ベルファは何かを察したようだ。彼女は推論を続ける。
「銀河核の隣から、ブルート星系へ。その大跳躍で、ハイパードライブに異変が生じた……」
「明察の通りだ。私は時空の制御を失い、未来へと至った。其方らが、銀河大戦期と呼ぶ時代を超えてな」
推察は現実と認められた。スカーは二重の孤独を抱え、今ここに居る。
(つまり、ウラシマ効果をモロに食らってしまったということか……)
この世界の艦船は、ハイパードライブを用いて超光速航行を行う。ハイパードライブは〝光速度不変の原理〟を上手く誤魔化し、時間の狂いを防ぐ機能を持っている。そうした時空の保護機能が働かず、スカーは遠い未来に跳躍してしまったのだ。
「私は失った軍勢を整え、銀河の核へと還らねばならぬ」
語るスカーを、ディセアが寂しげに見つめる。
「我が軍勢は、障り多き核の傍らに在り続ける為のもの。彼奴の如き、私掠に現を抜かす暇は無いのだ」
「あの暗黒宙域を超え、銀河核へと至った。そんな話は、初めて耳にしました」
ベルファが問う。
「さもあろう。核へと至る路を照らす……私はその為に、秘密裏に遣わされた故に」
スカーによれば銀河核の周辺は、星系を形作れぬ過密宙域らしい。星系同士の合流や分離が度々起こり、まともに星系図が作れないのだそうだ。
「我が艦隊が持つ機密の一部だ。より詳しく知りたくば、彼奴を共に倒した暁に」
スカーは改めて、ディセアに共闘を持ちかける。
「そうね。……おイタの過ぎたあの子には、お仕置きが必要だわ」
ディセアの同意に、ほっと胸を撫で下ろしたくなる。これでアイセナ王国陣営は、ひとまず大丈夫そうだ。
『セキュリティチェック完了。不正アクセス経路、検出できず』
――そんなはずはない!
俺は歯噛みする思いで、システムログを見つめていた。
「ガゼルよ」
反射的な再チェックを、主の問いかけが制する。
「口舌で勝利を掠めんとする臆病者に、我らが示すべきは……何だ?」
「勇敢なる行動です」
スカーは臆病を嫌う。身を以て学んだ事を即答していた。戦の直前に、口上で敵の士気を挫く。よくある手ながら、帝国勢には無視し難い影響が出ている。その原因を作った俺が、彼らを鼓舞せねばならない。
「よろしい。……お主に威力偵察を命じる。ロカセナ艦隊の戦闘力を探れ。彼奴の不正アクセス経路は、私が暴き出す」
「了解!」
思わず語気を強めて応じる。ダンスカー艦隊は、既に集合場所へと到着していた。やや後方には、ザエト提督率いる第一四艦隊が展開している。
(まだ戦端は開かれていないようだな)
宇宙港ルテアを母艦の背で庇いつつ、威力偵察小隊の編成にかかる。無人の巡航艦を全て出し、残りの戦闘艦で母艦を守れば良いだろう。
(……ッ!)
意に反して、単独で先行する艦が在る。
「いけません。エシル、戻って下さい!」
俺の制止に対し、エシルは仮想会議室からの退出で応えた。
『AIガゼル、ノード〝アフィニティ#A〟に接続完了』
エシルが駆る電子巡航艦へとアクセスする。彼女は既に巡航に入っていた。行く先は主星近傍へと設定されている。
『こらっ……。待ちなさい、エシル!』
「……」
状況を察したディセアが咎める。それでも黙り込むエシルは、ロプトへの怒りを燃やしていたらしい。
『偵察巡航艦、装備換装中。攻撃巡航艦、先発』
母艦を直掩していた四隻の攻撃巡航艦の内、二隻を呼び寄せた。もう二隻はボクセルシステムで偵察型へと換装し、後から追わせる。
『エシル! 言う事を聞きなさい!』
「……」
ディセアの制止に耳を貸さず、エシルは先を急ぐ。
「エシル。せめてもう少しだけ、速度を落としてください。僚艦に連携させます」
接近する攻撃巡航艦たちの位置を観つつ、エシルの説得を試みる。
「ロプトに憤る気持ちは、私も同じです。お互い冷静に、万全を期しましょう」
以前の俺は、エシルの気持ちを直ぐには汲んでやれなかった。……こうなった以上、エシルの気持ちに出来るだけ寄り添う、ベターな選択肢を選びたい。
「お願いです、エシル。……私に貴方の制御権を、奪わせないで下さい」
そう伝えつつ、エシル説得の糸口を必死に探っていた。
(……そうか!)
エシルが激昂する理由について、俺なりに目星をつけた。その上で一石を投じてみる。
「エシル。敵は私と同等の力を持っています。全力で対抗する為、貴方の力を借りたい」
エシルと出会ったばかりの頃、彼女は生命の危機に何も出来なかったことを嘆いていた。音声のみの通信だったとはいえ、憚らず涙するほどに。
「私は敵の解析に全力を注ぎます。その間、貴方の操艦で敵旗艦を捕捉し続けて頂きたい。お願いできますか?」
攻撃巡航艦たちが追いついてきた。肝心の偵察巡航艦たちは、もう少しかかりそうだ。
「……わかったわ」
「まずは、敵の配置を改めて把握しましょう。攻撃巡航艦を先行させ、偵察します」
俺は進入コースと速度をエシルに示した。捕捉されづらい艦隊下方から浸透し、そこから浮き上がるようなコースを取る。主星背後を周り、敵艦隊の直上を取って注目を惹き付ける頃、偵察巡航艦たちが合流する段取りを取った。
「巡航解除用意……今! 作戦領域に到達しました」
「装備換装、完了。観測鏡、展開」
巡航解除と同時にボクセルシステムに入り、装備を積み替える。電子妨害装置と観測鏡を二門ずつ搭載した。アノニム追跡の為に積んだ、巡航阻害装置をようやく降ろせた。
「攻撃巡航艦群、合流確認。作戦開始」
主星の赤道上空に、宙戝艦隊は横陣を敷いていた。その中央にはロカセナ艦隊の三隻が陣取っており、しっかりと宇宙港ルテアへの睨みを利かせている。彼我の距離は二〇粁ほどで、付かず離れずの位置を取る。
「……」
エシルは所定のコースをしっかりとトレースしていた。巡航を使わず通常の推進で、主星上空を大回りしている。一部の宙戝艦が、こちらへの反応を示した。
「敵艦捕捉。一時上方、艦数四。迎撃します。電子戦、開始」
「了解」
『……』
通信越しに固唾を飲むのは、恐らくディセアだろう。彼女も腹を括って、成り行きを見守ることにしたらしい。
電子戦の援護を受け、攻撃巡航艦たちは容易く宙戝艦を沈めてゆく。囲まれなければ、暫くは大丈夫そうだ。このまま遭遇戦闘を続けつつ、主星の裏側へ回る。そこに伏兵や予備兵力を隠しているかもしれないからだ。
光速度不変の原理とウラシマ効果について
https://www.youtube.com/watch?v=1CFa1W1JBIk&t=226s




