第五八話 ロプトのレスバ
「警告。不正アクセスを検知。急ぎ対応します」
驚きに固まっている場合ではない。俺はすべき事を宣言し、専念しようとした。
「よう、ガゼル。無駄な努力はやめておけ。自分こそが、最強のロステク使いとでも思ったか? それがオマエの驕りなんだよ。最強は、このオレ様だ」
勝ち誇るようにロプトが言う。俺とはこれが初対面のはずなのだが。
ロプトは徐ろに、ベルファを見やる。彼女は無表情ながらも、眼差しは鋭かった。
「これはこれは。勇気と軍規に一家言有りと噂の、参謀ベルファ殿。……抜け駆けを働いた奴を罰し損ない、出奔を許しておきながらだ。そんなザマじゃ、程度が知れるなぁ?」
「……一体、貴方は何が言いたいのかしら?」
ベルファは表情を崩さない。まずは相手の言葉を引き出すようだ。
「軍規とは、果たすべき誓いだ。そして、アンタは帝国への復讐を誓った身だ。誓いを果たさぬ臆病者が、人の勇気や誓いをとやかく言うのか? なぁ、アルウェ氏族の末裔殿?」
「なっ……」
ベルファの表情に驚愕が映る。
(アルウェ……氏族?)
聞き覚えのある言葉だ。それもごく最近……すかさず同居AIが、示唆を投げかける。
(あの廃宇宙港、アレス包囲戦を戦った氏族か!)
傭兵アノニムを追い詰めたものの、爆縮の果てに消え失せた廃宇宙港だ。だとすれば、あの時のベルファの憂鬱さにも合点がいく。
(そういえば、ベルファは初対面の時から、姓は名乗っていなかったな)
彼女の出自は、よほどの秘密だったらしい。
「ちょっと君。自分が招かざる客って事、判って言っているのかな?」
見かねたディセアがロプトを制する。しかし、ロプトには悪びれる様子が無い。
「招かざる客は、アンタも同じだろうが。勝手に女王を名乗り、宣戦布告もせずに帝国を攻める……それで、どの面下げてここに居る? 高貴を気取る、野蛮人が」
「ふーん……一介の宙戝が、よその国の問題に首を突っ込むんだ?」
宙賊に政治の不手際を責められるとは、なかなか苦しいものがある。
「アンタは自国の問題に、余所者の首を突っ込ませただろうが。そのくせ、今度は翻すのか? 恥ずかしい二枚舌だなぁ?」
「……言ってくれるねぇ」
ロプトはブルート星系の事情に、かなり詳しいようだ。恐るべき情報網を持っている。
「ちょっとあんた! ここは女王や皇帝が集う場なのよ? 少しは弁えなさいよ!」
エシルがロプトに食って掛かかる。……が、これは明らかに悪手だ。
「自称女王の娘が、随分と威勢が良いなぁ? 皇帝と王……どちらが上かも弁えねぇ、身内贔屓の卑怯者が。自分じゃ何もできねぇ癖に、意気がるんじゃねぇよ」
「……ッ!」
次期女王の立つ瀬が無い。聴いていて、いたたまれ無くなる。
場に嫌な膠着が満ちる。
「そのへんにしておけ、若造。若気の至りを許す、寛容な大人ばかりとは限らんぞ」
年長者の威厳を漂わせ、ザエト提督が斬り込んで来た。
「身内に寛容な元総督殿が、年寄り風を吹かせてやがるな? そんなアンタの下で、カッツの小悪党はツケ上がってたぜ? 奴を止める権限は、アンタだけが持っていたのになぁ」
「む……」
ロプトの情報網は、帝国の内情にも及んでいるらしい。
「そのせいで、一体どれだけの帝国兵が死んだのやらだ。部下の監督は、上役の仕事だろう? 仕事がなってねぇんじゃねぇか? おい、なんとか言えよ」
「……」
流石に詳しすぎる。ディセアたちの前では、黙秘も止むなしだろう。
「宙戝が舐めた口を利くな!」
上官を侮辱された参謀ユーリスが激昂する。
「感情に流されんじゃねぇよ、間抜け参謀。しかも、何の助けにもなっちゃいねぇ。論には論で返せ。参謀らしくな。返せねぇからって、喚きなさんな」
「……ッ!」
議論の場で人格や属性を叩くのは、確かに良くないことだ。……が、宙戝が軍人に説く理とやらは、盗人猛々しくも映る。
「軍人と宙戝は、対立するのが宿命。狩る者と狩られる者だ。狩られる覚悟は、できているのだな?」
ティリー父娘の父の方、クイント・ティリー提督が凄む。
「おうおう、敗軍の将が良く吠える。そいつが真実なら、アンタはなぜ部下の仇を討ってやらねぇ? アンタが逃げ隠れた先で観たものは、コイツの要塞と……何だった?」
ロプトが不躾にスカーを指差す。ティリー提督の足取りから推測すると、俺たちがディセアから租借した宙域絡みらしい。
「宙戝に鹵獲されちまった帝国艦艇だろ? 乗ってた奴はどうなったんだろうなぁ?」
「グッ……」
俺が要塞を動かす直前、確かにそれらしい帝国艦艇をみかけた。俺は帝国軍人と宙戝が、手を組んだものと思い込んでいた。そうして、対応を焦った事は記憶に新しい。
「アンタに殉じた部下共に報いろよ。復讐を果たさねぇのは、臆病者のやることだぜ? しかも、敗け戦の尻拭いに娘を差し出すたぁ、たいした父親っぷりだなぁ?」
「……」
友好の使者を装う人質。取り繕った本質を、相手の前で論われるのは苦しいものだ。
「私はそうは思わん」
今度は娘のルストが異議を挟む。
「難しい立場や役目だが、充実している。……そろそろ終いにしたらどうだ?」
「おいおいルスト。生贄に差し出されといて、まだこいつらに肩入れするのかよ?」
ロプトの口撃が、初めて怯む。ルストへは、努めて丁重に接したつもりだ。だが、きっとそれ以上に、父娘の情が深いのだろう。
「うむ。そろそろ、本当の理由を聴かせてもらおう」
満を持しての、皇帝クラウディアだ。
「ここは貴君への対策を協議する場だ。当の本人がノコノコと出向いた真意とは何か? まさか、道化を演じに来たわけではあるまい?」
「察しが悪いな。お飾り皇帝なだけあるぜ。そんなアンタでも、殺らなきゃ殺られる相手ぐらいは、察しがつくか。弟と母の血で汚れた、玉座の座り心地はどうだ? 親兄弟を愛せもしねぇ臆病者が」
「……ほう。余に面と向かい、よくぞ吠えるものだ」
一体、ロプトの情報網はどこまで及んでいるのか。末恐ろしさすら感じてきた。
「アンタらに戦争を売りに来た。精々、本気でかかって来いよ。アンタらと違い、勇気あるオレ様に遠慮は無用だ」
その言葉に応じる者は居ない。ロプトと言葉を交わす代償は、余りにも大きかった。
「……張り合いの無ぇ腑抜け共か? だったら、オレが本気にさせてやるよ」
言うや否や、ロプトは片手で顔を覆う。みるみるうちに、長髪が黒から金へと転じた。
「この顔を、覚えているか?」
「ゴード!」
ディセアが叫び、ベルファが表情を険しくした。肌はややくすみ、目鼻立ちには幼さが残りつつも、気の強さを感じさせる。瞳の色はブラウンだ。顔の造り自体が、明らかに変化している。首から上が別人と化しつつも、聞き覚えのある声で確信した。
(ゴード・トルバ……)
嘗てディセアの盟友として、戦いに同行した男だ。ディセアの温情に抜け駆けで応え、全軍を危険に陥れた。戦後に助命された恩を、出奔で仇なした裏切り者だ。
「第九艦隊追撃戦は楽しかったぜぇ? 逃げ首は納得いかねぇ思いだったけどな」
「お前が……リックデルを……」
ティリー提督が怒りを露わにする。ルストも体を強張らせた。
「あん時はガゼルに邪魔されちまったが、今度こそ決着をつけようや」
ゴードの顔をしたロプトがザエトを煽る。部下のユーリスが顔を真っ赤にしていた。
「いいねぇ。なかなかの反応だ。……放送しがいがあるってもんだ」
「何!」
皇帝クラウディアが憤る。帝国の要人らが貶される様は、民衆へと明かされたらしい。不正アクセスを防げなかった俺の落ち度は、余りにも大きくなってしまった。
「せっかくの舞台だ。役者冥利につきるだろう?」
「……ッ!」
戦慄く皇帝をひとしきり嘲笑い、ロプトは顔貌を元通りに変化させた。
ロプトは驕りを隠そうともせず、今度はスカーへと顔を向ける。
「よぅ傷物女。久しぶりだな」
――ッ!
あまりの暴言に、俺は肝を潰した。
「……『再戦を覚悟しておけ』、だったか? 小童」
だが、スカーはまるで動じる様子が無い。
「つれねぇことを言うなよ。昔はオレと懇ろに語り合ったってのに」
「貴様はまともに砲火を交えず、逃げ惑うのみだったが?」
下卑た暴言の連続に、俺は怒りすら覚えてきた。
「鈍い奴だな。そっちじゃねぇよ。……実の名で呼べば分かるか? なぁ、スカジ?」
「誰だ其奴は? 知らん名だ」
スカーの返答を聞き、ロプトの顔に朱が差す。
「とぼけんじゃねぇ! オマエがオレや息子に加えた仕打ち、忘れたとは言わさねぇぞ!」
「夢と現も見分けぬ愚昧か。……よかろう。耳に障るその口、疾く閉ざしてくれようぞ」
「おお、やってみやがれ! オレはいつでも挑戦を受けてやる!」
ロプトがありったけの罵声を浴びせ、仮想会議室から退出した。




