第四七話 兵糧攻めを防げ
「復帰しました。主星の偵察映像です」
宇宙港ルテアへの帰港を果たし、ザエト提督が連絡を入れてきた。
『……繰り返します。主星ゲイルは現在、我らロカセナ艦隊の占領下にあります。来訪者は速やかに退去しなさい。許可なく通過する者、抵抗する者は悉く討ち取ります』
冷たい女声が、物騒な事を淡々と告げている。青い主星を背後に、異質な赤い艦影が三つ浮かび上がっていた。宙戝艦にあるまじき洗練された形状なのに対して、塗装は混沌とした赤銅色となっている。その両脇を固めるように、多数のキメラ艦たちが屯していた。
(戦艦二隻と、母艦一隻か。大きいな。……それにしても、不吉な色だ)
こちらの艦艇よりも、ふた周りは大きい。これらを中核とした宙戝艦隊なのだろう。観れば観るほど、皆既月食を連想させる不気味な色合いだ。
「主星失陥の責は私にあります。何卒、挽回の機会を賜りたく存じます」
ザエト提督は、いかにもやりづらそうだ。敬うべき主君と従えるべき傭兵が、この仮想空間に同居している為だろう。
「うむ。貴君は良くやっている。ただ、敵が強大すぎたのだ。対策の為に今一度、皆の力を結集しようぞ」
平身低頭のザエト提督を宥めるよう、皇帝クラウディアは努めて明るく告げていた。
「遅れ馳せながら只今、宇宙港リラ防衛の戦から戻りました」
参謀ユーリスが着席する。それと同時に、星系図情報が更新された。宇宙港リラ周辺の小競り合いはひとまず収まり、防戦した傭兵艦隊の補給などが行われている。
「情報は出揃ったか。ガゼルよ。お主の所感、皆に示すが良い」
間髪を入れず、スカーが促す。だいぶ焦れているようだ。
「御意に。アノニムの逃亡、採掘場の襲撃……これらは主星の守りを薄くする為の、ロカセナ艦隊陣営の布石と推察します」
我ながら事後諸葛亮臭い発言だ。先手有利の五目並べで、ずっと防戦を強いられるが如き策動に嵌まった気がしている。捨て置けぬ問題の連続に対処していたら、いつの間にか詰まされた……といったところだ。
「アノニム同様の内通者の捜査や、未回収の跳躍信号機の回収よりも、占拠された主星の奪回が急務です。このままではゲイル星系は封鎖され、兵糧攻めの憂き目に遭います」
帝国勢の表情が曇る。どうやら、彼らも同意見らしい。主星に宙戝が屯すれば、跳躍して来た一般の艦艇が危険に曝されてしまう。さりとて主星以外の宙域へ跳躍を行えば、跳躍解除し損ない、漂流の危険が生じるのだ。
「現有戦力を結集し、ロカセナ艦隊旗艦を即座に叩くべきです。首謀者を討てば、随伴の宙戝勢は団結する意義を失い、連合は瓦解するでしょう」
宙戝どうしを結びつけるのは、やはり見返りだろう。見返りを保証する首謀者さえ抑えてしまえば、宙戝は骨折り損を嫌って離散すると観ている。
「うむ。異議あらば聴こう。皆はどうか?」
スカーの問いかけに応じる者は居なかった。
「では、戦にて決するとしよう」
「集合場所は、宇宙港ルテア前に指定する」
スカーの宣言に応じ、ザエトが星系図を更新する。集結地点がマーキングされた。
「第九艦隊への補給作業完了を確認。ダンスカー艦隊、指定宙域へ急行します」
「第一四艦隊は既に展開中だ。第九艦隊は、合流の後に指定宙域へ向かえ」
最前線になった宇宙港ルテアが心配だ。動ける艦隊から順に、集合場所を目指す。ティリー提督率いる第九艦隊本隊は、参謀ユーリス率いる第一四艦隊分遣艦隊の合流を待つ。
「戦時対応として、ゲイル星系の内政は余の直轄とする。貴君らは、用兵に専念せよ」
「「ハッ」」
皇帝クラウディアも、随分とやる気だ。この場で話し合うべきは、全て話し終えた。そんな空気が流れ、場は解散か……そう思えた矢先だった。
「……ディセアか?」
顧みるスカーの言と、ほぼ同時だった。
「あれ? いきなり繋がった?」
解散しかけた場に現れたのは、アイセナ王国女王ディセアその人だった。彼女は現れると同時に、俺の右隣の席に着いている。
(仮想会議室の設定を間違えたか?)
ディセアは恐らく、スカーへの私信を試みたのだろう。本来は保留されるはずの量子通信リクエストが、この仮想会議室に直通してしまっていた。皇帝クラウディアらは不思議がり、スカーらも俺へ困惑の目を向ける。俺は通信システム周りを再チェックしていた。
(……ッ!)
おかしな接続リクエストを大量に受信していた。だが明らかなイレギュラーにも関わらず、警報の類は上がっていない。俺は怪しみ、内容を検めようとした。
「面白そうな話だな? オレも混ぜてくれよ」
――何ッ!
「オレはロカセナ艦隊首領、ロプト・デア・ガウナー。開戦の前に、この顔を覚えておけ」
俺の真向かいに座るルストの背後に、ロプトは悠然と立っている。俺に集まっていた困惑の視線……その死角を突くように。
中性的で整った目鼻立ちに、黒々とした長髪。白い肌に紅炎の如き瞳を持つ、なかなかの美丈夫ぶりだ。……なかなか止まりなのは、邪悪な笑みを湛えているせいだろう。
黒くタイトなボディスーツの上に、赤褐色で丈の長い外衣を重ねている。外衣には色ムラがあり、だらしなく着崩した印象を受けた。
「……何故、オマエたちは塞ぎ込む?」
睥睨するロプトが前方へ手をかざす。するとティリー提督とルストの間に、新たな空席が現れた。その分、皆の席が横へとスライドする。俺の真正面に出来た空席は、明らかに皆よりも大きなスペースが取られている。まるでそこが、唯一の上座だと言わんばかりに。
「怖気づくには、まだ早いぜ?」
そう言いながら席に着くロプトを、俺はじっと見据えていた。
(バカな……ッ!)
俺は酷く動揺していた。量子通信網は不正アクセスを完全に防ぐはず。だが現実に、ロプトはクラッキングに成功しているのだ。




