第五六話 宙戝の来寇
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宇宙港ルテアの執務室にて。ザエト提督はダンスカー艦隊の報告を受ける。
『我、アノニムを討伐せり』
最大の心配事が解決し、密かに安堵していた。
(これで正規兵と傭兵の確執も、沈静化に向かうであろう)
このゲイル星系の防衛は、傭兵に大きく依存している。主力を担うべき正規兵は、未だ数や練度が足りていない。そんな正規兵らを侮る傭兵も居る。此度の傭兵アノニムの騒動は、屈辱に耐える正規兵には、対立や分断の原因となり得るものだった。
「第九艦隊は引き続き、採掘場を警戒せよ。捜索隊は順次、元の配置へと戻せ」
指示を出したザエトは、今後の動きについて考えていた。
(国賊の討伐成功を喧伝し、再度軍の結束を図る。それと並行し、残りの跳躍発信機回収を、ダンスカー艦隊に担わせよう。後は正規兵の錬成を進め、主星の守りを固めねば)
前方の主星を守る最中、後方の採掘場への直接跳躍を確認した。この問題を解決せねば、二正面を守る厳しい戦いとなるのだ。
唐突に呼び出し音が鳴る。第九艦隊からの緊急電だ。
『我、宙戝来寇を確認せり』
星系図に情報が反映された。宇宙港リラが最寄りの小惑星帯にて、多数の宙戝艦を捕捉している。再編したばかりの第九艦隊と、周辺の傭兵艦隊だけでは対処は難しいだろう。
「第一四艦隊、出撃準備にかかれ! 第九艦隊を救援する!」
打つ手が早すぎる。最早、敵の術中か……そんな思考が、ザエトの頭を過る。
(さりとて、第九艦隊を見捨てる訳にはいかんのだ!)
部下のティリーは多くを失い過ぎた。これ以上は失わせぬ為、ザエトは出陣を急ぐ。
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『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#A〟に接続完了』
アノニム討伐を果たした帰投の巡航中、俺は異変を報せに主の元へと駆け寄った。
「報告。母艦モリガンの走査機が、採掘場に未確認艦を多数捕捉」
「状況から観て、宙戝の大規模攻勢だな。……今、帝国の情報が反映された」
第九艦隊が窮地に陥っている。その一方、宇宙港リラ付近の敵影は意外と疎らだ。落ち着き払うスカーの決断は早かった。
「巡航目標変更。皆の者、宙戝狩りの時間だ。付いて参れ」
『『了解!』』
今の陣容は戦艦と電子巡航艦が二隻ずつ、計四隻編成となっている。
「工作艦を母艦へ下げます。浮いた攻撃巡航艦で、エシルとルストを護衛します」
別働隊の工作艦と攻撃巡航艦三隻ずつ、計六隻編成の再編も指示する。
「護衛は一隻ずつだ。残る戦闘艦三隻で、母艦を直掩せよ。母艦は管制に使え」
母艦には戦艦一隻、巡航艦二隻、工作艦三隻が残る。艦隊運用AIとしては、いかにも苦しい陣容だ。しかし外交上の理由で、小規模の参戦に留めるべき理由がある。
「了解。小隊編成、送ります」
俺は皆へ、チーム分けを伝えた。スカーとエシル、ベルファとルストを組ませている。これまでの経験や訓練ぶりを考慮した。
『第二小隊々長を拝命します』
ベルファの声に覇気が籠もる。戦の気配はもう、すぐそこまで近づいていた。
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
艦隊の再編を済ませ、包囲された第九艦隊の元へ急ぐ。小惑星帯は基本として、最寄り宇宙港死角の治安が乱れる傾向にある。この場合は宇宙港リラから観て、惑星の背後に入る領域だ。かの艦隊は、そんな領域を率先して警戒していた。
「巡航解除用意……今! 作戦領域に到達しました」
小惑星帯の上では、対盾レーザーの光条が入り乱れていた。
「発、ダンスカー艦隊母艦モリガン。宛、帝国軍第九艦隊。我、貴艦隊を救援す」
走査機をフル稼働させる。宙戝は小惑星帯に紛れ、波状攻撃を浴びせていた。対する第九艦隊は、砲火を正面で防ぎつつ小惑星帯との距離を取り始める。
(このままでは、宙戝に脇を衝かれそうだ)
俺は母艦から戦況を俯瞰しつつ、皆の操艦や情報共有をサポートする。
『一番槍は、私が貰うぞ!』
スカー小隊が斬り込み、ベルファ小隊が追い討つ。どちらも戦艦、電子巡航艦、攻撃巡航艦の順に並べた突撃だ。第九艦隊の脇を衝こうと迂回する宙戝は、俺たちの突撃で悉く蹴散らす。俺たちへの報復の照準は、電子戦の傘が逸らしていた。
『戦友の奮迅に報いよ! 帝国軍人の意地を見せてやれ!』
ティリー提督が配下に発破をかけている。第九艦隊は態勢を立て直し、反撃へと転じた。思わぬ反撃に慌てる宙戝は、目に見えて勢いを失ってゆく。宙戝は地の利を捨てず、第九艦隊も隊伍を整えた。対盾レーザーの射程ギリギリで、睨み合いが始まる。
不意に大量のノイズを観測した。俺たちと正対しているであろう宙戝の背後に、大量の艦影が現れる。絶好の挟撃地点への巡航解除だ。熟練の統率ぶりに目を見張る。
『第一四艦隊、砲撃戦用意!』
間髪入れず、ザエト提督の攻撃指示が飛ぶ。第九艦隊も連携を図って前に出た。宙戝は挟撃を受け、討ち減らされながらも、巡航で逃れてゆく。斯くして第九艦隊は、窮地からの生還を果たした。
星系図が更新される。宇宙港リラ周辺では、戦闘が継続中だった。旗色は帝国が優勢だ。守兵や参謀ユーリスの奮闘ぶりが窺えた。
第九艦隊は少なからず損耗を喫し、修理や補給を必要としていた。総勢約一五〇隻の内、継戦可能な艦は一〇〇にも満たないだろう。
第一四艦隊は健在で、総勢約二〇〇隻の陣容を誇っていた。ただ、所属する宇宙港ルテアの守りが薄くなっており、早急な帰港が必要だと察している。
(判断が分かれる局面だ。素直にザエト提督の要請を受けるのが上策か?)
今の俺たちは帝国の傭兵扱いだ。だがスカーは反発し、主導権を取り返そうとしている。主の意を汲む最適解について、俺は思索を始めていた。
『……ッ! それは、真なのだな?』
平静を欠いたザエト提督の声が漏れる。量子通信での情報共有の只中だった。
『何事か?』
スカーが静かに咎める。応じるように、星系図が更新された。
『主星防衛艦隊が、壊滅した。主星近傍は何者かに占拠されている』
ザエト提督が絞り出すように言う。それを聞き、俺は漸く悟ることができた。
(採掘場襲撃は陽動……主星占拠が本命か!)
そう考えると、アノニム捜索すらも布石に思えて来た。捜索隊は未だ、帰港の途上にある。そのぶん、主星や港の守りが疎かになっていたからだ。
「意見具申。第一四艦隊は速やかに帰港し、守備を固めるべきかと。第九艦隊の補給や修理は、私が行うのが最適です。その勅許を頂く為、軍議を開きましょう」
アノニム討伐の件すら、まだ完全に決着がついていない。この急場を乗り切る為、かの皇帝にお出まし願うとしよう。
俺たちは急遽、量子通信で軍議の場を設けた。仮想空間に簡素な円卓を設け、先着順に席につく。なぜか俺に真っ先に席が与えられ、続いてスカーが着席する。
「ほう、これは良い。貴君の顔も観たいものだが?」
「私には実体が有りませぬゆえ……ご無礼仕ります、皇帝陛下」
場を帝国勢にも開放した途端に現れたのは、誰あろう皇帝クラウディアだった。
豪奢な金の長髪に、端正な顔立ち。紺地に差す赤が映える、帝国の軍服だ。その上から、格式を感じさせるマントとペリースを纏っている。マントは表が紺、裏が赤。左肩のみを覆うペリースは赤一色となっていた。
先駆ける主君に慌てたか、ザエト提督に続いてティリー提督が席に着く。提督らは見慣れた軍服と、金の提督飾緒を帯びていた。これが彼らの常装なのだろう。
「貴艦隊の将らを全員、ここへ招いてはくれぬか。我が第九艦隊を救うた諸君の顔を、余も覚えておきたいのだ」
皇帝クラウディアの要望を皆に伝えた。まずルストが席に着き、競うようにエシルが着く。最後にベルファが続いた。皇帝クラウディアは満足げに、皆の顔に視線を注ぐ。
「これで全員です」
「うむ。では、今のうちにすべき話から始めよう」
俺の合図に応じた皇帝が、スカーに進行を促していた。不在の参謀ユーリスは、未だ宇宙港リラ防衛戦の指揮を取っている。ザエト提督は着席はしているが、取り込み中だ。当の本人――本体と言うべきか?――は、宇宙港ルテアへの帰港を急ぐ最中にある。
俺はアノニム討伐から現在に至るまでを、皇帝クラウディアに伝えた。
「第九艦隊の戦力を急ぎ回復せねば。その役目を、貴女らダンスカー艦隊に願いたい。恩賞は余の名誉にかけて確約する」
鶴の一声で勅許が下りた。
「我が艦隊の全力を、今すぐお目にかけよう」
上機嫌なスカーが即答する。この遣り取りは記録している為、無かった事にはできない。もしも、無かった事にしようものなら……その時はまた母艦モリガンで、帝国首都港へ強訴と洒落込めば良い。そんな腹づもりから来る即断なのだろう。
「承りました。実行中です」
俺は第九艦隊の全艦へ、自動着艦誘導の招待を送信した。
「招待に応じた。宜しくお願いする」
ティリー提督が必要な措置を取ってくれた。第九艦隊を数回に分けて、母艦モリガンへ収容する。収容した状態ならば、ボクセルシステムでの修理が効率よく行える。収容した艦が母艦モリガンの内装扱いになり、直接部品を置き換えられるのだ。
「おぉ。これはなかなか、壮観であるな」
皇帝が感嘆する。場には三〇隻ほどの艦が、一斉に着艦する様が映し出されていた。




