第五五話 女王ディセアの奮闘
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ブルート星系、宇宙港ノーフォにて。アイセナ王国女王ディセアは、忙しく政務に取り組んでいる。喫緊の課題は、疲弊した国力の再興だ。具体的には、兵制の改革、艦艇の刷新、人材の育成など……多岐に渡っていた。
(いきなり常備兵制は無理があるね。……まぁ、できる事からやっていこう)
帝国の収奪は、止んだのだ。ディセアは自領への投資を行い、軍備の近代化を図る。
(ガゼル君が言ってたなぁ。確か、『殖産興業』だったかな?)
帝国軍の強みは、規格化と組織力にある。そう熱弁を振るう彼の事を、ディセアはふと思い出していた。
あの苦い戦いの後、ディセアは直ぐに宇宙港ノーフォの工廠群を整備した。乱立する工廠の統廃合に一役買ってくれたのが、ガゼルが残した新型艦の設計図だった。それは今のブルートの技術水準での量産を前提とし、部品点数や整備性にも気を遣っていた。
「訓練お疲れ様。新型の調子はどうかな?」
執務室のディセアは、訓練帰りの艦へ通信を試みた。
『上々だぜ、姐御!』
『乗り換えて正解だ。……もっと使いこなしてみせらぁ!』
艦を駆る青少年らの返事には、確かな活気があった。
伝統的なブルートの戦闘艦は、操縦手と砲手の複座方式だった。新型は単座で全ての操艦が完結する。非常に扱い易く、訓練の進捗は段違いだった。その成果に眼を付けた職人らは、競って新型の建艦や、整備技術の習得に取り組んでいる。ディセアは新型艦の導入と運用を通して、人材の育成をも推し進めていた。
「頼もしいねぇ。日課の巡回と、整備は欠かさないようにね?」
『『応ッ!』』
ディセアは国策として、青星鉄採掘を奨励している。兵役に従事する者には、優遇措置を取った。最近のアイセナ王国は、採掘士と兵士を兼ねる領民が増えつつある。もともと、戦いを尊ぶ者たちだ。兵役と鉱工業に根ざした国造りは、着実に進んでいる。
(あとは……アタシら親世代の失敗に、子らを学ばせなきゃだ)
強者との比武に過熱し、同胞どうしで殺し合うのは禁じた。生命を大事に、生涯を通した練武の大切さを、若い世代には説いている。
彼ら領民兵には、採掘場を中心とした巡回を義務付けている。表向きは戦時の斥候や、哨戒の訓練を兼ねた指示だ。実はそれに加え、ディセアのある思惑が反映されていた。
(ゴード……アンタには、きっちりケジメをつけさせる!)
巡回の強化は、逃亡したトルバ氏族長の捕縛を期してもいた。嘗ての戦いでゴードは不義を重ね、抜け駆けを働き、同胞を滅亡の危機に陥れたのだ。笑って許せる範疇は、既に超えている。身を挺した友の助けが無ければ、ディセア自身も戦死していただろう。
自領ばかりに囚われても居られない。ディセアには、近隣外交への懸念があった。
「何度も言うけど、そっちの内政には干渉しないよ」
トルバ氏族治める、宇宙港コルツとの会合にて。コルツの共同統治を仄めかす先方に、ディセアは苛立っていた。
「いつまで国を割ってるの? さっさと方針を決めなよ」
『そうは言うが、我らは族長を欠いている。立て直しには、貴国の助力が必要だ』
映像通信相手の、ふてぶてしい男声が気に障る。既に一線を退いていた長老格らしい。ディセアには、彼のやる気が感じられずに居た。
『我らの内情にも通じている、ベルファ殿の力を借りたい』
「できない相談だね。ベルファには、帝国の動向を探らせてるから」
予測通りの要請を、あっさりと断る。かつてのコルツ奪還作戦の準備として、ベルファにはトルバ氏族への働きかけを頼んでいた。その所縁に、また縋ろうとしているらしい。
(ベルファはやっぱり、スカーに預けて正解だったわ)
ディセアらアイセナ氏族との同盟締結の見返りに、トルバ氏族は母港コルツ奪還を望んだ。それを果たしたにも関わらず、今度はコルツの統治を投げ出そうとしている。あまりに身勝手であり、無様な話に思えていた。
「帝国はまた攻めて来る。そう考えて備えるのが、為政者として当たり前でしょ?」
『……』
二の句が告げられない相手へ、ディセアは更に畳み掛けた。
「今の平和を無駄遣いしちゃ駄目。……だから、こうしよう」
ディセアは妥協案を提示する。
「内政に人足が要るなら、ウチから寄越すよ。共同統治はしないけれど、移住希望者は受け入れる。それがアタシらにできる、アンタらへの助力だわ」
移住と聞き、男が焦る素振りを見せる。
『そんな事をすれば、こちらの人口が減ってしまう』
「だーかーら! さっさと方針を決めなと、最初っから言ってんの!」
のらりくらりと、援助を引き出そうとする。そんな相手の出方を一喝した。
「せっかく母港に還れたんだ。アンタらが自分で治めないで、どうすんのよ?」
勢い込んで、ディセアは説得に熱を入れる。彼らは一日でも早く、独立の意思で統一されなけばならない。何故ならこうしている間も、領民たちは流転しているのだから。
「とにかく、統治の方針をさっさと固めなさい。……その為の正式な代表は、選挙なり力比べなり占いなり、アンタらの好きな方法で決めなさい。いいわね?」
暫定の代表は、渋々と従う。彼らトルバ氏族は、強者に靡く豪族気質があるらしい。
(アタシらを担いで、実益だけ掠める魂胆っぽいんだよなぁ……)
先の戦いでトルバ氏族は、与えた見返りに見合う働きが出来ず終いだ。それどころか、彼らの族長自ら犯した罪の事すら、忘れたフリをしているようにも観える。
(まさかだけど、ゴードを匿ってたりは……)
共同統治に同意した後で、ゴードがノコノコと現れたら。……考えたくも無いが、ゴードの罪を連帯して被る事になるだろう。ゴードという内紛の火種は、確実に処理しなければならない。そうした意味でも、トルバに自治を促さなければ。ブルート星系の平和の為、ディセアは敢えてトルバを叱咤していた。
(とは言え、なかなか面倒な話になってきたなぁ)
コルツとの会合を終え、ディセアは一息つく。
「……近々、スカーと相談しよう」
帝国領へと踏み入る友へ。ディセアは静かに、思いを馳せていた。




