第五四話 国賊囚わる
憲兵艦隊の合流を待つ間、暫しの静けさが俺たちを覆っていた。
『思い出した。ここは宇宙港アレス。アレス包囲戦の、古戦場跡だ』
『ほう? 曰く有りげだな。どんな戦だったのだ?』
静けさを破るルストの映像通信に、スカーが興味を示す。
『ゲイル星系を護るアルウェ氏族連合と、当時は共和制だったアモルとの戦いさ』
ルストの口ぶりでは、結構な昔の出来事らしい。
『ゲイル人氏族は勇猛ゆえに、連合が難しかったそうだ。しかしアルウェ氏族長は、類まれな統率と智謀で、それを成したと伝わっている』
『ほほう。その戦は、如何なる決着を迎えたのだ?』
スカーに先を促されるも、ルストは少し言い淀む素振りを見せる。
『アルウェ氏族連合は、包囲を突破できず敗北した。だが……』
記憶を辿るルストは、慎重に言葉を選んでいるようだ。
『アルウェ氏族長は自身の生命と引き換えに、ゲイル星系の和平と一族の解放を願い出た。彼の有能さを恐れたアモルは、願いを聞き入れる形で戦を収束させたんだ――』
アモル軍人ならば、誇らしげに語りそうな経緯だ。しかしルストの様子には、不思議と神妙さが漂う。
『その後、ゲイル星系はアモルの支配下に入った。しかし今日の発展ぶりは、彼の遺徳あってのことだろう』
「……詳しいのね」
憂いたベルファが感嘆する。そんな遣り取りを、エシルが見咎めた。
『んー? 帝国軍人が、氏族たちの肩を持って良いのかなー?』
『私も藩属国出身だ。国を護って戦い抜いた、彼らに敬意を表したい』
ルストの正直さに、エシルが真顔になる。
(お互い、似通った境遇だった訳か)
帝国への藩属を巡るトラブルが、エシルたちの戦いの発端だった。俺たちの介入で、今は一時休戦状態となってはいるが。
「敬意を抱くのは良い事です。私も艦隊の守護者として、かくありたいものです」
滅びの美学を、安易に肯定する気は無い。しかし敢えて押し切ろう。敬いたい相手を敬う……その気持ちに、所属の色眼鏡は不要だ。
「だからこそ、脅威を呼び込む者を赦し難く感じます」
滅ぶ時は、本当に一瞬で滅んでしまう。俺たちも宙蝗相手に実感したことだ。
「一致協力して、アノニムを討伐しましょう」
改めて結束を呼び掛ける。スカーの得意げな表情が印象的だった。
***
艦を潜めた廃宇宙港の外が煩い。アノニムは追手の接近を思い知らされた。
「憲兵小隊が到着したようです。……今度は手筈通り、このまま黙殺して下さい」
AIの念押しが嫌味ったらしい。先日提案された跳躍航行プランを、直前で取り止めたことを恨まれているかのようだ。
(あんな待ち伏せの中を、突っ切れる訳なかろうが!)
アノニムの苛立ちは、突如の能動探査ノイズに遮られる。四隻のパルマ級巡航艦が、廃宇宙港内に入って来た。そのうち二隻は、出入り口をしっかりと確保している。
『こちらは帝国軍第一四艦隊所属、憲兵艦隊である』
公共通信越しに所属を聞き、忌々しい顔が思い浮かんだ。
『当宙域は、国賊アノニム捜索の只中に有る』
逃れ得ぬ事実が、改めて突きつけられる。アノニムは冷や汗をかいていた。
『速やかに擬装を解き、所属を明らかにせよ。……所属を明らかにせぬ場合、関係者と見做して討伐する』
接近する二隻は擬装中のこちらへ、探照灯を向けていた。憲兵の口上は、決して出任せでは無い。ここに隠れている事は、既に見透かされている。
「大丈夫です。彼らの火力では、私のシールドは破れません」
ヘクサが断言する。しかし、アノニムは信じきれていない。擬装展開の際、シールドを思い切り弱めた事を把握していたからだ。
(此奴らのせいで、儂は今や国賊扱いだ)
得体の知れぬAIに脅された……などと供述しても、苦し紛れの扱いだろう。ヘクサを差し向けてきた首謀者の立場で考えれば、アノニムの口を封じるのが狙いとさえ思える。
(……このまま殺される訳にはいかん!)
己を国賊に仕立てた首謀者は他に居る。何としても、それを伝えねばならない。
「こちら巡航艦レージング、艦長のアノニムだ! 取引がしたい!」
アノニムは擬装のまま、公共通信で叫んで居た。
「儂を脅した首謀者の情報を送信する! だから、殺さないでくれ!」
口上を述べる憲兵艦に対し、個別通信をリクエストする。
『クラッキング犯と直接通信は出来ん。記録装置ごと、投棄せよ』
「わかった!」
アノニムは密かに目星を付けていた圧縮資料を、記録装置に移し始めた。これは救援要請などに使われる、ごく標準的なハードウェアだ。
「契約違反行為を検知しました。情報漏洩を阻止します」
ヘクサの宣告と共に、艦は全ての操作を受け付けなくなる。
「システム、ロックアウト完了。……本艦は五分後に自爆します」
「貴様ッ!」
怒れるアノニムは、操作盤を殴りつけていた。
「契約を軽んじた報いです。さようなら」
『AIヘクサ、接続解除』
モニターに最後の連絡が表示された。足元の量子重力炉区画からは、ただならぬ重圧が迫る。それは生に縋るアノニムに、狂乱を手向けていた。
***
俺はAIガゼルから、極めて緊急性の高い示唆を受けた。
「緊急! 重力炉崩壊反応!」
『爆発するぞ! 港から離れよ!』
俺の報告と同時に、スカーが機転を効かせた叫びを上げる。
「全速後進、三秒。急速反転」
「……ッ!」
皆の艦を急速反転させ、そのまま全速で航走させてみせた。虚を突かれたか、ベルファの呼吸がやや乱れる。
(よしッ!)
憲兵艦隊も釣られて動く。俺たちの動きに、事の重大さを察してくれたらしい。出入り口の二隻が回頭する。それに遅れ、港内の二隻も続いた。
一定距離を駆け、再び反転する。後続する憲兵艦隊の為、少し上昇して進路を開けた。遅れて憲兵艦隊とも、無事の合流を果たす。
(……ッ!)
青き主星の光に、荒涼さ際立つ廃宇宙港アレスが消え失せる。港内の一点へ、一瞬かつ際限無き収縮……まさに、爆縮と呼ぶべき現象だった。
「量子重力炉崩壊発生。人工ブラックホール形成……ならびに、蒸発を観測しました」
天然のブラックホールとは、似て非なる物なのだろう。瞬時の破壊と不気味な静寂に、俺は慄いていた。
(……目標は達成できたんだ。落ち着いて、次の行動に移ろう)
アノニム討伐成功は、俺たちにとって紛れも無い勝利だ。しかも、憲兵艦隊の犠牲ゼロのおまけがつく。落ち着く為にも、ここは誇ろう。
(だが黒幕の即断ぶりには、注意すべきだな)
アノニムは保身の為に、仲間を売ろうとしていた。その直後の量子重力炉崩壊は、タイミングが良すぎる。黒幕が裏切りを察知し、報復に出たと観るべきだろう。
「……」
ベルファの顔色が優れない。気がかりだが、今はそっとしておいてあげよう。
***
マルチモニターを睨むロプトの元へ、愛妻の気配が寄り添う。
「戻ったか、シギュン。ご苦労だった」
「デキア・カッツに死を与えました」
淡々とした報告とは裏腹に、その死に様は実に凄惨だった。量子重力炉崩壊は、微小かつ強力な人工ブラックホールを形作る。そこへ生きたまま、囚われたのだ。超重力が齎す桁違いの潮汐力が、かの者の肉体を素粒子レベルにまで引き裂いた。
「契約を軽んじる者に、相応しい最期だったな」
ロプトの口元は次第に歪んでゆく。
「これでブルートの氏族共も、少しは浮かばれるだろうぜ」
「アイセナ女王への、恩返しですか」
「恩返し? 違うな。……コイツは復讐さ。あの女の仇を、先にオレが討つ。これであの女は、復讐の義務を果たせず仕舞いだ」
シギュンが口を噤み、ロプトが饒舌の度合いを増す。
「夫の暗殺を見抜けてねぇから、抗議などと歯痒い行動を取っちまう。その結果が、自分まで暗殺されかける体たらくだ」
ロプトは盛大に呆れて見せる。
「あんな女に庇われるなんぞ、オレの沽券に関わるのでね。……とにかくだ」
ロプトがモニターに素早く眼を走らせる。
「攻勢の機は熟した。オレたちロカセナ艦隊の、お披露目といこうぜ」
「ええ。準備はできています」
ロプトが満面の笑みを浮かべる。視線の先で、傘下の宙戝艦隊集結が示されていた。




