第五一話 ティリー父娘
ルストの個室へ、音声通信を申し込んだ。応答があり、回線を開く。
「休み中、すまないな」
『気にしないでくれ。私に相談らしいが、どうしたんだ?』
聞き返すルストに、こちらも率直に願い出るとしよう。
「傭兵アノニムについてだ。帝国軍上層部へ確実に伝える為、君の協力を仰ぎたい」
『是非、協力させて欲しい』
意外な快諾に、呆気にとられる。逆に心配になってきた。
「面倒な手続きになるだろう。苦労に見合う報酬を、私から用意したいのだが」
『それには及ばない。スカー提督には、良くしてもらっている。恩に報いたいんだ』
武人らしい高潔さだ。称賛すべき美徳であり、搾取を招く危険でもある。
「有り難い話だ。だからこそ、君に報酬を受け取って欲しい」
ルストがスカーへ示してくれた敬意の上に、俺が胡座をかくのは避けるべきだ。
「私の頼み事なのに、私が報酬を用意しないのは、不義理でおかしな話だろう? 君が提督に義理立てするように、私にも何か君に恩を返させてくれ」
礼には礼を、恩には恩を。良いお付き合いは大事にしたい。
『……そこまで言うなら、いくつか相談したいことがある』
「なんなりと言ってくれ」
幾つかの予測を立て、心の準備をする。
『エシルたちと仲良くしたい。良い取っ掛かりがあれば、教えてもらえるだろうか?』
想定内の質問だ。俺は落ち着いて、提案を述べる。
「まずは、艦内神社の参拝を勧めたい」
『ほう?』
意外な提案だったか、ルストが食いついてきた。
「エシルたちの戦女神を祀っているんだ。これから毎日、エシルと知り合えた感謝と、友誼を深める誓いを捧げる事を習慣づけよう。きっと君の本気を示す、良い証となるはずだ」
『しかし、私は帝国人だぞ?』
「問題ない。大事なのは、敬う心だよ」
ディセア救出成功の感謝を念じた艦内神社は、三社神棚のような姿で出力された。以来、俺は神道に則って祀り、皆もそれに倣っている。
『なかなか、興味深い提案だ。やってみよう』
これを皮切りに、ルストは少しずつ相談事を打ち明けてゆく。そのいずれもが、エシルたちと親睦を深める為の内容だった。
(意外と可愛らしい悩みを抱えていたのだな……)
どこまでが本心で、どこからが役目なのか。無粋な疑念とは裏腹に、全てを心地良く受け容れてしまいたくなる。宙戝の断末魔の叫びを浴び続ける日々が、想像以上に堪えていたようだ。
『……もう十分だろう? そろそろ、ガゼルの頼みとやらを聴かせてくれ』
「わかった。順を追って話そう」
痺れを切らしたルストに、俺は頼み事を打ち明ける。まずは状況説明だ。
「傭兵アノニムの背後には、我々と同等の脅威が存在すると観ている」
『……ッ!』
「そう結論づけるだけの証拠を集めた。これを、ゲイル星系艦隊司令部へ直訴する」
動揺を示すルストを思い遣り、できるだけ端的に伝える。
「機密保持が必要だからだ。内密かつ迅速に果たす為、君の伝手を借りたい」
政治的判断も必要になるだろう。あの役者皇帝へ、急いで報せるべき案件だ。
『……』
沈黙に隠れた息遣いには、拒絶よりはむしろ困惑が感じられる。
「多数のゲルム宙戝が、ここの採掘場へ直接跳躍して来た形跡がある。その原因を作っているのが、傭兵アノニムだと判明した」
困惑を増幅させぬよう、努めて淡々と告げる。
「既に通報済みの件もある。問題の元を断つ為、どうか力を貸してくれ」
このゲイル星系には、最小限の戦力しか派遣していない。だからこそ先を読んだ対応で、問題の根本的解決を果たしたいのだ。
『……一人だけ、心から信頼できるツテがある』
長い沈黙を経て、ルストが口を開く。朗報に不相応な、思い詰めた様子が気になった。
『第九艦隊提督、クイント・ティリー。……私の養父だ』
合縁奇縁と言うべきか。かつて俺たちと戦い、壊滅した艦隊の長。その父の恨みを、子が受け継いだとしても不思議では無い。そうした意味では、心に留めておく必要が有る。
(だが、この告白は……信頼の証と受け取ろう)
ルストの心根は、今までの真摯な艦内生活ぶりからも窺える。自らの立場を危うくすることも厭わぬ告白は、彼女の覚悟を感じさせた。
(本気でエシルたちと和解したいのだな……)
武術や操艦の訓練を通じ、ルストは心の距離を少しずつ縮めてきた。彼女の努力を無駄にはさせない。この告白で距離が生まれてしまうのなら、俺が縮める後押しをしよう。
「あの剛毅果断の提督殿か。良い父を持ったな」
そう告げながら、スカーへ速報と通信の許可を申請する。
『可なり。疾く、接触せよ。彼の参謀も巻き込んでしまえ』
なかなか、えげつない命令に苦笑する。挨拶を欠いた参謀殿への意趣返しらしい。
「……通信の許可が下りた。五分後に通信準備完了の予定だ」
『速いな。了解した』
そんな遣り取りを交わしつつ、俺は偵察艦隊に任務変更を下す。ルテアとリラ、二箇所の宇宙港の近くへ一隻ずつ派遣した。派遣先で擬装を展開し、量子通信を中継させる。
宇宙港ルテア管理局へ、ルストのIDで映像通信を申し込んだ。暫くの後に回線が開き、先方との対面を果たす。先方の執務室とルストの個室が、中継で繋がった。
「ご無沙汰しております、父上」
『元気でやっているようだな。まずは、客人を紹介してくれるか?』
やはり、あの戦場で聞いた声だった。
「はい。本日はダンスカー艦隊運用AI、ガゼル殿をお連れしました」
「ガゼルと申します」
『帝国軍第九艦隊提督、クイント・ティリーと申す』
ブラウンの短髪に、しっかりと蓄えられた髭。紺と朱が際立つ軍服と相まって、歴戦感漂う風貌に映った。果敢な指揮ぶりを目の当たりにした為、印象が強いのかもしれない。
『貴殿とは既に、戦場で相まみえているな? あの時は驚かされたぞ』
「こちらこそ。閣下の指揮ぶりには、私も肝を冷やしました」
豪快に笑うティリー提督に釣られ、俺も正直な感想を述べた。狙撃に動じぬ熱烈な追撃ぶりは、今も鮮明に憶えている。
「ガゼル殿によれば、父上は『剛毅果断』だそうだ」
『はっはっは。それは何よりだ』
ティリー提督は素直に喜んでいるように観える。彼の底は知れないが、少なくとも任務と私情は切り離せる軍人のようだ。それは娘のルストの達観ぶりからも窺える。
「閣下。今宵は急報を直接お伝えすべく、御息女のお力を借りて参上しました」
頃は良しと観て、用件を切り出す。ティリー提督の目配せに、ルストが頷いていた。
「宙戝に内通した傭兵がいます。まずはこちらを」
『拝見しよう』
纏めた報告書を送信した。これは緑星鉄については、伏せた内容にしてある。読み進めるにつれ、ティリー提督は表情を険しくさせた。
『ガゼル殿、よくぞ知らせてくれた。これは捨て置けぬ』
ティリー提督が唸った。俺はすかさず、畳み掛ける。
「僭越ながら、早急に傭兵アノニムの身柄を確保すべき状況かと」
『当然だ。すぐに手を打とう』
通話越しに慌ただしい打鍵音が聞こえる。
『ザエト提督も交えて話そう。準備に一〇分だけ、時間が欲しい』
「では、私もスカー提督を呼びます」
思いがけない申し出に、こちらも即応する。
「宇宙港リラのユーリス殿も、お呼びしましょう」
『有り難い。呼び出しには、この符丁を使ってくれ』
最終的には、ユーリスへ極秘に命令する必要がある。量子通信を使える今のうちに、全て済ませてしまおう。




