第四九話 緑星鉄の使い道
翌朝の談話室にて、皆に経過報告をする。規約に障らぬ範囲でだ。
「宙戝が多過ぎます」
俺は昨夜の戦果を、モニターに映し出した。遊撃艦隊が小惑星帯を反時計周りで進み、宙戝を狩っている。その後に続き、三個の採掘艦隊が展開中だ。
「小惑星帯に、宙戝が拠点を構えている恐れがあります。偵察巡航艦が捜索中です」
先行する遊撃艦隊には、二隻の偵察巡航艦を編成している。それらが小惑星帯を、上下から挟み込むように探索していた。
「宙戝艦の巡航阻害装置から、緑星鉄を入手しました」
入手元はいずれも、ゲルム様式を残す宙戝艦からだった。偶然にしては偏りがある。俺にとっては、緑星鉄は希少な存在だと知るのみだ。できる限り情報を募りたい。
「星鉄って、青と赤だけじゃなかったんだぁ」
「私も、初めて耳にした」
エシルの感嘆を、ルストが拾う。エシルがぎこちなく顔を背けた。
「ふむ……」
スカーが思案顔のまま、何かを喋りかける。俺は報告を中断し、様子を見た。
「緑星鉄は、時空そのものに作用する。……巡航阻害装置の強化が狙いであろう」
驚くべき効能だ。だとすれば、パドゥキャレ同盟の証言とも合致する。
「重力場を狂わせ、巡航安全装置の誤作動を起こすのだ。しかし――」
一定以上の重力下では作動しないよう、ハイパードライブには安全機構が備わっている。そう考えれば、理に適う話に聞こえた。だが、宙戝には過ぎた代物にも思える。
「緑星鉄の扱いは、それなりに難しい。……その宙戝の背後には、何ぞ企む者がおるやもしれぬぞ」
唐突な開示と大胆な考察に、皆が押し黙っていた。
「……なぜ、貴方は緑星鉄について、熟知しているのかしら?」
いち早く、ベルファが立ち直る。その口ぶりは、問い詰めるような気配があった。
「今はまだ言えぬ。私の身に何が起きたか、私自身も把握しきれておらぬのだ」
連合や帝国にとって、俺たちは脅威となり得るのは自覚している。そんな俺たちと比肩し得る何者かが、宙戝たちの背後にも居るかもしれないのだ。
「今はまだ、ね。……では、宙戝の後ろ盾に心当たりは?」
ベルファの追求が続く。思いがけない雲行きに、冷や汗をかきそうだ。
「銀河大戦で失ったはずの技術を、秘匿できた者が居るとしたら、どうか?」
「そういえば……ここはゲルム人には、因縁深い星系だと聞きましたが」
スカーに相槌を打つように、俺は話を逸らした。
「……たしかに、ゲイルとゲルムは何度も戦った。機密や戦力を集結させ、今まで以上の反撃に出ているのかもしれないな」
ルストが淡々と、私見を述べていた。
「うむ。司令部に注意を促すのが良かろう」
スカーが話を締め括る。ベルファはまだ何か言いたげだった。
「ねーねー、ベルファせんせー」
退屈を持て余したように、エシルが呼び掛ける。
「そろそろ、武術の稽古の時間だよ?」
「……そうでしたね」
ひとまずは、ベルファの追求を躱せそうだ。
「どんな術技が良いか、皆で披露する約束だったな」
スカーがそう言いつつ、ルストへ目配せする。
「では、体力錬成の時間としましょう」
俺がそう宣言し、その場は解散となった。
***
その日の夕刻に入り、自由時間となる。スカーは自室に戻り、行動計画を練っていた。
(資源収集は順調か。そろそろ、スカイアイル復旧を進められる頃合いだな)
まだ七基中の一基だ。本来の機能とは程遠い。あの宙蝗に備えるには、完全復旧が最低条件だと考えていた。そんな思索に、来客のチャイムの音が休止符を打つ。
「ベルファか。……入るが良い」
机を離れ、隙間を挟んだ寝台に腰を下ろす。招き入れたベルファと隣り合わせだ。
「血相を変えて、どうした?」
殺気が隠せておらぬぞ、とは口に出すまい。
「特別講義……いえ、取引に来ました」
「緑星鉄絡みであるな?」
ベルファが頷く。その一挙一動を、スカーは油断なく捉えていた。
「結論を言えば、緑星鉄は新たな禍を招く恐れがあります」
「それは、アイセナ王国参謀としての見解かの?」
ベルファの表情が曇る。それでも、確かめねばならぬ。誰に対しての戦禍であるかを。
「……いいえ。順を追って話させて下さい」
「そう構えずとも良い。遠慮なく申してみよ」
ベルファが重い口を開く。スカーの傾聴は、夜更けまで続いた。
***
さて、ここから数日の動きを纏めておこう。
「今日のところは、基本のおさらいをしておきましょう」
俺は練兵場のエシルとルストに告げる。不在のスカーは昨夜、ベルファの訪問を受けたのは確認した。そのまま泊りがけで、何かを話し込んだらしい。
「……」
エシルは黙々と、短杖の素振りに取り組んでいた。長さ九〇糎ほどの、ごく普通の杖だ。教え役のスカーが長尺の杖を使うので、便宜上そう呼んでいる。斜めに振り下ろす払いと、スライドさせての中段突きだ。この二動作を左右交互に、繰り返し行っている。
「この型が、ヘブンシックスだ。まずはゆっくり合わせよう」
「了解」
ルストと機械歩兵はダブルスティックを構え、同じ動作で互いのスティックを打ち合う。立ち位置を変えながらの、振り打ちの応酬だ。打倒ベルファに燃えるルストは、次第に打ち込むパワーとスピードを上げてゆく。合わせる俺にとっても、良いトレーニングになった。
「エシル。丁寧に、反復しましょう」
ルストの勢いに煽られたか、エシルの素振りが乱れ気味だ。そっと嗜めておく。
「旋回の基本は、『飛びたい方向へ、艦首を起こす』ことです」
シミュレーターでの操艦訓練の一幕だ。サーキットのようなコースで、ラップタイムを競い合っている。
「速いな……エシル」
ルストが素直な称賛を送る。
「ふふん。あたしを捕まえてごらんなさーい」
対するエシルは、得意顔を浮かべていた。重いバーボネラ級工作艦を動かしていた彼女だ。どうやら、その経験が活きているらしい。
「負けてられないわ」
「……どれ、私も鍛錬するとしよう」
ベルファとスカーも参戦する。緑星鉄を巡る彼女らの緊張感は、鳴りを潜めていた。何らかの合意に至ったのかもしれない。
こうした日々の訓練で親睦を深める傍ら、資源収集も順調に推移していた。ゲイルとブルート両方の星系での採掘や、残骸回収も念入りに行っている。
『要塞スカイアイル改修実行。スカイ・ワン、スカイ・フォーの復旧完了』
中核のスカイ・ゼロを媒介とした出力を行い、スカイアイルは三つの基部が連結した。
『ほう。随分と処理が速いな』
スカーに報告すると、彼女は宙蝗観測フィルタのテストに着手したようだ。
(時間が、経過していない……だと?)
スカーの感嘆ぶりが引っかかり、ボクセルシステムの作動ログを確認した。システムは起動直後に終了している。体感では十数分は籠もっていたにもかかわらずだ。
『偵察艦隊、偵察完了。宙戝基地は確認できず』
偵察巡航艦が、小惑星帯を一周し終えた。俺の予測は外れたらしい。が、宙戝の出没は衰えず、猶も遊撃に追われている。
☆
パドゥキャレ同盟のジム代表から、会見の申し込みがあった。ジムの艦を母艦モリガンへと着艦させ、俺とスカーはジムとのモニター越しの対面を果たす。
『うちの者が世話になった。礼を兼ねて、貴女らに報せておきたいことがある』
「義理堅いことだな」
モリガンの艦橋では、スカーが応じていた。
『まずはこいつを観てくれ。とある採掘士から得たものだ』
ジムが再生した映像には、小惑星帯を航行中の双胴艦が映し出されていた。映像は様々なノイズを大げさに色分け処理している。一見すると、熱分布図のようにも観えた。
(哨戒中……にしては、速度が速いな。それに、見覚えがある艦影な気がする)
映像の双胴艦は小惑星帯に対し、背面飛行をしていた。これだけなら、小惑星帯の中を警戒しているようにも観える。単艦で隠れる気の無い飛び方から、宙戝艦とは考え難い。おそらくこの映像は、撮影者が小惑星に紛れて撮したのだろう。
「なにか、投棄したな」
スカーが指摘する。双胴艦の艦底付近に光点が観えた。が、その光点はすぐさま消えてしまう。映像から双胴艦が画面外へ消え、画角は消えた光点の位置に固定された。そのまま、何もない宙間を映し続けている。
(……ッ!)
画面の中央付近に突如として、キメラ艦隊が現れていた。巡航解除を外から観ると、艦艇が突然湧いたように観える。しかし、キメラ艦たちから球状に広がるノイズは、巡航解除にしては大きすぎた。映像はここで再生終了となる。
「ガゼルは、今の記録をどう観たか?」
「傭兵艦が何らかの発信機を落とし、そこへ宙戝艦隊が跳躍解除したと判断します」
『俺にもそう観えた。だが、そんな技術は聴いたことが無い』
星系間跳躍は主星を目標とする。主星は星系内で最も目立ち、最も動きが少ないからだ。もし主星以外を狙う場合、目標星系を突き抜けるリスクが高まる。最悪の場合、この銀河からも逸れてしまうだろう。はっきり言って、狂気の沙汰に思えた。だが……。
「技術的には可能だ。此奴が、アノニムか」
『……そうだ。さすがに話が早いな』
スカーの回答と洞察に、少なからず驚かされる。この不法投棄者が、ジムの仲間を見捨てた傭兵らしい。




