第四八話 疑惑の傭兵
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
宙戝狩りの再開を遊撃艦隊に指示しつつ、母艦モリガンへ経過報告に戻ってきた。捨て置き難い内容が、救助活動で得た記録に含まれていた為だ。
スカーたちは会議室での講義を終え、隣のシミュレーター室に移っていた。どうやら、初期設定の最中らしい。俺は監視カメラへとアクセスする。
「フィッティングは、念入りにやっておくが良い。ガゼルの操艦は手荒いゆえな」
酷い言われようだが、スカーの表情は厳しかった。
「随分と遠慮なく……撫で回してくれますこと」
「お母様に言いつけてやる」
「……」
三基のシミュレーターから、三者三様の抗議が上がる。ハンモックのような、寝そべる姿勢で包み込むシートだ。その形状を、体型に沿わせて調整する。シートのフィッティングは、加速Gから腰や首の骨を守るのに欠かせない。生命にかかわる工程なのだが……。
「私に触覚はありません。悪しからずご了承を。……経過報告です」
こちらも抗議しつつ、スカーへ報告を送信した。同時に、彼女らが何故ここにいるのか、艦内の会話記録を遡って確認する。本物のAIなら当たり前の並行作業も、俺の場合はそうはいかない。
「ふむ。……皆にも伝えよ」
ベルファの講義後、乗員の艦隊業務適性を調べる話になっていた。この星系での権利拡大を、スカーも知ったのだろう。
「……了解。問題を二つ確認しました。とある傭兵の哨戒任務放棄と、高出力巡航阻害装置を扱う宙戝の存在です」
ルストが眉をひそめる。彼女にとっては、聞き捨てならぬ話だろう。
「パドゥキャレ同盟からの情報です。当該の哨戒艦は、二度に亘る宙戝来襲通報を無視。一方の宙戝は、正副二系統備えた巡航安全装置を、一度に破壊し尽くしたそうです」
口頭での概要説明ながら、皆の顔は深刻そのものだ。宇宙で互助精神を欠く振る舞いは、俺の想像以上に悪い行いなのかもしれない。
「情報提供者の練度や装備は、救助を通して確認済みです。その上で、当局に報告すべきと判断しました」
「妥当だな。その傭兵の名は判るか?」
ルストが語気に力を込める。
「……名は、アノニム。新参のゲルム人傭兵とのことです」
パドゥキャレ同盟の用意周到さに、舌を巻きたくなる。最寄りの傭兵の位置、艦影、名前、実績なども確認しながら航行していたらしい。
「わかった。この後、確認を入れる」
「報告は早い方が良かろう。ガゼル、ルストのシミュレーターに回線を繋げ。映像は帝国の軍服姿に補正してやれ」
「了解。……これで、いかがでしょう?」
ルストはプレビュー映像に驚くも、すぐさま宇宙港リラ管理局宛に映像通信を入れた。
シミュレーターでの訓練を終え、談話室での反省会となった。
「模擬操艦だが、如何だったかな? 戦闘艦の乗り心地は」
スカーが皆へ、ざっくばらんに尋ねる。
「楽しませて貰ったわ。早く実際に動かしてみたいものね」
ベルファが笑顔で水を向ける。彼女は大胆に戦艦を振り回し、何度も視野暗転判定を食らっていた。彼女の珍しいおねだりに、思わず和んでしまう。
「すっごく軽くて、動かし易かったぁ」
エシルの言には、実感が込められている。彼女は巡航艦にご執心だった。重たい工作艦とのギャップが、面白く感じられたのかもしれない。
「ただただ、嬉しかった」
ルストの感想はユニークだ。彼女は各訓練工程をゆっくり丁寧に、まるで味わうように進める姿が印象的だった。
「嬉しい、とは? 遠慮せず申してみよ」
スカーが促し、ルストが頷く。
「実は私は……帝国軍では、操艦適性なしと扱われている。……身の丈が、規定を超えてしまったんだ。叶わぬ願いが、今日叶ったよ」
乗員の体格まで規定するとは。帝国軍艦艇の規格化は、かなり厳しいらしい。こんな切ない話を聞かされた日には、操縦者として乗せてやりたくもなる。
「そうか。シミュレーターは解放するゆえ、存分に楽しむと良い」
スカーは一同へ、満足げに告げていた。概ね好評で、俺もほっとしている。
その日の夜遅く、俺は居室のスカーと密談していた。
『理論上、宙蝗が観測可能となった』
思いがけない朗報に気色ばんでいた。
「お見事です。一体、どんなやり方なのでしょう?」
宙蝗は要塞を食い荒らした元凶だ。いずれ戦うことになるだろう。だからこそ、観測の仕組みは良く知っておきたい。
『匂いで追うのだ』
意外で大胆な答えに興味が湧く。宇宙だからこその盲点だった。俄にアロマテラピーに興味を示したのは、この為だったらしい。
『スカイアイルの区画に、宙蝗の匂いがまだ残っておった』
緊急脱出させ、生き延びたあの区画のことだろう。相応の日数が経っているはずだが、随分としぶとい匂いらしい。
『採取した匂い物質を、スペクトル解析したのだ。その結果を、フィルタとして使う』
「なるほど」
たしか当てた光の吸収度合いから、成分や含有率を探る解析方法だったはずだ。
『スカイ・ゼロのみでは、観測精度が十分とは言えぬ。残る六基を順次復元しつつ、フィルタが実用に足るか否か、検証を進めるぞ』
「了解。資源運用計画を修正します」
逸る気持ちで、獲得資源状況を見直す。
(……ん? なぜこんなものが?)
ほんの僅かながら、緑星鉄の備蓄を確認した。緑星鉄は希少で謎が多く、戦略的価値を測りかねる資源だ。入手時点の把握失敗は痛いが、正直に報告しよう。
「……微量ながら、緑星鉄の備蓄を確認しました。ごく最近の獲得と推測します」
ゲイル星系へと援兵する直前、ラスティネイル級戦艦を二隻建艦した。その時点では、緑星鉄は無かったのは憶えている。
『ほう……それは、捨て置けぬな』
スカーの声には珍しい警戒感と……なぜか高揚感が滲んでいた。
『緑星鉄の入手経路を特定せよ。使えるものは、使わねばな』
スカーは何かを識っているのかもしれない。それが要塞の仇討ちへと繋がるならば、喜ばしい限りだ。俺は就寝するスカーを見送り、採掘艦隊へと意識を向ける。
『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#A〟に接続完了』
ゲイル星系で、赤星鉄採掘に勤しむ工作艦へと憑依した。付近には、攻撃巡航艦一隻の反応もある。隠密擬装中の為、姿は目視できないが、艦艇間の量子通信で判っている。
俺は工作艦のシステムに対し、設定変更を加える。もしも緑星鉄を得た場合、その旨をログを残すようにした。
変更後しばらくの間、工作艦の採掘状況をモニタリングする。
(あの緑星鉄は、採掘で手に入れたのでは無さそうだな)
まだ断定はできないが、それが事実だと思う。今までの経験則だが、採掘可能な星鉄は星系規模で偏るらしい。ブルートでは青星鉄、ゲイルでは赤星鉄しか、まだ採れていない。
『敵艦捕捉。六時下方、艦数四』
隠密偽装中の僚艦からの報告だ。僚艦はこの工作艦背後に眼を光らせている。俺は宙戝の接近に気づかぬフリをしつつ、僚艦に対処を命じる。僚艦の砲座は四門。対装甲レールガンと魚雷発射管を二門ずつだ。擬装のまま攻撃する為、対盾レーザーは使用しない。目立つレーザーは位置がバレてしまい、擬装の意味が無くなるからだ。
『僚艦A、対盾雷撃。敵艦A・C、防盾喪失』
宙戝艦隊は、縦陣で突撃を狙う。その陣頭と半ばに一発ずつ、対盾魚雷が炸裂した。突如、頭上から降り注いだ雷撃に、宙戝たちは隊列を乱していた。
『敵艦A、撃破。僚艦A、対盾雷撃。敵艦C、撃破。敵艦B・D、防盾喪失』
僚艦が対装甲レールガンで、敵艦Aを沈める。その間に、対盾魚雷の再装填と諸元入力を済ませ、魚雷発射。直後に敵艦Cへの追撃へと移行し、これを撃破する。敵艦BとDは擬装中の僚艦を発見できず、雷撃を甘んじて受けていた。
『敵艦B、撃破。敵艦D、離脱』
退却を急ぐ宙戝へ追撃を加える。深追いはせず、一隻を見逃して交戦終了だ。
『艦載機群、発艦。残骸分解、開始』
工作艦の両肩コンテナには、小型垂直発射管がずらりと並ぶ。それらを全て開き、ドローンを発艦させた。ドローン各機は、極小の分解機と収蔵管理端末を装備している。
撃破した宙戝艦に、ドローンたちが群がる。夥しい数の光条が走り、分解が始まった。
『緑星鉄、獲得』
幸先の良い報せだ。宙戝艦の砲座付近を分解した際、得られたものらしい。
(残った残骸を、僚艦に詳細走査させてみよう)
艦としては無理だが、部品単位なら走査できる。いくらキメラ化著しい宙戝艦でも、砲座ならば判別し易い。砲などを格納する外扉と箱を、必ず備えているからだ。
詳細走査による中断の後、宙戝艦を跡形も遺さず分解し尽くした。
(出処は……巡航阻害装置か)
母数こそまだ少ないものの、緑星鉄の入手元が特定できた。報告をあげておこう。
『残骸分解、完了。艦載機群、帰艦』
ひと仕事終えたドローンたちを、元通りに収容した。すぐさまメンテナンスに移り、次の発艦に備えねばならない。このシステムは、量子通信網を応用した給電網を備えている。小型軽量で積載量に乏しいドローンで、分解機を運用する為のものだ。分解機には大電力が必要とされるが、ドローンには大きな蓄電機を積めない。そこでこの給電網で工作艦から、電力を供給しているわけだ。
採掘中の工作艦を囮に、宙戝艦を狩る。狩った痕跡を一切遺さず、新手を誘うのだ。攻撃巡航艦の魚雷は、ボクセルシステムで生産と補給を行う。これを繰り返し、赤星鉄を集め続けた。




