第四五話 宙戝遊撃と艦内生活
***
俺はスカーの命を受け、遊撃艦隊を率いて採掘場へ到着した。そこは、惑星を周る岩石質の小惑星帯となっている。小惑星の密度は高く、衝突に気をつける必要がある。
(そういえば、無人艦隊での戦闘は初めてだな)
要塞スカイアイルの警備などを、無人艦隊に担わせてはいる。だがその実体は、ルーチンまかせの自動処理だ。処理に余る場合は俺が介入するが、今のところは事足りている。俺が意識的に無人艦隊を動かすのは、これが初めてと言って良いだろう。
(好都合だ。本領発揮といこうか)
生命維持や重力制御など、有人用設備に割いていたエネルギーを転用する。無人艦ならではのリミッター解除で、艦隊の戦力を底上げした。
『宙戝遊撃作戦、開始』
ログを残し、仕事にかかる。二隻の偵察巡航艦を先行させた。残るは戦艦と電子巡航艦が一隻ずつ。戦艦を前にした雁行陣で、遊撃を命じた。電子巡航艦の配置は、戦艦の喧しい推進機の機軸からは外す。さもなければ、まともに走査機が稼働できないからだ。
『敵艦捕捉。一〇時下方、艦数二』
先行の偵察艦隊からの報せを受け、攻撃艦隊をすぐさま差し向ける。この宙域は採掘する工作艦、警備する戦闘艦すべて登録が義務付けられている。捕捉時の照会に該当が無い場合、すべて敵艦とみなして撃破せよとのお達しだ。
『敵艦隊、撃破』
いつもの対盾レーザーと、対装甲レールガンの交互砲撃だ。見つけた宙戝艦二隻を、苦も無く仕留める。この星系でも、宙戝艦の脆さは大差無いらしい。すぐさま次の目標へ、急速に接敵する。先行の偵察艦隊は、着々と索敵を進めていた。
(小惑星帯での遊撃こそ、ラスティネイル級戦艦の主戦場だからな)
持ち味を存分に活かすとしよう。俺は気を引き締め、連戦に突入する。
***
臣下を出陣させた後、スカーは次の行動に移る。
「ルスト、ご苦労だった。少し考え事がしたい、外して貰えるか?」
「ハッ。失礼します」
ルストが敬礼し、母艦モリガンの艦橋から退出する。スカーは先ず統治する宇宙港ロンドへの指示を出し、要塞による宙蝗の解析進捗を確認した。
(スカイ・ゼロの設備だけでは、やはり観測は難しいか……)
自ら放射線を発し、一定の軌道を描く恒星とは勝手が違う。相手は既存の走査機では探知できず、意思を持って蠢く群れなのだ。
(実用に足る、宙蝗観測フィルタを構築せねばならぬ)
ただ観るだけなら、この銀河の隅々まで見渡せる。だが、その膨大で雑多な情報の塊から、宙蝗の痕跡だけを摘む術が無い。
(どうしたものか……)
スカーは暫し苦慮する。資源を投じ、より大規模に検証すべきか。それとも新たな方策を模索すべきか。
(……一旦、気分転換をしよう)
スカーは艦内を散策しつつ思案する。
艦橋から出ると、無機質な通路が続く。その通路を挟み、六つの個室が並んでいる。
(……ん?)
スカーの足が止まる。場に不似合いな、甘い香りに気付いたからだ。
(念の為、確認しておくか)
スカーは通路を進み、香りの出処を探る。艦橋を出てすぐの個室区画の隣には、談話室と会議室が通路越しに対面する。そこも通り過ぎると、エレベーター前まで辿り着いた。
(おそらく、練兵場だな)
エレベーターは一階下に止まっていた。スカーは予想を立てつつ、先へ向かう。
階下の練兵場に、運動着姿のベルファとエシルが居た。ベルファは体術の一人稽古に励み、エシルはランニングマシンで走り込んでいる。
(ほう……)
ベルファは右半身を前に構え、多彩な足技を披露していた。回り込む歩法と伸ばし切る蹴り足が独特だ。脚の長さが強調され、舞っているようにも観えてしまう。
「……あら、提督殿自ら巡察ですか?」
稽古を一段落させたベルファが言う。束ねた髪の辺りに、件の香りが残っていた。
「うむ、そんなところだ」
火照るベルファに応じつつ、スカーはふと思い立つ。
(香り、か……。これは、宙蝗の観測に使えるかもしれぬ)
後ほど試すとしよう。が、この場はひとまず、客人らと交流だ。
「艦内で不自由はしていないか?」
「むしろ自由すぎて……冗句に聞こえるわ」
スカーの問いへ、ベルファの困惑と、エシルの首肯が返る。
「設備の充実ぶりは、ここが艦内だと忘れてしまいそう。まるで賓客待遇ね」
「ベルファ先生、最初は頭を抱えてたもんねぇ」
茶化すエシルが、澄ますベルファに気圧されていた。多少の戸惑いはありながらも、この二人は睦まじく艦内生活を送れているらしい。
幾度かの武術交流を経て、ベルファとは大分打ち解けた。だからこそ、エシルとの攻防が微笑ましくも映る。生真面目な者を茶化したくなるのは、母譲りの悪癖であるらしい。
「ここにおられましたか、閣下」
そこへルストが巨躯を現した。その途端に、ベルファらが態度を強張らせる。
「本国からの伝達事項です。ご確認ください」
ルストが端末を差し出す。スカーは促されるまま、電文に目を通した。
「伝達の通り、私は貴方の指揮下に入ります。何なりとご命令を」
「……それは、どういうことかしら?」
訝しむベルファが口を挟む。エシルが抗議の表情を浮かべていた。
「傭兵としての閣下を最大限補佐するよう、司令部からの命令を受けております」
ルストが律儀に応える。この命令自体は、隠す必要が無いらしい。
(ふむ……)
共同軍としては受け入れ難く、傭兵としては受け入れ易し。ルストに下された命令は、そう物語っているようにも観えた。傭兵契約の本音が侮りならば、斯様な便宜を図りはせぬだろう。
(腹の探り合いは好かぬが、見極めるのも一興か……)
スカーは腹を決め、端末をルストへと返却する。
「あいわかった。……まずは其方を良く知る必要があるな」
ルストが微かに身構える。スカーの逸る気が、眼の色に出てしまったようだ。
「私も体を動かそう。一緒にどうか?」
「望むところです」
ルストが即答する。声音には高揚が感じられた。
「うむ。準備運動の後は、手合わせといこう。ベルファも付き合え」
「私は今すぐでも構わないわ」
「着替える暇くらいは与えてやれ」
もっと逸るベルファを、やんわりと制した。続いて、ルストをロッカールームへと導く。
***
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
宙戝を狩り続けて、二時間ほど経ったか。俺は経過報告の為、母艦モリガンに意識を移す。
(……ん? 全員、練兵場に居る?)
遊撃艦隊に自動戦闘を指示したところで、乗員たちの所在の偏りに気がついた。今のモリガンは、立場の異なる三陣営が顔を合わせている。いつ何時、諍いが起きてしまっても不思議ではない。俺は心配になり、状況把握を急ぐ。
「鍛錬中、失礼します。経過報告です」
練兵場の監視カメラにアクセスしつつ、スピーカー越しにスカーへ呼びかけた。
「ご苦労。……ふむ、上々の戦果だな」
スカーは立ち尽くしたまま、鷹揚に応えていた。その視線の先には、ベルファとルストが対峙している。話しかける間が悪かったようだ。
「ど、どうやって確認しているの?」
エシルが率直な疑問を投げかける。彼女は傍らのベンチで小休止中らしい。全員、トレーニングウェアのような軽装だった。
「ブレイン・マシン・インターフェースという、脳波などで機器を操作する技術です。電脳化とも呼ばれます。使用者本人の視界内に、情報を直接表示することも可能です」
「そうなんだぁ」
観戦に夢中そうな主に代わり、端的に説明しておく。俺も存在を知った時は、その卑怯技っぷりに驚いた技術だ。
「「……」」
ベルファとルストは黙々と、訓練用のエアソフトスティックを打ち合っていた。スティックはベルファが一米ほどなのに対し、ルストは三〇糎ほど短いようだ。二人とも保護眼鏡と小手を着け、最小限ながら身を護っている。
「……ッ!」
踏み込むルストに対し、回り込むベルファ。瞬速の打ち合いが続く。得物の短さが響いているのか、ルストが打ち込まれるシーンが目立って来た。
「時間だ。双方、止め」
スカーの呼びかけに応じ、両者が武器を下ろす。
「まだまだね」
ベルファが余力を残す一方、ルストは無言で呼吸を整えていた。
「……もう一戦、良いだろうか。……今度は、ダブルスティックで……挑みたい」
ルストが荒い呼吸で願い出る。
「構わないわ」
ベルファは涼しい顔で応じていた。
「スティックは同じもので良いか?」
スカーの問いに、ルストが頷く。呼吸は尚も荒いが、眼光は鋭いままだ。




