表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/65

第四二話 それぞれの思惑


***


(……信じ難いことだ)

 ザエト総督は心中で嘆じる。彼らはゲイル星系への帰還中、映像通信で軍議を開いていた。

『有り得ません。たかが二隻に、一個艦隊が遅れを取るとは』

 参謀のユーリスが(うめ)く。それは、第九艦隊の戦闘記録だった。

『敗戦は(それがし)の責。なればこそ、真実を持ち帰る。その一心で参った次第です』

 部下のティリーは苦しげだった。彼が率いた第九艦隊は、この後に参戦した反乱軍本隊に殲滅(せんめつ)されたと言うのだ。

『部下や兵たちの生命を犠牲に、某は生かされました。この記録はその証です。……どうか、ありのままを皇帝陛下へ。然る後、某へは罰を賜りますように』

 犠牲があまりにも大き過ぎる。が、ザエトは衝動を理性で抑えた。

「我らアモルは敗北に学ぶ。奴らへの対抗策を、共に考えようではないか」

『……かたじけなく存じます』

 感極まるティリーに発言を促し、軍議を進める。各々の情報を、改めて統合した。

『ダンスカー艦隊はやはり、開戦当初から反乱軍についていたようですね』

「うむ。随伴艦が酷似しておる」

 ユーリスの指摘にザエトが(うなず)く。ティリーの戦闘記録に映る暗灰色の艦影は、他ならぬザエト自身が眼にしたものと同型と思われた。彼らはダンスカー艦隊を名乗ったことを、ティリーはこの時初めて知ることとなる。

 第九艦隊旗艦への狙撃は〝先制攻撃〟だが実証できず、随伴艦群への電子妨害は〝敵対的行動〟止まりだ。先制はダンスカー艦隊側だと、そう断じる根拠としては弱い。それでも、牽制(けんせい)する材料にはなるだろう。

「奴らは中立の顔で、裏では反乱軍と(つな)がっておるということだ」

『先制攻撃を受けたのは、むしろ帝国側と言えるでしょう』

 立腹気味のユーリスをよそに、ティリーは考え込む素振りを見せる。

『某は(だま)されたフリをして、ダンスカー艦隊に近づくべきと考えます』

『……なッ! 臆したか、ティリー!』

「止さぬか、ユーリス」

 追求に構わず、ティリーは新しい記録データを開示する。その記録には、あの機動要塞が一瞬で形作られる様が映し出されていた。

『なん……だ、これはッ!』

「……」

 莫迦(ばか)げた兵器生産速度に、さすがのザエトも動揺を禁じ得ない。

『これほどのことを為せるダンスカー艦隊が、反乱軍に大人しく従うのは不自然です。友好を装いつつ、彼らの弱みを暴きましょう』

「具体的には、どうするのだ?」

 ティリーにとっては、手痛い敗北を喫した相手だ。その痛みを思い()りつつも、ザエトは覚悟のほどを問う。

『使者を送り、内情を探らせるのです。表向きは、友好の証や親睦を深める為として。……某の身内に、適役がおります』

 迎えた脅威の大きさ、部下の覚悟の重さを感じとり、ザエトは決断する。

「良いだろう。対抗策として、陛下に奏上する。ティリーは私に同行せよ。ゲイル星系での艦隊再編は、ユーリスに一任する」

『『ハッ!』』


 ザエト総督はゲイル星系で艦隊と別れる。同行するティリーと共に連絡艦を乗り継ぎ、本拠のアイタル星系へと帰参した。すぐさま皇宮へ通され、皇帝との謁見に臨む。

「皇帝陛下。再びご尊顔を拝することが叶い、恐悦至極にございます」

「遠路、ご苦労だった。早速で悪いが、貴君らの報告を聞こう」

 ザエトはブルート星系での一部始終を報告した。アイセナ氏族長の王位僭称(せんしょう)叛乱(はんらん)、それに加担するダンスカー艦隊の脅威など。次第に皇帝クラウディアの表情は曇ってゆく。

「……そうか。貴君らが生還できて僥倖(ぎょうこう)であった」

 嘆息する皇帝へ、ザエトは畳み掛ける。

「陛下。ダンスカー艦隊との外交にあたり、策がございます」

「申してみよ」

 ザエトはティリーの策を皇帝へ献じた。皇帝は深く考え込む。

「……その策を容れよう。貴君の忠節、(うれ)しく思う。余の親書をすぐに(したた)めよう」

「有難き仕合(しあ)わせ」

 ティリーが応え、皇帝が頷いた。

「貴君らには当面、ゲイル星系での防衛にあたってもらう」

「ダンスカー艦隊に備えて、ですな?」

「そうではない」

 皇帝は差し迫った顔をして見せる。

「ゲイル星系そのものが、窮地に陥りつつあるのだ」

「「……ッ!」」

 不意を討たれ、ザエトらは言葉を失う。それには構わず、皇帝は淡々と説明を続けた。

「宙戝が勢いづき、防衛艦隊にも被害が出ている。早急に手を打たねばならん」

 ゲイル星系は補給と交通の要だ。良質な赤星鉄を産出する重要拠点でもある。ここの守りが揺らげば、帝国の威信にも傷が付く。

「この劣勢がブルート星系に伝われば、逆侵攻を招く恐れがある。そうなれば、反乱は帝国に広く連鎖するだろう。それだけは、絶対に阻止するのだ」

「御意にございます」

 ザエトは皇帝の危惧に応じ、すぐさま対策を講じる。話し合いは深夜にまで及んだ。


***


 帝国の脅威が去ったブルート星系で、俺たちはそれぞれの役目に励んでいた。俺はパドゥキャレ同盟(アリオンス)を介し、青星鉄製品の輸出と赤星鉄の輸入に力を入れていた。

(講和を結ぶまでは、無難に過ごさないとな……)

 帝国を刺激しないよう、今は他の星系に跳躍するのは控えているところだ。

(無難といえば、俺の扱いはどうなることやら)

 俺はディセアを救う為、スカーに反抗した。力を誇示して決戦を止めたが、スカーを危険に(さら)したとも言える。

(俺は証明できたのだろうか……)

 スカーがどう受け取ったかは、謎のままだ。規約(プロトコル)から逸脱したがる不良AIとして、抹消されても不思議ではない。今のところはお(とが)め無しだが……。

(反抗で失った信頼は、功績で取り戻さねば)

 許された、などと楽観すべきではないのだ。

 スカーは宇宙港ロンドの執務の傍ら、宙蝗(ちゅうこう)対策の研究に取り組んでいる。ロンドの管理局には量子通信端末を導入し、局員と遣り取りしているようだ。一方で貿易で確保した赤星鉄の一部を使い、要塞メインAIの強化に充てている。これで宙蝗対策も進むだろう。

『お母様たちから、連絡があったわ』

 採掘に(いそ)しむエシルからの報せだ。ディセアたちも仕事が一段落したらしい。俺たちは久しぶりの再会を楽しむべく、母艦モリガンで宇宙港ノーフォへ向かった。


 ディセアがベルファを伴い、モリガンの談話室に現れる。二人は部屋の奥に構えた艦内神社に参拝を済ませ、スカーとエシルに対面した。俺は監視カメラ視界を借りて同席する。まずは仕事の話を済ませるとしよう。

「帝国より、連絡員派遣の打診があった。受け入れる旨、伝えてある」

「やっぱり、そうなるよねぇ」

 スカーの報告に、ディセアが複雑な顔をする。

「うむ。ロンドは自由都市を宣する以上、断るべき理由が無い」

「あたしと同じような立場の、帝国人が来るってわけかぁ」

 エシルの指摘にスカーが頷く。エシル自身、目付役としての自覚はまだあるようだ。

「これでロンドは連合と帝国の窓口が(そろ)い、講和会議に臨めるというわけだ」

「その前に、お耳に入れておきたいことがあります」

 ベルファの言だ。その声音には、思い詰めた色が(にじ)む。

「宇宙港コルツから、ゴードが出奔(しゅっぽん)しました」

「……ほう」

「コルツは氏族長を失い、政情不安になりつつあります」

 バックレた氏族長の後継の座を狙い、主導権争いでも始まったか。

「ウチに()るか、独立か……トルバ氏族は()めてるみたいだよ」

 そう言いながら、ディセアが混ざってきた。

「ベルファはゴードに、ケジメをつけさせようとしたんだ。あの抜け駆けのね。だけどゴードは、もう居なくなった後だった」

 ベルファが(とが)め、ディセアが(ゆる)せば、丁度よい落とし所だっただろう。

(ディセアがゴードを即座に処断すれば、トルバ氏族が恨みに思っただろうなぁ……)

 氏族長としての責を負うには、ゴードはまだ若すぎたのかもしれない。ディセアがかけた情を、ゴードはまたも(あだ)で返していた。

「ゴードは支持を失い、暫くは再起できないでしょう。……しかし、念の為ご注意を」

 報復に警戒を。ベルファの眼は、暗にそう呼びかけているようだった。

「そうか。心に留めておく。……さて、ほかに無ければ、歓談の時間としようか」

 スカーは応じ、女子会の時間となったようだ。

(ん? ロンドに、パドゥキャレ同盟からの通信だと?)

 予定より随分早い到着だ。俺はその場を辞去し、ジム代表との映像通信回線を開く。


『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#F〟に接続完了』

 ロンドへ寄港中のバーボネラ級工作艦六番艦へとアクセスした。この艦は機械歩兵の練兵場兼、パドゥキャレ同盟宛の商品生産拠点として使っている。商品を港へ預け降ろしているところに、ジム代表からの直電が入ったらしい。

『久しいな、ガゼル』

「健勝そうで何よりだ、ジム」

 ジムは長旅の疲れも見せず、快活に笑っていた。

『お前さんもな。……さて、本題だ。悪い報せがある』

 表情を引き締めたジムに釣られ、俺も身構える。

『赤星鉄調達が、これから難しくなるぞ』

「……詳しく聞こう」

『ああ。明らかに内需が増え、輸出に制限がかかり始めている。……国防強化の為だと、専らの(うわさ)だ。交戦の痕跡を見かけた奴も多い。軍は公言していないが、宙戝の来襲が増えていると観て、間違いないだろう』

 これまで収集したデータによれば、帝国の艦艇は赤星鉄を多用する傾向がある。支配領域で採れる星鉄が、赤星鉄に偏っているのが原因だろう。

(だからこそ、強引にでもブルート星系を攻めたのだろうな……)

 規格化に厳しく、整備性に優れた設計から、帝国の建艦技術の高さが(うかが)えた。それを基準に考えれば、星鉄の特性に疎いとは考えにくいのだ。

「重要な情報の提供に感謝する。早急な方針転換が必要だ」

 俺はジムに礼を述べ、取引に色をつけて報いる。並行してスカーへの報告も伝送した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ