第四二話 それぞれの思惑
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(……信じ難いことだ)
ザエト総督は心中で嘆じる。彼らはゲイル星系への帰還中、映像通信で軍議を開いていた。
『有り得ません。たかが二隻に、一個艦隊が遅れを取るとは』
参謀のユーリスが呻く。それは、第九艦隊の戦闘記録だった。
『敗戦は某の責。なればこそ、真実を持ち帰る。その一心で参った次第です』
部下のティリーは苦しげだった。彼が率いた第九艦隊は、この後に参戦した反乱軍本隊に殲滅されたと言うのだ。
『部下や兵たちの生命を犠牲に、某は生かされました。この記録はその証です。……どうか、ありのままを皇帝陛下へ。然る後、某へは罰を賜りますように』
犠牲があまりにも大き過ぎる。が、ザエトは衝動を理性で抑えた。
「我らアモルは敗北に学ぶ。奴らへの対抗策を、共に考えようではないか」
『……かたじけなく存じます』
感極まるティリーに発言を促し、軍議を進める。各々の情報を、改めて統合した。
『ダンスカー艦隊はやはり、開戦当初から反乱軍についていたようですね』
「うむ。随伴艦が酷似しておる」
ユーリスの指摘にザエトが頷く。ティリーの戦闘記録に映る暗灰色の艦影は、他ならぬザエト自身が眼にしたものと同型と思われた。彼らはダンスカー艦隊を名乗ったことを、ティリーはこの時初めて知ることとなる。
第九艦隊旗艦への狙撃は〝先制攻撃〟だが実証できず、随伴艦群への電子妨害は〝敵対的行動〟止まりだ。先制はダンスカー艦隊側だと、そう断じる根拠としては弱い。それでも、牽制する材料にはなるだろう。
「奴らは中立の顔で、裏では反乱軍と繋がっておるということだ」
『先制攻撃を受けたのは、むしろ帝国側と言えるでしょう』
立腹気味のユーリスをよそに、ティリーは考え込む素振りを見せる。
『某は騙されたフリをして、ダンスカー艦隊に近づくべきと考えます』
『……なッ! 臆したか、ティリー!』
「止さぬか、ユーリス」
追求に構わず、ティリーは新しい記録データを開示する。その記録には、あの機動要塞が一瞬で形作られる様が映し出されていた。
『なん……だ、これはッ!』
「……」
莫迦げた兵器生産速度に、さすがのザエトも動揺を禁じ得ない。
『これほどのことを為せるダンスカー艦隊が、反乱軍に大人しく従うのは不自然です。友好を装いつつ、彼らの弱みを暴きましょう』
「具体的には、どうするのだ?」
ティリーにとっては、手痛い敗北を喫した相手だ。その痛みを思い遣りつつも、ザエトは覚悟のほどを問う。
『使者を送り、内情を探らせるのです。表向きは、友好の証や親睦を深める為として。……某の身内に、適役がおります』
迎えた脅威の大きさ、部下の覚悟の重さを感じとり、ザエトは決断する。
「良いだろう。対抗策として、陛下に奏上する。ティリーは私に同行せよ。ゲイル星系での艦隊再編は、ユーリスに一任する」
『『ハッ!』』
ザエト総督はゲイル星系で艦隊と別れる。同行するティリーと共に連絡艦を乗り継ぎ、本拠のアイタル星系へと帰参した。すぐさま皇宮へ通され、皇帝との謁見に臨む。
「皇帝陛下。再びご尊顔を拝することが叶い、恐悦至極にございます」
「遠路、ご苦労だった。早速で悪いが、貴君らの報告を聞こう」
ザエトはブルート星系での一部始終を報告した。アイセナ氏族長の王位僭称と叛乱、それに加担するダンスカー艦隊の脅威など。次第に皇帝クラウディアの表情は曇ってゆく。
「……そうか。貴君らが生還できて僥倖であった」
嘆息する皇帝へ、ザエトは畳み掛ける。
「陛下。ダンスカー艦隊との外交にあたり、策がございます」
「申してみよ」
ザエトはティリーの策を皇帝へ献じた。皇帝は深く考え込む。
「……その策を容れよう。貴君の忠節、嬉しく思う。余の親書をすぐに認めよう」
「有難き仕合わせ」
ティリーが応え、皇帝が頷いた。
「貴君らには当面、ゲイル星系での防衛にあたってもらう」
「ダンスカー艦隊に備えて、ですな?」
「そうではない」
皇帝は差し迫った顔をして見せる。
「ゲイル星系そのものが、窮地に陥りつつあるのだ」
「「……ッ!」」
不意を討たれ、ザエトらは言葉を失う。それには構わず、皇帝は淡々と説明を続けた。
「宙戝が勢いづき、防衛艦隊にも被害が出ている。早急に手を打たねばならん」
ゲイル星系は補給と交通の要だ。良質な赤星鉄を産出する重要拠点でもある。ここの守りが揺らげば、帝国の威信にも傷が付く。
「この劣勢がブルート星系に伝われば、逆侵攻を招く恐れがある。そうなれば、反乱は帝国に広く連鎖するだろう。それだけは、絶対に阻止するのだ」
「御意にございます」
ザエトは皇帝の危惧に応じ、すぐさま対策を講じる。話し合いは深夜にまで及んだ。
***
帝国の脅威が去ったブルート星系で、俺たちはそれぞれの役目に励んでいた。俺はパドゥキャレ同盟を介し、青星鉄製品の輸出と赤星鉄の輸入に力を入れていた。
(講和を結ぶまでは、無難に過ごさないとな……)
帝国を刺激しないよう、今は他の星系に跳躍するのは控えているところだ。
(無難といえば、俺の扱いはどうなることやら)
俺はディセアを救う為、スカーに反抗した。力を誇示して決戦を止めたが、スカーを危険に曝したとも言える。
(俺は証明できたのだろうか……)
スカーがどう受け取ったかは、謎のままだ。規約から逸脱したがる不良AIとして、抹消されても不思議ではない。今のところはお咎め無しだが……。
(反抗で失った信頼は、功績で取り戻さねば)
許された、などと楽観すべきではないのだ。
スカーは宇宙港ロンドの執務の傍ら、宙蝗対策の研究に取り組んでいる。ロンドの管理局には量子通信端末を導入し、局員と遣り取りしているようだ。一方で貿易で確保した赤星鉄の一部を使い、要塞メインAIの強化に充てている。これで宙蝗対策も進むだろう。
『お母様たちから、連絡があったわ』
採掘に勤しむエシルからの報せだ。ディセアたちも仕事が一段落したらしい。俺たちは久しぶりの再会を楽しむべく、母艦モリガンで宇宙港ノーフォへ向かった。
ディセアがベルファを伴い、モリガンの談話室に現れる。二人は部屋の奥に構えた艦内神社に参拝を済ませ、スカーとエシルに対面した。俺は監視カメラ視界を借りて同席する。まずは仕事の話を済ませるとしよう。
「帝国より、連絡員派遣の打診があった。受け入れる旨、伝えてある」
「やっぱり、そうなるよねぇ」
スカーの報告に、ディセアが複雑な顔をする。
「うむ。ロンドは自由都市を宣する以上、断るべき理由が無い」
「あたしと同じような立場の、帝国人が来るってわけかぁ」
エシルの指摘にスカーが頷く。エシル自身、目付役としての自覚はまだあるようだ。
「これでロンドは連合と帝国の窓口が揃い、講和会議に臨めるというわけだ」
「その前に、お耳に入れておきたいことがあります」
ベルファの言だ。その声音には、思い詰めた色が滲む。
「宇宙港コルツから、ゴードが出奔しました」
「……ほう」
「コルツは氏族長を失い、政情不安になりつつあります」
バックレた氏族長の後継の座を狙い、主導権争いでも始まったか。
「ウチに依るか、独立か……トルバ氏族は揉めてるみたいだよ」
そう言いながら、ディセアが混ざってきた。
「ベルファはゴードに、ケジメをつけさせようとしたんだ。あの抜け駆けのね。だけどゴードは、もう居なくなった後だった」
ベルファが咎め、ディセアが赦せば、丁度よい落とし所だっただろう。
(ディセアがゴードを即座に処断すれば、トルバ氏族が恨みに思っただろうなぁ……)
氏族長としての責を負うには、ゴードはまだ若すぎたのかもしれない。ディセアがかけた情を、ゴードはまたも仇で返していた。
「ゴードは支持を失い、暫くは再起できないでしょう。……しかし、念の為ご注意を」
報復に警戒を。ベルファの眼は、暗にそう呼びかけているようだった。
「そうか。心に留めておく。……さて、ほかに無ければ、歓談の時間としようか」
スカーは応じ、女子会の時間となったようだ。
(ん? ロンドに、パドゥキャレ同盟からの通信だと?)
予定より随分早い到着だ。俺はその場を辞去し、ジム代表との映像通信回線を開く。
『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#F〟に接続完了』
ロンドへ寄港中のバーボネラ級工作艦六番艦へとアクセスした。この艦は機械歩兵の練兵場兼、パドゥキャレ同盟宛の商品生産拠点として使っている。商品を港へ預け降ろしているところに、ジム代表からの直電が入ったらしい。
『久しいな、ガゼル』
「健勝そうで何よりだ、ジム」
ジムは長旅の疲れも見せず、快活に笑っていた。
『お前さんもな。……さて、本題だ。悪い報せがある』
表情を引き締めたジムに釣られ、俺も身構える。
『赤星鉄調達が、これから難しくなるぞ』
「……詳しく聞こう」
『ああ。明らかに内需が増え、輸出に制限がかかり始めている。……国防強化の為だと、専らの噂だ。交戦の痕跡を見かけた奴も多い。軍は公言していないが、宙戝の来襲が増えていると観て、間違いないだろう』
これまで収集したデータによれば、帝国の艦艇は赤星鉄を多用する傾向がある。支配領域で採れる星鉄が、赤星鉄に偏っているのが原因だろう。
(だからこそ、強引にでもブルート星系を攻めたのだろうな……)
規格化に厳しく、整備性に優れた設計から、帝国の建艦技術の高さが窺えた。それを基準に考えれば、星鉄の特性に疎いとは考えにくいのだ。
「重要な情報の提供に感謝する。早急な方針転換が必要だ」
俺はジムに礼を述べ、取引に色をつけて報いる。並行してスカーへの報告も伝送した。




