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第四一話 一時の平和


***


(さて、臣下の働きに報いてやるか)

 スカーの眼前には、帝国首都港アモルの巨影が(たたず)む。それと正対する母艦モリガンを駆るガゼルは、過労が(たた)って昏倒の最中に在った。

「我が艦隊への魚雷攻撃を確認した。看過し難き事態である」

 スカーは通話相手の帝国皇帝(クラウディア)へ、淡々と揺さぶりを掛ける。

「貴国のブルート星系進駐軍の撤退を求める。さすれば我らも貴国首都への照準を解き、帰途に就くであろう。然る後に協議の場にて、此度(こたび)の問題解決を図ろうではないか」

『……そうしよう。貴女らとの和議を、実りあるものにする為に』

 存外、素直に引き下がるものだ。

「こちらに御座(おわ)すはアイセナ王国王太女、エシル殿下だ。私はダンスカー艦隊提督、スカーと申す。以後、見知り置き願おう」

 クラウディアには、困惑の表情が浮かんでいた。女王ディセアの即位や戦いの推移は、()の皇帝にはまだ伝わっていないと観える。

「さぁ、撤退を命じて頂こう」

『うむ。……発、アモル帝国皇宮。宛、帝国軍ブルート星系駐留艦隊。ゲイル星系へ撤退せよ』

 ザエト総督に対する帰参の勅命は、中継網を介して公共通信として放送された。対峙(たいじ)する友の耳にも、きっと届いたことだろう。


***


(生き急ぐ事なかれ……か)

 先ほど娘から手向けられた言葉を、ディセアは()み締めていた。なし崩すように第一四艦隊へと攻めかかった友軍の行く手を、友人(スカー)の要塞が阻んで事なきを得ている。

 増長する帝国への忍耐、盟友たちの暴走、逸した仇敵(きゅうてき)との戦機……恨み、怒り、無念が()い交ぜとなっていた。そんな己の心境に、如何(いか)にして向き合うべきだろうか。

「陛下、お気を確かに」

 怒気を収めたベルファが、ディセアを現実に引き戻す。

『発、アモル帝国皇宮。宛、帝国軍ブルート星系駐留艦隊。ゲイル星系へ撤退せよ』

 奇妙で唐突な幕切れに驚く。間違いなく、スカーの仕業だろう。帝国の本拠とは、二三〇〇光年は離れているはずだ。にも関わらず、全く遅延を感じさせない。こんな通信は、明らかにロストテクノロジーだと言える。

「……ん?」

「電文ですね。要塞からです」

 要塞は眼の前に在る。あえての電文は、急ぎの内緒ごとだと察した。

『我が友ディセア。今は手勢と共に帰港されたし。其方(そなた)が使命、我が外交にて助勢す』

 (かす)め取られた自由と尊厳を、同胞(はらから)たちの手に取り戻す。(かつ)てディセアが誓った使命だ。

「どうやらスカー提督は、本格的に動き始めたようですね」

「……みたいだねぇ」

 スカーはまだ、友好的で居てくれるようだ。

「ノーフォに帰ろう、ベルファ」

御意(ぎょい)。全軍へ、帰港命令を出します」

 同胞たちは統率を失い、士気も(くじ)けた。無様な戦いは、女王の矜持(きょうじ)が許さなかった。


***


 退きゆく反乱軍を、ザエト総督は忌々しく見送った。彼が率いる第一四艦隊は、圧倒的劣勢からの逆転の策を潰された。それも、得体の知れぬ何者かの力技で。その者はダンスカー艦隊を名乗り、未だ警戒を解かずに居る。

「ユーリス小隊、本隊へ合流せよ。他の者は、撤退準備にかかれ」

『了解。本陣へ向かいます』

 参謀ユーリスに帰投を命じる。突出する反乱軍の側面を脅かす為、ザエトは彼らを伏兵として配置していた。

(かた)りではない、本当の勅命だったのか……)

 ザエト総督は不覚を悔いていた。帝国皇族を騙ることは万死に値するとはいえ、魔が差したとしか思えない。衝動的な攻撃命令を下してしまった。

『物資が心許(こころもと)なかろう。望むならば、ロンドの商人に融通させる。返答や如何(いか)に?』

 勝ち誇るでもなく、ダンスカーの女が問うてくる。小癪(こしゃく)な揺さぶりにも思えた。

「不要だ。我らはもとより、持久を覚悟で此処(ここ)に居た」

 こちらはダンスカー艦隊へ、先制攻撃を加えた身だ。この申し出は高くつく。将兵らには負担をかけるが、外交を考えて拒むのが得策だろう。

『そうか。いずれ協議の場で相見(あいまみ)えよう。それまで壮健なれ』

 打つべき手を、暫し黙考する。

「……念の為だ。付近の友軍にも、撤退を伝えよ」

 第九艦隊の敗走は、報告を受けている。その被害状況を確認しつつ、生存者を保護しよう。今は様々な角度からの情報が欲しい。


***


「撤退命令? ザエト閣下からか?」

 小惑星に偽装した監視所にて、ティリー提督は上官からの報せを受けた。監視所の中には、第九艦隊旗艦の姿が在る。旗艦は受けた痛手を応急処置済みだ。

『間違いありません。友軍の暗号通信です』

 当直中の副官が応える。

「総員、起こし! 第一四艦隊と合流するぞ!」

 危険なロストテクノロジー艦隊についての情報を、なんとしてでも届けねばならない。ティリーは報告所見の(まと)めを急ぐ。奴らはつい先程、宙戝(ちゅうぞく)どもの包囲から忽然(こつぜん)と消えた。その様を、ティリーはあるがまま記録したばかりだ。

(……)

 潜伏したまま観測を続ける内、宙戝艦と行動を共にする友軍艦艇を見かけた。軍艦艇の鹵獲(ろかく)は、宙戝には垂涎(すいぜん)の収入源と聞く。その乗員たちの命運は、察するに余りあった。

(犠牲となった彼らの名誉の為にも、(それがし)はこの報告をやり遂げねばならん)

 仮眠から起きた乗員たちも併せ、ティリーらは密かに擬装監視基地から出発した。


***


『メインシステム、再起動完了』

『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』

『メインAI■■■■との情報同期開始』

 起き抜けの寝惚(ねぼ)け頭に、大量の情報が流れ込む。俺は(たま)らず、意識を覚醒させた。

(ここは……宇宙港ノーフォ付近、母艦モリガンの中か)

 情報を咀嚼(そしゃく)しつつ、現状把握に務める。新設された談話室の中に、四人の人影を確認した。

「ようやく目覚めたか。……良く眠れたか? ガゼルよ」

「ええ。提督のおかげさまで。ここまでの帰路、お手数をおかけしました」

 スカーはモリガンに、最低限の修理や改修を加えていた。彼女の権限で、ボクセルシステムを作動させた形跡が有る。その後は自らの操艦で、ブルート星系に戻ったのだろう。

「相変わらず固ったいなぁ。もっと気楽にいこ?」

 女王ディセアの声だ。参謀ベルファも居る。エシルと三人で寛ぎ、語らっていたらしい。守りたかった光景を眼にした俺は、報われる思いに満たされていた。


「今後について、話をしよう」

 スカーが音頭を取り、ディセアたちが(うなず)く。向かい合わせて置かれた、ゆったりしたソファの片側にはスカーが一人。もう片側にはエシルを真ん中に、三人の女性たちが座る。

「私はダンスカー艦隊の長として、これから帝国との外交に臨む。……そこで、連合と帝国の不戦を求めるつもりだ」

 スカーは第三者の立場から、ディセアたちを援助するつもりのようだ。

「ディセア。帝国と和解せよ、とは言わぬ。今は内政に務め、国力を高めてはどうか?」

 帝国は組織力がある。一方、連合は指揮官不足が深刻だ。

「……今のアタシらは、満足に戦える状態じゃない。それは思い知らされたわ」

「一時の平和は、次なる戦への備えに充てるが良い」

 ディセアは帝国との戦いを望んでいた。その意思に寄り添うのは、スカーなりの優しさなのだろう。備えは帝国を躊躇わせるほどであれ。と、俺は願っている。


 ディセアは当面、自領の内政を強化する方針で合意した。それに伴い、宇宙港ロンドの統治は、スカーの続投となる。今までの共闘の報酬として、とのことだが……。

「ロンドは守りには向かぬ。其方(そなた)らの緩衝領域として、割拠するとしよう」

 とは、スカーの談だ。星系間移動の目印となる主星に対し、ロンドは近すぎる軌道を取る。しかも、連合は人手不足だ。軍事拠点として使っても、維持が難しそうだ。それならば、中立の自由都市として使うのが良いと観たのだろう。

「ロンドは連合軍が制圧後に放棄し、後から入港した貴方がたが掌握した。これを、アイセナ王国の公式見解とします」

「うむ。帝国への対応は、私が請け負う。その代わりに、この星系の歴史や文化などについて、詳しく知りたい」

「ええ。その役目、僭越(せんえつ)ながら私がお受けいたします」

 ベルファとスカーの間で、様々な取り決めが交わされてゆく。一国の参謀からの教示とは、なかなかの厚遇っぷりだと思う。

 俺たちは要塞の再建に、多量の青星鉄と赤星鉄が必要だ。前者は友好を深めたこのブルート星系から、引き続き調達する。後者は帝国領との貿易を考えている。

 帝国勢が既にブルート星系を発ったのは、俺が気絶していた間の記録で確認できた。スカーが要塞の位置を元に戻しながら、監視を続行していたらしい。

「帝国は版図が広く、情報伝達に時間を要します。今のうちに、態勢を整えましょう」

 ベルファの弁は、なおも続く。

「……信じてください。貴方がたの通信が、速すぎるのです。それについては、これからお伝えしてゆきますので」

「そうか。楽しみにしている」

 返事の間を疑いと捉えたか。食い下がるベルファを、スカーが(なだ)めていた。

 スカーには宙蝗(ちゅうこう)への対処という仕事もある。宙蝗は要塞の天敵であり、他には秘すべき案件だ。一方のベルファにも、これから忙しくなる内政との兼ね合いがある。できるだけ二人の負担を減らすのが、俺の仕事と言えそうだ。

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