第四話 交渉
「領域離脱先として、取水可能な最寄り惑星を探査します」
まずは離れるついでに水と窒素を探しにいこう。水を電気分解して酸素を手に入れ、窒素と混ぜて空気を作る。
『……それなら、こちらの星系図データを使って』
固定したフィブラ・クウェハから応答があった。救援要請を出していた女性よりも年上で、明らかに消耗した女性の声だ。こちらのやり取りをモニターしていてくれたらしい。
『セキュリティは緊急開放モードになってる。後方のジャックから有線接続できるわ』
俺は艦倉内の円盤型作業ドローンをフィブラ・クウェハへ向かわせ、星系図をこちらの航法装置に伝送させた。近隣の惑星の位置や軌道、大気組成などが詳細に記されている。現在の位置は星系の外縁部に近いと判った。氷や固体窒素として採掘するのが良さそうだ。
(ブルート星系? データに無かったぞ、こんな星系は)
正確な航路図を持たず、聞き耳だけを頼りに出撃してしまった。今更ながら冷や汗が出る思いがする。
「星系図を受領しました。巡航目標を設定します」
俺は土星のような氷の小惑星帯を持つ惑星を見つけ、航路を航法装置に入力する。
「有り難く使わせてもらおう。次の巡航解除後、そちらへ迎えにゆく」
スカーがフィブラ・クウェハに連絡する。その頃には艦倉の与圧や気密確認も終わるだろう。
「ハイパードライブ起動。……三、二、一、今!」
俺たちは無事に、その場を後にすることができた。
「我が艦へようこそ」
無重量状態の艦下層の倉庫区画にて、スカーが遭難者たち二人に声をかけていた。吊り下げられた艦橋の底と倉庫の床との間隔はそう広くはない。身を屈めて出てきた二人は姿勢を起こし、この艦の主との対面を果たす。俺は倉庫内カメラでその様子を見守っていた。
二人共セミロングな髪で、その黄褐色と肌の白色との対比が映える。アッシュブルーの瞳には濃い疲れの色。それでもなお気の強さを感じさせる、整った目鼻立ち。少し年齢の離れた姉妹のように見える。ともにやや骨太のしっかりした体格で、白基調のボディスーツを着用している。
年長の女性はスカーよりやや目線が高い。スーツの上に高級そうな赤いストールを羽織っている。ストールは金糸で豪華に装飾してあった。年少の女性の背丈はスカーの肩ほどのようだ。スーツの上から同系色のカジュアルなジャケットとスカートを身に着けていた。
「ありがとう。たすけてくれて」
年長女性が気丈に応じ、差し出されたスカーの手を取った。年少女性はぐったりした様子だ。年長の女性に、もう片方の手で引かれている。
「自己紹介は後にしよう。まずは医療スキャンだ」
「この子を先にお願い。脱出の加速Gにやられたようなの」
スカーが二人を連れ、吊られた艦橋を片手で緩やかに押す。一行は反動で艦倉の端にある二重扉へと向かった。年長女性が連れを気遣う様子が痛ましく映る。先回りして扉を開けておいた。
「医療ポッド準備完了。二名同時受け入れ可能」
そろそろ気の利いた柔らかい表現が欲しくなってきた。俺が居候しているAIガゼルの語彙ライブラリをどうにか広げたい。
二重扉を潜ってすぐそこの簡易医療ブースに、一行は辿り着いた。縦置きの医療ポッドとロッカーが組みになったものが二基、通路を挟んで向き合っていた。
「上着はロッカーへ。この子は私がポッドに入れよう」
縦置き医療ポッドは無重量空間向けだ。所定の位置へもたれ掛かれば、四肢や胴体の保持ベルトが自動的に装着される。その後ケースが閉じられ、診断や治療が実行される仕組みだ。スカーは年少女性のジャケットとスカートを脱がせ、彼女をポッドに預けた。
「そのまま少し眠ると良い」
スカーは二人へそう言い残し、通路奥のエレベーターで艦倉を後にした。
氷の小惑星帯が眼下に広がっている。その密度は移動を妨げるほどではないが、かくれんぼには困らない……といった印象だ。主星は周りの星々と大差の無い、白く弱々しい光を放って見える。もの寂しくも、絶好の採掘ロケーションだ。
「ガゼルは採掘を。私は制御調整にかかる。……あまり揺らしてやるなよ?」
艦橋に戻ってきたスカーが指示を出す。彼女は漆黒のボディスーツの上に、同系色の耐Gサポーターを着用していた。鳩尾、腿、脛に巻きついた、太いハーネス状のユニットだ。腰を境に上下のユニットは分離している。下のユニットは股関節や膝関節の動きを妨げないよう、開口部を広めに取ってあった。足元への高いGがかかるとハーネスが締まる。そうして脳の血流まで下がるのを妨げ、視野の暗転や失神を防ぐのだ。
遭難者二人がぐっすりと眠れるよう、俺は主の指示に従い安全な操艦を心がける。
「……これを着けさせたことは褒めてやろう」
悔しげな言葉がボソリと呟かれる。聞かなかったことにしておこう。彼女の長い黒髪は後ろで束ねられていた。彼女は操艦インターフェースの調整アプリを起動し、シートの形状や位置の調整を行うようだ。
俺は艦の進路上に手頃な氷塊を見つけ、その正面に陣取っていた。
「収蔵管理作動。採掘作業開始します」
分解機――対象を単分子レベルまで分解する――が目も眩むような白い閃光を放つ。なんでも裁断するレーザーメスと、裁断された物質を吸い込む吸引器が同居したような装置だ。採取した分子は収蔵管理端末を介して虚数空間へと収納され、実空間からは消えて見える。そこから生命維持装置へ原料として回し、水や空気を作り出す。
(余剰分は要塞に回しておこう)
量子通信網を使い、収蔵管理端末どうしで物質をやりとりすることもできるらしい。まったく、仕組みの見当もつかないオーバーテクノロジーだ。代償として膨大なエネルギーが必要となるが、量子重力炉がタフな発電力で賄ってくれている。こちらも原理の説明がつかない代物だ。人工のブラックホールを使う半永久発電システム……らしい。
(たしか量子力学では、まだ重力すら説明できていないはず……)
オーバーテクノロジーな産物たちの仕様書は難解過ぎた。現代の日本人な俺から見ると、何故か古語で書かれた科学論文のように見えるのだ。用語を正しく翻訳できているかすら、まったく自信が持てなかった。
艦下層の医療ポッドからコールがあった。客人たちは必要な医療診断と処置、最低限の休養が取れたようだ。客人たちはスカーに導かれ、艦中層のロビーで腰を落ち着けた。
武器の類を持っていないのは確認済みだ。が、用心だけはしておこう。俺はロビーの様子を艦内カメラで監視しつつ、密かに艦内防御システムの準備をしておく。いざとなれば、ロビーの天井から非殺傷のレーザーで対応するつもりだ。
「改めて。このダンスカー艦隊を統べる、スカーと申す。其方らの名は?」
ずいぶんと率直に自己紹介が始まった。スカーは耐Gサポーター着用のまま、ボディスーツと同じ黒基調の武骨なアドミラルコートを羽織っている。スレンダーな彼女のシルエットが膨らみ、いつも以上に堂々として見えた。
「アタシはディセア。この子は娘のエシル。このブルート星系、アイセナ氏族の出よ」
「エシルです」
客人たちは簡潔に名乗り、姿勢を正した。二人が母娘と聞き、俺は少なからず驚く。女性の年齢を勘繰るのは避けたいが、そこまでの年齢差は感じさせない印象だ。
客人たちは初対面の時と同様、それぞれのアクセサリを帯びた姿に戻っている。幅八〇糎ほどの通路を挟み、二脚のソファーベッドを向かい合わせて置いただけの簡素な空間だ。横に並んで腰掛ける母娘に対面して、我が主が座って話しかけたところだ。
「うむ。そして今、この艦を操っておるのが――」
スカーが天井の監視カメラを指し示しながら顔を上げ、カメラ越しに俺と目を合わせる。釣られて母娘もこちらを向いていた。これは、俺も名乗れということか。
「艦隊運用AI、ガゼルです。よろしく」
俺も名乗り、母娘の目礼を受けた。一同は向き合い直り、話を進めようとする。
「……ああ、礼には及ばんぞ。難あらば加勢するは、戦場のならい故にな」
いきなり立ち上がろうとするディセアの機先を制し、スカーが口火を切る。
「前置きは省かせてもらうぞ。差し当たり、我らは情報と港を探しておる」
むしろ情報をどう守るか。俺たちの秘密を知るこの母娘の身柄をどうするかが肝だろう。情報の共有者として取り込むか、それともどこかの港へ突き放すか。確実を期するが最悪の手か……。スカーなりの配球術のように思えた。
「武力を安売りしすぎじゃない? 単艦行動中の艦隊司令官さん?」
ディセアも負けじとやり返す。薄氷を踏むように、注意深くこちらを窺っている。
「其方にも混み入る事情があろう? 宙戝を騙る刺客を向けられる位にはな」
先の戦いで接敵した宙戝艦隊の動きは確かに奇妙だった。明らかに劣勢でも退却せず、最後には盛大に爆散する。それをスカーは自爆と断じていたが。
頭上からはディセアの表情は分からない。しかし、彼女が答えに窮した雰囲気を感じた。
「そう考えすぎることもあるまい。お互い様だ、ということだ」
スカーの声音に柔和の色が乗る。
「……その両方にアテはあるわ。確約はできないけれど。その前に――」
ディセアがやや苦しげに言葉を紡ぐ。
「一点だけ確認をさせて。アナタたちが今必要とすべきは、身元保証人でしょう?」
「ほう? それはどういう意味かな?」
「……ッ!」
瞬時にして、場に緊張感が張り詰めた。母のそばに控えたエシルが思わず息を呑む。
「誤解しないで。アナタたちを侮ってるわけじゃない。はっきりいって、その逆よ」
ディセアが深呼吸し、言葉を続ける。俺は固唾を飲んで彼女の言葉を待った。




