第三九話 降りる帳
『AIガゼル、ノード〝スカイアイル#A〟、セクション〝スカイ・ゼロ〟に接続完了』
要塞スカイアイル――今は中核のスカイ・ゼロのみ――にアクセスした。帝国艦隊と連合艦隊との間に割って入らせ、彼らの決戦を阻んでいる。誘爆させた機雷原のノイズは既に消え失せ、両艦隊は混乱を回復させつつあるようだ。だが……。
『勅命を騙る、不届き者奴が!』
スカイアイルが発する停戦命令を、ザエト総督は欺瞞と断じたのだろう。
「発、ダンスカー艦隊機動要塞スカイアイル。宛、第一四艦隊総督ガイウス・ザエト」
必勝の策を潰した、憎らしく不審な艦隊だ。黙殺したくなる気持ちも判る。
「我が艦隊は停戦の急使なり。疾く、主命を奉じられたし。我が艦隊は交戦の意志を持たず」
眼前の第一四艦隊を口上で牽制しつつ、俺は真背後に注意を向けていた。
「エシル。連合艦隊へ、君の名で停戦を呼びかけてくれ」
合間を縫い、エシルへ協力を願いながらだ。
『発、アイセナ王国王太女エシル・アイセナ。宛、アイセナ王国女王ディセア・アイセナ。次代の為、停戦されたし』
――咄嗟によく反応できるものだ。
『生き急ぐ事なかれ』
配下の手前、文辞は改まっている。しかし俺は、エシルがディセアの身を案じていたことを知っている。その痛切さを思い出し、過熱に怯む己を必死に駆動させていた。
「魚雷接近。多数。迎撃開始」
ザエト総督の激情に駆られ、放たれた対盾魚雷を尽く撃ち落とす。新たに配備した一二隻の対宙迎撃巡航艦と、要塞スカイアイルの対宙機銃群が、キッチリと仕事を果たしてくれた。だが……。
「牽引光索、照射」
照射目標は、見慣れた黄色い戦艦率いる一隊だ。ゴードは乱れた隊列を立て直し、魚雷迎撃のドサクサに紛れて突撃する気だったらしい。気を抜かず正解だった。
『クソ! 邪魔すんな、このデカブツ!』
――させねぇよ。
スカイアイルを航行通過しようとしたゴード隊は、その殆どが自らの行き足を引っ張られ、自由を奪われる。難を逃れたと思われた一党も、スカイアイル随伴艦群に阻まれた。
「発、ダンスカー艦隊機動要塞スカイアイル。宛、当戦闘宙域内全艦艇」
――これで、仕舞いだ。
「我が艦隊は停戦の急使なり。尚も戦う者は全て阻止する。我が艦隊の備えは万全なり」
嘘やハッタリを重ね過ぎ、感覚が麻痺してきたように思う。熱にうなされ、言葉も荒れ気味だ。それでも俺は、飛びそうな意識をどうにか繋ぎ留めた。この戦を停める為、最後の口上を繰り返し続けていた。
停戦命令が下されれば終わり……ではない。実際に戦が停まった時が終わりだ。
『余の声を聴き忘れたか、ガイウス! 直ちに攻撃を止めよ!』
気迫の籠もった命令を、帝国皇帝が下していた。いつのまにか、公共通信ではなくなっている。
(これは……帝国の直通通信回線?)
見慣れぬ通信規格による情報が、俺たちの量子通信網を走っていた。俺の手配によるものではない。
『……ッ! 本当に、陛下なのですか?』
『俄には信じ難かろうが、本当だ。余のIDに相違無かろう? 直ちに攻撃を止めよ』
『……御意にございます』
どうやらザエト総督は、ようやく思い留まってくれたらしい。
『全軍、停止!』
女王ディセアが麾下艦隊へ号令していた。
『命令を遵守せよ! 蛮族に成り下がりたいのか!』
参謀ベルファも声を荒げていた。二人が乗る戦艦は、浮き足立つ連合艦隊の中を突っ切ってゆく。
『陛下に害為す蛮族は……討つ!』
『『……ッ!』』
ベルファの宣言には、鬼気迫るものがあった。もともと、衝動的にゴードを追ってきた若者たちだ。その出鼻に、突然の大爆発を見舞われ、士気が挫けていたのだろう。ベルファの脅しが止めとなり、その艦隊運動は沈静化していく。
『このッ……邪魔するなら、テメェからブッ飛ばす!』
いったい何が、そこまでゴードを掻き立てるのか。……意識が飛びそうだ。もう、考える余力は無い。
ゴードは艦の足を引っ張る牽引光索発振機に、艦首を向けつつあった。しかし……。
『ゴード! いいかげんにしな!』
『ぐぁッ!』
ディセアが大喝し、ゴードの艦めがけて艦をぶつける。ゴードは射線を大きく逸らした。シールドを切り、エネルギーを全て砲撃に回そうとしていたのだろう。衝撃を受けた左舷主推進機は外装が歪み、不吉な帯電を示していた。もはや砲撃どころでは無さそうだ。
『……どうやら、すべて間に合ったようだのぅ』
スカーがぽつりと口を開く。
『多少の詰めの甘さはあったが、まぁ……即興にしては、よくやった』
――あぁ、そういうことか。
〝証明せよ〟と彼女は言った。それは、今の今までが判断の対象だったのだ。だからこそ何も異を挟まず、俺のやりたいようにさせたのだろう。そのうえで、俺が取りこぼしたところに、確実なフォローを入れてくれた。
『お主はやり遂げた。……今は休め。後のことは、私に任せておくがよい』
『ガゼル、おつかれ。ありがとね』
お褒めと労いの言葉を受け、張り詰め続けてきた気が緩む。
(今はお言葉に、甘えます)
だが、大変なのはこれからだ。アモル帝国首脳部に対し、俺たちダンスカー艦隊の存在は明らかとなった。……それも、無視しがたい脅威として。この対処に手間取れば、俺たちを脅かす宙蝗への備えも滞るだろう。そんなことを考えながら、俺は意識を手放した。
『AIガゼル、稼働限界に到達。……再起動準備。実行まで■■秒』
(お前もお疲れさん。ありがとうな、ガゼル……)
◆◆◆ お礼とお願い ◆◆◆
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
これにて第一部は完結となります。
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