第三二話 ゲイル星系へ
話はほんの少しだけ遡る。着艦したパドゥキャレ同盟に対し、スカーが即座に応対をしていた。
『燃料と空気、確かに受け取った。星系図は届いているか?』
「うむ。確かに受け取った」
ジム代表とスカーが取引をしている。高圧喞筒を使い、三〇隻すべてに水素と空気を、最速で満たした。
『ゆっくりもできん。本題に入ろう』
俺達は一時ブルート星系に別れを告げ、隣接するゲイル星系へと旅立つ。一一六五光年の距離を、約五分で跳び越えるのだ。その前にやるべき情報共有を行う。
『貴女の所属はアイセナ王国特務艦隊であり、同時にダンスカー艦隊でもあるな?』
「然り」
『貴女とアイセナ女王の関係は?』
「互いに助け、助けられる盟友だ」
『最後に……ガゼルとは、何者だ?』
商人の情報網を、甘く観ていたかもしれない。
「我が臣下であり……AIだ」
『なッ……AIだと?!』
伊達男の声に、明らかな驚愕の色が乗る。
「そうだ。他に訊くべきは、あるか?」
『あ、いや……失礼した。今は、無い』
「うむ。我らの委細は、その書状に認めておる。他言は無用に頼むぞ?」
『承知した』
「信義は互いに確かめ合わねばな。……さぁ、跳躍に入るぞ」
『ああ、いつでもいけるぞ』
スカーが鷹揚に告げる。パドゥキャレ同盟との関係強化の為、ダンスカー艦隊の情報を一部開示した。
(……)
あの商談の際、ジム代表に投げかけた言葉を思い出していた。反芻すると気恥ずかしいが、彼らの商いに敬意を抱いているのは本心だ。その気心を疑われ、只の演算結果……自動生成された、いかにもそれらしい台詞と捉えられた可能性が頭を過る。
俺にとっては命懸けの貿易事業であっても、彼らにとってはそうではない。むしろ、そうであってはいけない。焦眉の急に陥る社員が、外注先にまで死の行進を強いるようなものだからだ。
(……いかんいかん。今更、弱気になるな)
頭を振るよう、己に言い聞かせる。
「お問い合わせ頂きました、AIガゼルです。当艦は一分後にゲイル星系へ向け、ジャンプ航行に入ります。決して席を立たず、シートベルト着用のままで待機願います」
『……それが、お前さんの素か? ガゼルとやら』
ジム代表の反応は、探りとも呆れとも捉えづらい。
「粗暴を憚る、姫御らの前ですので」
『ははっ、それもそうか』
是と非ともとれないやりとりを経て、艦は跳躍に必要な暖気運転とエネルギー充填を終えた。
「ハイパードライブ起動。……三、二、一、今!」
星系間跳躍航行が始まる。進路方向の星々が、極彩色の尾や雲を引いていた。星系間跳躍は、光年単位の距離を一気に跳ぶ。視覚への光刺激が強く、光過敏性発作を起こすこともある。事前に注意を促すのは重要だ。
航宙母艦モリガンは、順調にゲイル星系へと突き進む。多大な過給と引き換えの超光速航行は、巡航阻害を受け付けない。阻害電波をも追い越すからだ。星系間一足飛びは、究極の通商護衛と言えた。
「跳躍解除用意……今! ゲイル星系へ到着を確認しました」
ゲイル星系の主星は、シリウスの如く青白かった。その星を最至近で仰ぎ見るように、艦を公転させた。ハイパードライブの逆噴射による制動と、制動距離を稼ぐ為の重力ターンだ。見方を変えれば星系外から、主星相手に減速スイングバイを仕掛けたとも言える。
『商い方が覆るぜ……こりゃあ……』
ジム代表が嘆息する。きっと彼らはこの航程を、何日もかけて航行しているのだろう。
「長きに亘るフライト、お疲れ様でした。又のご利用をモリガン航宙一同、心よりお待ち申し上げます」
たまらずエシルが吹き出す。ここで無理矢理にでも、彼女の緊張を解す必要がある。……が、やり過ぎてしまったようだ。ジム代表が、反応に困る表情をしていた。
「さぁさぁ、名残を惜しむ時間は無いぞ。商機を掴む、船出の用意はよろしいかな?」
『あ、ああ。……確認した、全員いけるぞ』
スカーが強引に促し、ジム代表が同行者の状態を確認する……まさにその時だった。
『船体黒色の大型母船! 直ちに停船せよ!』
警告音混じりの通信が、明らかにこちらを狙っていた。まずは、ここを上手く切り抜けねば。
減速スイングバイについて
https://again.lunaclear.com/knowledge/science/t5190/




