第三〇話 作戦開始
『……ねぇ、二人とも何があったの? お願いだから、返事してよ! ねぇってば!』
相変わらず懸命な声が心地良い。……正直、熱で浮かされている。
「呼吸が浅くなっていますよ、エシル」
『……うむ。教えた通り……心を整えよ』
スカーの声が微かに波打つ。体を強張らせているのだろうか。
「戦支度をしていました。今からまず、戦争を停めます」
俺はそう宣言した。深呼吸中のエシルを、更に落ち着かせる為に。
「作戦要綱を送信しました。ご確認ください」
更に二人へ宛て、作戦の計画書を送信する。同時に、ボクセルシステム起動準備に入った。
(まだ熱が抜けちゃいないが……お互い気合でカバーだ! ガゼル!)
ボクセルシステムに入り、エシルへのプレゼントを拵える。彼女は俺に、感情と意志の使い方を思い出させてくれた。心を込めて贈るとしよう。復活したスカイ・ゼロの、記念すべき建艦初めだ。
『仮称オリエンタル級航宙母艦、建艦完了』
全長約四粁、現代の弾道ミサイル潜水艦のような艦影だ。いつものように暗灰色で塗り上げ、三一隻ぶんのドッキングセルを確保した。ドッキングセルは垂直発射ミサイルの発射口のように、上甲板に敷き詰められている。
(この戦を終わらせたら、ちゃんと艤装してやるからな)
設備は最小限で、急拵えの試作艦だ。その艦がスカイ・ゼロ内に浮かんでいる。
『スカイ・ゼロ、外扉開口。オリエンタル、発艦』
要塞の突端が、少しだけこじ開けられる。目一杯絞ったカメラのシャッターの如き隙間から、艦を微速で宇宙へと推し出した。……そのままオリエンタルは、ロンドへの試験巡航に移行させた。
『……要綱を見た。お主らしからぬ果敢さよの』
――奇貨は、居くものだ。
「作戦をご承認頂けますか?」
『うむ。良きに計らえ』
いつもの声に戻ったスカーが、俺の待ち望んだ命を下す。これで、AIガゼルがより自由に演算できる。
「御意。では……作戦名『セイブ・ザ・クイーン』、現刻を以て発動します」
既に見切り発進なのは内緒だ。俺は必要なセッティングをスカイ・ゼロに施し、巡航中のオリエンタルの面倒を見る。
『AIガゼル、ノード〝オリエンタル#A〟に接続完了』
オリエンタルの巡航エネルギー収支は、今のところ問題無さそうだ。ロンドまでの所要時間は、約一〇分と観ている。
「お二人共、ラスティネイルへ移乗をお願いします」
『既に艦橋におる』
『あたしもねー』
「それは失礼を」
『パドゥキャレの者共にも、招集を急がせておる』
スカーは作戦計画通り、商人たちを口説き落としてくれたようだ。
『……お主、自分の主を遠慮なく使うようになったのぅ?』
言葉とは裏腹に、声音はおどけていた。
「主の大切な、ご友人の為ですので」
『友か……うむ。そうだの』
感慨深げに、スカーが応じる。
「エシル。手はず通り、これから送り届ける艦一隻のID登録を。それから――」
これは作戦計画には書かなかったことだ。だが、敢えて押し切ろう。
「この艦に相応しい艦名を、貴方に名付けて頂きたい。……それが、貴方の望みを直ぐには叶えられなかった、私からの気持ちです」
『……うぇ? あたしが?』
虚を突かれたエシルが、マヌケな声を上げる。彼女に肚を括って貰う為にも、これは必要な工程であり、覚悟に至る為の儀式だ。
『勝手をしおって。……まぁ、それくらいの余禄はよかろう』
事後承諾ながら、スカーからの許可も下りた。あとはロンドに、穏便に到着するだけだ。




