第二七話 愚者の奇行
世界に音と色が戻る。俺は居室のエシルに、音声での通話を申し込んだ。
（エシルにディセアを引き止めてもらう。それがこの策の前提だ）
一度はエシルの嘆願を拒んだ身だ。生半可な謝罪では駄目だろう。
「ガゼル！ 大変！」
突然、エシルとの回線が繋がる。しかも、フルアクセスでだ。……彼女は少し眼のやり場に困る、ラフな部屋着姿をしていた。それを意に介さず、今にもカメラに掴みかかりそうな勢いで、何かを告げようとしていた。
「お母様が！ 出陣しちゃったの！」
――嘘だろ、おい……。
呆然自失、している暇など無い。
「詳細を確認して来ます。エシルはこのまま、提督との回線を繋いでください」
哨戒中の巡航艦に対し、最新の観測データをリクエストした。……まとまった数の艦艇が、宇宙港オールブから移動している兆候が見られる。観測した第一四艦隊の位置目がけ、一直線だった。
「電文があったの。『我、仇敵を捕捉せり。全軍、出陣す。経緯は別添えにて』……って」
――全軍？ オールブの守兵は？
敵勢にもしも、未発見の別働隊が居たら……オールブを落とされ、挟撃を喰らう。調虎離山、最悪の状況だ。
「その『別添え』というのは？」
「音声ファイル！ でもデータが重くて、よく聴き取れないの」
エシル搭乗艦の通信防壁を確認する。オールブのサーバーから随時再生があった。連合軍の通信規格では伝送に時間がかかり、上手く緩衝が取れていないようだ。
「こちらでバイパスします。現時点で判っていることを、落ち着いて纏めてください」
俺はオールブめがけ、電子巡航艦をもう一隻急派した。オールブ至近で当該ファイルにアクセスし、遅延ゼロの量子通信網に流す為だ。勿論、別働隊の警戒も兼ねている。
『ＡＩガゼル、ノード〝アフィニティ＃Ｈ〟に接続完了』
オールブに急行させた電子巡航艦は、到着まで七分ほどを要した。
『巡航解除。受動探査開始』
隠密擬装を展開し、周辺の警戒に移る。……オールブは無人となっていた。
『オールブ管理サーバへアクセス……完了。ファイル読み込み中。量子通信バイパス処理、完了』
スカーとエシルへの伝送経路を確保し、俺はファイルの閲覧を始めた。
音声ファイルは、ディセアが座乗する艦内の録音だった。彼女らが補給艦隊を連れ、オールブに到着した直後らしき通信を聞き取れた。
『お？ 口だけ戦士殿の、お通りだ』
『やっとか。大口野郎のお陰で、大メシにありつけらぁ。感謝してやらねぇとなぁ？』
女王に口答えをしたゴードを揶揄しながら、本隊の将兵は補給艦隊を迎え入れていた。
「はいはーい。無駄口叩けなくなった艦隊から、先に元気を補給しようねー？」
『そりゃねぇぜ、アイセナの姐御ぉ』
血の気の多い若者を、女王が巧みにあしらう。女王の指示でゴード隊が全周警戒を行うなか、本隊は補給作業に着手していた。そこへ第一四艦隊発見の報が入る。暫く全軍がどよめいた……その後だった。
『ワレ、此くの如く先陣仕る。……そこで寝てろ、ブタ共が』
『……ンだと、ゴラァ！』
どす黒く暗い怒りを込めた捨て台詞を吐き、ゴードは勝手に出陣したらしい。音声ファイルはここで途切れていた。
（抜け駆けは軍法の大禁。そんなことすら、弁えんのかッ……！）
どうやら俺は、とんでもない禍の種を蒔いてしまったらしい。かつて己が軽薄と侮った相手は、負けん気の強さを遺憾無く発揮していた。
この様子では、本隊もなし崩しに出撃したのだろう。おそらくディセアが制止する横で、ベルファが急遽このファイルを残してくれたと思われた。
『ＡＩガゼル、ノード〝アフィニティ＃Ｇ〟に接続完了』
第一四艦隊に張り付かせ、動向を探らせていた電子巡航艦へとアクセスした。ザエト総督は既に、ディセアたちの動きを察知したはずだ。どんな動きに出るかを見極めておく必要がある。
電子巡航艦に第一四艦隊の通信暗号鍵を解析させていると、高出力の公共通信電波を検知した。出処を辿っていくと、ザエト総督の座乗艦と思しき戦艦に行き当たる。スカーたちにも同時中継で、通信内容を検めてみた。
『……逆賊、ディセア・アイセナに告ぐ。其処許は温情ある流刑に服さず、奇襲で報いた忘恩の徒である』
――何！
『不義と暴虐を用い、我ら帝国臣民の安寧を脅かす振る舞い、万死に値する』
――おい待て、止めろ！
『その蛮夷なる行い、如何なる故あってのことか？ 至急我が前にて申し開け。さもなくば――』
――これじゃあ、ディセアたちは……ッ！
『其処許ら尽くを、不義不忠の臆病者として、我が艦隊が誅殺する。繰り返す……』
連合軍は殺気立ち、暴走しながら接近中だ。彼らはまだ若く……喧嘩っ早い。強さを美徳としつつ、ディセアを慕っている様子が感じられる。彼らの女王を貶すこの言い分を、今の彼らが看過ごすことはできないだろう。
今頃ディセアは、烈火の如く怒り狂っているはずだ。庇おうとしたゴードが抜け駆けしたからだ。恩知らずの暴挙と言って良い。そこへ、この逆賊扱いを受ければ……エシルの悪い予感が現実のものとなってしまう。
過失が間の悪すぎる連鎖を繰り広げてゆく。その現実を受け止めきれず、俺は意識が遠のくのを感じた。
