第二三話 急報
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エシルの独白を聴いて以来、俺は鬱々とした日々を送っていた。……その間に起きた出来事を纏めておこう。
『前納分の互換部品を受領した。近々、通商護衛を依頼する。詳細は追って報せる。引き続き、よしなに』
パドゥキャレ同盟からの連絡だ。いつでも艦隊戦力を抽出できるよう、運用に余力をもたせておく。
「一宿一飯。恩義に報いるわ。構えなさい」
何故か俺は機械歩兵の中に収まり、ベルファと対峙していた。彼女もまた杖術の使い手だ。その技は長さ一米ほどの細い杖を、フェンシングのような構えから繰り出す。比類なき速さの振り打ちだ。俺の構える大盾の守りの外を、的確に狙って空振りして来る。露骨に手加減されているが、俺は全く反応が追いつかない。
「ほう……其方も使えるのだな」
「護身の術は女性の嗜み。乱世ならば尚更よ」
暫しの間、ベルファとの組手で眼を鍛えつつ、体術の経験知を積む。その様子を終始、興味深げに見つめていたスカーが印象的だ。……変なスイッチが入って無いことを願う。
後続の補給艦隊がロンドへ順次入港し、補給物資の積み込みを始める。その作業ぶりを、ディセアが単身で労って回っていた。驚くほど自然体だ。内に秘めた、激しい怒りを微塵も感じさせなかった。俺はその様子を、港内の監視カメラ越しに見守る。
エシルはあれ以来、塞ぎ気味だ。俺以外の誰かの前では、気丈に振る舞っている。その反面、一人の時間は工作艦の居室に籠もりがちになった。あそこは狭く、仮眠の為の空間でしかない。決して快適とはいえないはずだ。
(……)
その原因を作ったのは俺だ。お気楽で無責任な慰めの言葉など……かけられる訳が無い。
『かの脅威を以後、宙蝗と仮称する。この蝗害の解析には、もう少し時間をかけたい。お主の裁量で、ロンド巡察を開始せよ』
ベルファによる訓練支援を受けた分、スカーはバッタ共の研究を推し進めるようだ。自分の城が壊される様を、繰り返し検分する作業は辛いだろう。
(……むしろ好都合か)
正直、人間としての心苦しさを持て余している。しかし俺のガワはAIガゼルだ。AIが管理者に悩みを打ち明けるなど、不審が過ぎる。管理者がAIガゼルの再起動やシステムチェックを行えば、そこに内包された俺は存在ごと抹消されるだろう。……ならば、ウジウジ悩む暇など無くしてしまおう。俺は機械歩兵を増産し、ロンドの巡察を開始した。
『補給完了。我、前線へと復帰す』
ディセアたちは補給艦隊を連れ、オールブへと出港した。その航程には、ゴード隊も同行させている。出港目前、静かに殺気立つ女王と参謀を目撃したという情報もある。ゴード隊の謹慎解除の際、一悶着あったのかもしれない。
(それよりも……問題は第一四艦隊の動向だ)
仇敵ザエト総督率いる艦隊は、未だに遠征先から動く気配が無い。彼らが補給路を絶たれたこと、予備兵力を失ったことは、とっくの昔に耳に入っている頃合いだ。そうでなくとも、長期の滞陣で糧食などの物資が乏しいはずなのだが……。
哨戒、採掘、練兵、巡察……タスクを俯瞰で遂行しつつ、資源の備蓄状況を確認する。被撃破に備え、艦艇や機械歩兵の再建用の保険は必須だ。摩耗した対装甲レールガンの砲身交換や、その砲弾にも青星鉄を使う。後納分の互換部品生産も控えている。諸々を差し引くと、要塞を成す二基目の宇宙港再建には足りない。
そろそろディセアたちがオールブに到着するだろうか……そんなタイミングで急報が入る。
『未確認艦隊を観測。位置、ロンドから二七六〇光秒付近』
――一体、何があった!
報告のあった宙域を確認する。そこは、敵の遠征先と味方の現在位置との中間だった。とにかく、まずは現状把握だ。俺は艦隊に、臨戦態勢を取らせる。
☆
『AIガゼル、ノード〝アフィニティ#G〟に接続完了』
アフィニティ級巡航艦七番艦とリンクした。電子戦仕様で緊急出撃中だ。二〇分ほどの巡航を経て、当該宙域の近くへと到着する。
眼前にはリングを持つ惑星がある。リングは石と氷が綺麗に分かれていた。
『巡航停止。受動探査開始』
巡航状態のまま、一度アイドリングへ移行する。そのまま、周囲のノイズに聞き耳を立てた。
『艦紋照合。スクトゥム級戦艦、二。パルマ級巡航艦、多数』
拾ったノイズを照会し、艦の配置を記録してゆく。
『未確認艦捕捉。……照会完了。工作艦、カリガ級、四』
記録を進めていくうちに、己の危機感が早鐘を打ち始める。……十中八九、これは要撃陣形だ。俺はすぐさま巡航を解除し、擬装を展開した。走査精度を上げ、監視を強める必要がある。
『……艦隊識別完了。帝国軍第一四艦隊の可能性、極めて大』
俺が持つ情報を総合すると、この艦隊は第一四艦隊と観てほぼ間違い無さそうだ。しかし彼らの遠征先付近には、未だ多数の艦艇の反応を観測している。いきなり敵戦力が倍になり、そこが腑に落ちずに居た。
帝国は謀略戦が主体と思える。星系間貿易による経済戦争、ディセアたちへの相続契約不履行、暗殺未遂が良い例だ。一方で、第九艦隊を破って以降、碌に守勢を執っていない。と、いうことは……。
(今の帝国軍は寡兵。遠征先の反応は、擬兵だな)
衆寡敵せず。ましてその衆が、〝死は異界への門出、武名はその餞〟と謳う猛者共なのだ。そんな相手に少数で正攻法など……無謀すぎるだろう。俺でも策を弄したくなる状況だ。
囮風船か何かにノイズメーカーを仕込み、そこに艦隊がいるよう見せかけたらしい。気取られないよう慎重に離脱する艦艇と、その艦艇のフリをさせる同数の囮敷設。これを密かに、根気強く繰り返してきたと思われる。……俺たちが狙撃前に使った静音航行の長距離版だ。そんな統率を可能とする敵将が、素人目にも危険に映る要撃陣を構築しているのだ。
(……これはまずい。スカーの判断を仰ごう)
俺は報告を急ぐ。艦はその場に留め、意識だけを彼女の元へ。




