第一五話 悶着
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明くる日の朝、俺たちはロンドへ寄港していた。入渠したドックで生活物資を発注していると、管理局から映像通信が入る。スカーが回線を開くと、ディセアとベルファが憂い顔を並べていた。
『ちょうど良いタイミングだったよ。急ぎで相談したいことがあるんだ』
ディセアがさっそく話を切り出してきた。
『アタシらは寄り合い所帯でね。それが災いして、次の作戦で意見が纏まらないんだ。アタシとしては、今すぐにでも宇宙港オールブを攻めたい』
『オールブは第一四艦隊の補給拠点です。ロンドからの軍事物資を集積していました。ここを落とせば、かの艦隊は補給を絶たれるでしょう』
ベルファの補足を聴きつつ、俺はスカーに星系図を示す。ロンドからオールブまでは二五〇光秒ほど。そこから更に二五〇〇光秒は離れた位置に、第一四艦隊は遠征しているらしい。ロンドを包囲した際、このオールブからの援軍は無かった。……と、いうことは、それほど防衛に余力があるわけでも無さそうだ。
「……確かに、疾く出陣するが上策であろうな。ロンドの民への宣撫を篤くした上で、だが」
スカーが概ね同意を示す。ロンドは陥落させたばかりで、連合軍への恨みが募っていることだろう。それを政治で和らげる必要がある、とだけ釘を刺して。
『そう、それ。その役目をスカーに頼みたいんだ。ロンドの臨時執政官として』
「ほう? 私も随分と高く買われたものだな?」
大胆すぎる頼みごとだった。攻め落とした城を、同盟相手の好きにさせるなどとは。
『スカー。アナタが一番冷静で、守戦に長けてる。アタシはそう見込んでるの。……アタシらじゃ、どうしても……帝国の奴らに対しては、冷静で居られないからね……』
熱弁を振るうディセアが、少しだけ苦しげに言葉を続ける。
『……実は、この話に強く異を唱える一派が、存在しているのです』
言葉を詰まらせたディセアに代わり、ベルファが話しを引き継いだ。
『手腕や所縁の不明な者に、守将は任せられない。さりとて、彼ら自身が守るのは、先駆けを欠くので恥だ……というのが、彼らの言い分です』
口は挟むが対案は出さない……なんとも面倒臭い話しだ。どうやら派閥間の主導権争いに夢中で、ロンドの防衛は貧乏くじと捉えているようだ。だとすれば、随分と軽薄に映る。一方でディセアたちは、積年の恨みとの折り合いに苦しみながらも、皆を纏めようとしている。あくまでも大局を見据え、作戦立案や利害調整に取り組んでいるのが見て取れた。……俺はディセアたちに、心から同情したくなった。
「……ふむ。我らの力が不明と申しておるのか」
――あ、いかん。
「不明は我らか、それとも彼らか。証明してみせるのは如何かと」
主の言葉に微かな怒気を感じ、つい反射的に口走っていた。俺自身、憤りを感じるところもあり、はずみがついてしまった。
「ほほう。どう証明するつもりか申してみよ、ガゼル」
「模擬戦で。この要衝を守るに相応しい力を示しましょう」
勢いに任せ過ぎた提言だ。自分でもそう思う。しかし……。
『いいね、それ! やっぱり口先より行動だわ!』
思いのほか、女王の歓心を買ってしまった。今更、発言を撤回できそうもない。俺たちの生存は、この星系での各種事業免許に依っている。その免許は、女王が保証するものだ。それを考えれば、できるだけ女王の意向に沿う必要がある。俺たちの存在はこれまで以上に露呈するが、管理者の生存こそが俺の最優先事項だ。
(艦隊の機密に関しては、存在の秘匿から性能の秘匿にシフトさせよう)
俺はそう気持ちを切り替える。そのまま皆と少しだけ作戦を練り、解散した。
女王ディセアの名で、出撃準備命令が下る。攻撃目標は宇宙港オールブだ。一見して奇妙な記述が、その電文には含まれていた。
『出陣に先立ち、戦勝祈念の御前試合を行う。勝者には最も重要な役目を任そう。遅参した隊には、留守居を命じる。疾く馳せ参じよ』
ロンド付近のとある空白宙域が、集合場所と指定された。一時間以内に集合を促し、皆が先を競って参集する。時間内に総勢四〇〇隻ほどの艦艇が集結した。
艦艇群の正面かつ離れた位置に、訓練用の浮標が設置されている。この浮標を起点とした、半径一粁の球状宙域を、模擬戦のリングと定めた。このリングの中で一騎討ちを行う。……武装はレーザーのみ。しかも演習規定レベルまで、出力を絞って使っている。相手のシールドを喪失させるか、リングアウトさせれば勝ちだ。
『これより御前試合を執り行う。両者、前へ』
審判を務めるベルファの指示に従う。俺は戦艦ラスティネイルを、所定の位置に着ける。続いて浮標を挟んだ向こう側へ、対戦相手の艦がやってきた。互いの距離は五〇〇米だ。
対戦相手は全長約八五米、全幅約四五米。元は三つに分かたれた流線型の艦影……それを敢えて、角型にゴツくカスタムした印象の艦だ。遠目にも目立つ黄色で塗装され、魔獣の横顔のようなノーズアートが更に目を引く。俺の低視認塗装とは対照的だ。
『おいおい、そんなシケた艦でオレとやり合おうってのかよ?』
全軍に開かれた回線で、対戦相手がトラッシュトークを仕掛けて来る。
『ゴード、無駄口は控えよ』
『りょーかい、参謀殿』
咎めるベルファに不遜に応じるこの男が、ディセアの発案に異を唱えた頭目とのことだ。声を聞く限りでは、随分と若い印象を受ける。
艦の限界性能は秘匿すべきだ。しかし、余計な憶測や侮りを放置するのも、今後の艦隊行動が取りづらくなる。この模擬戦で俺たちが程よく実力を示し、無意味で邪魔な流言は黙らせたいところだ。
「なかなか、腕白な対手のようだな」
『子供っぽい。あたしが言うのもなんだけど』
(……二人とも辛辣だなぁ)
操縦席のスカーが独り言ち、居室で待機のエシルが呆れている。この模擬戦では戦闘機動を多用する。エシルは慣性制御がより強力な居室で、安静に観戦中というわけだ。
『双方、尋常に勝負せよ。試合……始め!』




