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第一〇八話 その物語の名は


***


 女王宙蝗(ちゅうこう)討伐から幾年月。人は今も日常を謳歌(おうか)できている。影の宙域に棲まう防人(さきもり)たちのおかげだ。今日は感謝を込めて、彼女らと関わった皆の近況を振り返ろう。

 まずは帝国の方々について。

 行方知れずのデキア・カッツ元行政長官は、記録抹消刑に処された。これは帝国人にとって、もっとも不名誉な刑罰なのだそうだ。元上官のガイウス・ザエト提督が、この刑執行を働きかけた……との(うわさ)が、まことしやかに(ささや)かれている。

 クイント・ティリー提督と、副官グナー・ユーリスの二人は、宙蝗の撃退を果たして凱旋(がいせん)帰国した。彼らの凱旋を通じて、宙蝗の脅威は帝国人にも広く伝わったようだ。その後、ティリー提督は軍事訓練の教導役として、アイセナ王国に赴任している。教導の傍ら、傭兵として宙戝を狩ってもいる。部下たちへの弔いの為だろう。ユーリス殿は対宙蝗作戦立案の第一人者として、帝国内での地位を高めているらしい。

 立て続く凶事に対応し切った皇帝クラウディアを、帝国の民は益々支持するようになった。その過程で元老院の暗躍が明るみに出てしまい、彼らの信用は地に落ちているようだ。

 次は王国の方々について。

 女王ディセア・アイセナは、常備兵制の実現を目指し、クイント・ティリー提督を顧問として招聘(しょうへい)した。宙蝗への対応を強める為、帝国の進んだ軍制を取り入れるつもりらしい。

 最近、王国兵の間で話題の動画投稿者が居る。彼らに馴染み深い伝統音楽と、電子音楽とを融合させた、仮面の金髪マルチプレイヤーだ。あの孤高なシルエットは間違いなく……古参王国兵たちを震え上がらせた、かつての参謀殿のものだろう。彼女の投稿には、同様に仮面の黒髪戦笛吹き(バグパイパー)が現れる事もある。あのお二方は、互いに影響を及ぼしながらも、元気にやっているようだ。余談になるが、着飾る彼女たちの装身具が、帝国内で密かなブームらしい。帝国と戦った氏族ら好みの意匠を、より洗練して取り込んでいるのが印象的だ。

 宇宙港ロンドは、ルスト・ティリー市長と市議会議員らの二元代表制へと移行した。経済の中心でありながら、宙蝗の脅威にも(さら)される難しい宇宙港だ。緊急時は自ら艦を駆って戦える彼女は、勇猛を好むロンド市民たちの(あつ)い支持を集めている。

 最後には、平和の架け橋とも言うべき方々について。

 武装商人ギルド〝パドゥキャレ同盟(アリオンス)〟は、業績を急速に伸ばし続けている。ロンド、ルテア、アモルを結ぶ三角輸送に勤しんでいた彼らは、スカイボート級母艦をもう一隻建艦した。今はロンド・ルテア間をジム・アンドラム代表が、ルテア・アモル間をルコ・ビュイ副代表が輸送を担当している。各星系への直行便を、随時増やすらしい。彼らは〝全ての航路はアモルに通ず〟と号して、今日も星系間輸送に励んでいる。彼らは物資とともに情報を運ぶ。これが政治宣伝弱体化を招き、流言を弄した元老院の権威失墜にも(つな)がったようだ。


「……」

 日記を書く手を止めた。私は自分に課した宿題について、考えを巡らせる。

(アイセナ王国、建国神話を編まなければ)

 人類版図の最前線として、これからも宙蝗と対峙(たいじ)し続ける。このブルート星系で生きる者が、等しく抱くべき誇りだ。その拠り所となる物語を作り、後の世代にも語り継ぎたい。

(あの方を、現人神(あらひとがみ)として(あが)めよう)

 私たち母娘にとっては、生命の恩人だった方だ。今や銀河の主星に(とりで)を構え、星鉄文明圏すべての鎮守神(ちんじゅがみ)と言うべき存在に昇華している。

(神話の題名は、どうしようかな……)

 あの方は大仰さを嫌う。だからこそ、奉りたくなるというもの。どう観ても要塞と言うべき本拠を、砦と強弁する姿が目に浮かぶ。共に戦った日々が、懐かしくも誇らしい。

「お勉強中かな? えらいねぇ」

 不意に話しかけられ、私の思考は中断する。

「……ノックぐらいなされませ、アイセナ王太后陛下?」

「ははっ、我が娘よ。ちょーっとだけ、気が早いぞ?」

 この方は相変わらず、人を茶化す悪癖が抜けないらしい。……その血は、私にも流れているのだけれど。

「アナタ宛てに、プレゼントが届いたの。急いで知らせたくてね」

「……ッ! まさか、ベルファ先生の?!」

 母の首肯が返る。言葉とは裏腹に、忍び足だったことには目を瞑ろう。

「アナタの即位式に、間に合わせてくれたよ。さぁ、一緒に観に行こう? 可愛らしい配達員たちが待ってるよ」

「もちろんです!」

 私は母と連れ立ち、自室からドック区画へと向かう。


 所定のドックへの道すがら、母と会話しながら歩んでいた。

「ところで、何を熱心に考え込んでいたのかな?」

「アイセナ王国、建国神話……その、表題です」

 母が珍しく――と、言うのは不敬だけれど――神妙な表情を浮かべる。

「その神話は、アナタの在位中に必ず完成させなさい。これは、アタシの最後の王命よ」

「……謹んで拝命いたします」

 歩を止めた母は、女王の顔で告げていた。私は敬礼を(ささ)げ、彼女も答礼で応じる。

「固有名は避けて、シンプルで覚えやすい表題が良いだろうね」

「ええ。私もそう思います」

 これはかつて敵対していた、帝国のやり方を意識している。帝国は同化政策の一環として、神格を帝国風の渾名(あだな)で記録するのだ。それはアイデンティティを奪う、静かな侵略ともいうべき手法だと思っている。

 現に私たちの戦女神(いくさめがみ)モリガンも、彼らからはアンドラステと呼ばれてしまった。その一方で、私たちと同盟した今上(きんじょう)皇帝ヴィルホルティスは、私たちのアイデンティティを大切に扱ってくれてはいる。その方針が次代皇帝にも受け継がれるかは、別問題というわけだ。

「思えばスカーやガゼル君は、あらゆる場面で戦っていたなぁ」

「軍事、内政、計略、外交……もちろん、宙蝗の駆除もですね」

 色々と無茶振りをしてしまったものだ。母の表情からは、そんな反省が感じられる。

「今も戦っているんだろうね。あの、自称『砦』を拠点にして、さ?」

 母と共に苦笑していた。銀河の主星付近は、決して安穏とはしていられないだろう。

(銀河の主星、砦と称する要塞、戦いの連続……)

 私は母との他愛もない会話から、イメージを膨らませていた。

「……神話の表題は、『星砦戦記』なんてどうでしょう?」

 ふと思いついた名を口にする。

「お、良いんじゃない? それでいこう!」

 母が顔を綻ばせている。こうして私――エシル・アイセナ――は、宿題への第一歩を踏み出す事ができた。かつての恩人を、女神と崇める物語だ。精一杯やり遂げよう。……ついでに、あの人間臭いAI男も登場させようかな。女神に付き添う妖精(スプリガン)として。


◆◆◆ お礼とお願い ◆◆◆


ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。

これにて本作〝星砦戦記〟は完結となります。


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